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ホテル奪還作戦

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ホテル奪還作戦

リアクション

3章


 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、壁に身体を寄せて武器を構える。
 手に持つのは2人共フライパンである。ここは調理場。武器になりそうな物がこれだけしかなかったのだ。包丁もあったのだが、防弾チョッキを着用しているテロリストにはあまり有効ではない。それならば、表面積の広い打撃武器の方が有効だ。
 2人は近づいてくる足音に耳を澄ませる。
 足音の主が調理場のドアに手をかけ、ドアを開いた瞬間。
 ガガンッ!! と、騎沙良と御神楽のフライパンが、調理場に入って来たテロリストを襲った。
「ぐぅッ……!」
 騎沙良の攻撃は顔へ、御神楽の攻撃は胴へ、それぞれ命中したが、テロリストの男は少し怯んだだけだった。だが、これだけでも十分だ。
 怯んだ隙に騎沙良は、男が手に持つアサルトライフルをCQCを駆使して奪い取り、御神楽は胸に装備してあるコンバットナイフと腰のホルスターにある消音器付きのハンドガンを奪い取る。
 男が体勢を取り直した頃には、自分が持っていたはずの人間を破壊する凶器が、自分を壊すために向けられていた。

   ■

 首への当て身で気絶させたテロリストの男は、調理場のカーテンで縛っておいた。
 その後、騎沙良と御神楽は男の同行者と話をしていた。
「ふむ。それじゃ、君たちは人質とテロリストの配膳の為にここへ連れてこられたわけだ」
 同行者、というのは、ホテルで調理人、給仕として働いていた人質、計10名程だった。テロリストも人間である。お腹も空くし、喉も乾くだろう。それを満たす為の配膳だった。
 騎沙良が、ふむ、と考え込む。
「よし、じゃあ誰か一人、詩穂と入れ替わってくれないかな? 一人くらい入れ替わってても大丈夫でしょ。さっき聞いたんだけど、会場は警備がとても厳重らしいし、潜入するチャンスだしね。……正直、この男を気絶させたのは間違いだったかもしれないけど……、まぁトイレに行ってるとでも言っておくか! あ、舞花ちゃんはどうする?」
 御神楽はテロリストの身ぐるみをはいで、装備を次々と装着しながら、
「私は魔法やスキルが使えない原因を探してみます。おそらく何らかの結界だとは思いますが」
 と呟いた。
(まさか、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)がいない時にこんなことが起きるとは……。私だけで動くしかないようですね……)
 御神楽そんなことを思いながら、装備の装着を完了する。
「ん、りょーかい! じゃあ、気をつけてね!」
「えぇ、そちらこそ。あ、一応このハンドガンを隠し持っておいて下さい。敵地のど真ん中に赴くのですから」
 しばらくして、騎沙良と入れ替わった給仕を物置に隠した後、2人はそれぞれの目的の為に動き出した。

   ■   ■   ■

 テロリストがビルを制圧してから、4時間が過ぎようとしていた。
 4時間も緊張した雰囲気の場におかれると、パニックを起こす者が出て来てもおかしくなかった。
 人質たちがいるパーティ会場。そこにいた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の2人は、そんな財界人達をなだめるのに必死だった。
 何分、気位の高い人物ばかりである。パニックを起こしていることを指摘されると、逆上してさらに手がつけられなくなってしまうかもしれない。
 水原が今相手にしている小太りの男性も、とても高踏的な人物であった。水原はそれを見極め、言葉を巧みに操る。
「ここで騒ぐのは紳士にあるまじき行為ですわ。紳士として、上に立つ者として、社会的に模範となるような態度をとった方が良いと思います。ここには他の財界人も大勢いらっしゃいます。こんなところで取り乱し、騒いでしまっては、貴方の評判が下がってしまいますわ」
 と、優しい口調でなだめる。
 別の場所でマリエッタは、「ねえ、おじさま。こんなところで怖がったりしないよね?」と、相手のプライドをくすぐるような物言いをしたり、瞳を潤ませて、「あたし……怖いの。おじさま……」と、相手の保護欲を刺激したりする。
 実際、それはかなり好印象だったようで、マリエッタと数人の財界人はうまく解け合い、軽い談笑をするまでになっていた。少なくとも、ギャーギャーと騒ぐことは無くなっていた。
 そんな彼女たちにエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は声をかけた。
「お疲れさま。大変だろう。あの者達をなだめるのは」
「そうですね……。でも騒ぐとテロリスト達が何をしてくるか分かりませんし。助けが来るまではしばらくこうしてますよ」
 水原は、ふぅ、とため息をつく。
「そうか。それじゃ、ここは君たちに任せよう。俺もそろそろ動こうと思うのでね」
「? 何かするのですか?」
「ちょっとな。俺は時折、交渉人として動く事もある。被害を最低限に抑えるために、奴らのボスと交渉してみるよ」

  ■

 テロリスト達の女性リーダー、ナターシャ・ソコロフは歯がみする。
 先程から、数人の仲間達に連絡がとれなくなっている。おそらくは、ハデスが言っていた契約者達によるものだろう。
「くそっ」
 思わず会場の椅子を蹴り倒す。
(折角ハデスの協力を得て、魔法やスキルを封じたというのに……。なんてザマだ)
 苛立ちはおさまらず、近くのテーブルに八つ当たりしようとしたところで、一人の部下が無線機をもってやってきた。
「ナターシャ、これ」
「どうしたの?」
「いやそれが……、例の契約者だと思うんだが……ナターシャ、お前を出せと言ってきているんだ」
 ナターシャはそれを聞いて、無言で無線機をとる。聞こえて来たのは女の声だった。
『Hi,貴方がボスかしら? 私はステファニー・マクギャレット。人質を取ってるわ』
 ナターシャはとりあえず、名前は偽名だろう、と判断する。こんな状況で本名を言うような馬鹿はいない。
『あぁ、彼が何か言いたいそうよ。ほら、喋ってみなさい』
 無線機を移動させる音がして、やがて仲間の声が聞こえてくる。
『……ナ、ナターシャ! 契約者だ! 場所は地下駐車じょ――』
 その瞬間、ガァン! という何かを殴った音が響いた。ナターシャは思わずビクリとする。
『……喋りすぎよ。あぁ、大丈夫。ちょっと後頭部を思い切り殴打して気絶させただけだから。あ、そうそう。私これから、地下駐車場のシャッターぶっ壊して、外で待機してる国軍とかの特殊部隊が突入しやすくしようと思ってるの。じゃ、そういうことだから。早めに降参した方がいいと思うわよ。じゃあね』
 無線機はそのまま、ぶちりと切れた。
 ナターシャは怒りに任せてテーブルを蹴り倒した後、部下に命令を出す。
「C4の設置が完了したってさっき言ったわね? その人員を地下駐車場に向かわせなさい! 殺しても構わないわ!」
「分かった。すぐ向かわせる。あぁ、それから、人質の一人が話があるってよ。交渉だとか何とか言ってたが……」
「ハデスにでも相手させておきなさい。どうせ暇してるんでしょ? あの男」

   ■

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)! で! そんな俺に何の用かな?」
 パーティ会場のバックスペースに机と椅子を数個置いただけの空間。そこには、ハデス、エヴァルト、そしてハデスの護衛として、神崎 荒神(かんざき・こうじん)及川 猛(おいかわ・たける)の4人がいた。
「まぁ、多少はナターシャ・ソコロフから聞いているがね。交渉ということだが……」
 ハデスは先程のテンションを少し下げ、エヴァルトの話を真面目に聞こうとする。
「そうだ。とりあえず、君たちの目的は何だ?」
「目的? 金だな! だから財界人達を人質にとり、身代金を要求しているのだ。ちょっと今、その辺の交渉が上手くいっていないがね。まぁ本当にそれだけだ。君たちが何もしなければ、命の保証はしよう」
「本当にそれだけか? 何か他にもあるのでは?」
「俺は無い。あぁ、ここからの脱出手段を要求している。何かイコンでも用意してくれないかと思うのだがね」
「本当に誰も殺さないと約束するのなら、俺の方から重装甲イコンのアンズーを提供するようにかけあってみるが? それから望む金額を」
「アンズー……。開拓用の量産型イコンか。カナンで使われているやつだな。うぅむ、では念のため、アンズーと戦闘ヘリの2つを用意してもらえるようにできるかね? 用意できるのなら、安全をこの俺が保証しよう」
 分かった、とエヴァルトは要求を飲んだ。外部にその条件を伝える。金と脱出用機体は、ホテルの敷地内にある広い駐車場に置いておく、とのことだった。エヴァルトは再びハデスに質問する。交渉人として少しでも時間を稼ぎ、情報を引き出しておきたいからだ。
「しかし、そちらがどこの誰なのか、教えてはもらえないだろうか。有名な団体であれば、それが圧力となる場合もある。そうでなくとも、その名を知らしめることとなる。悪い話ではないはずだが?」
「いや、さっき言っただろう。悪の秘密結社オリュンポスだ」
「あのテロリスト達全員?」
「あぁ、彼らはおそらく、どこかの国を追われた傭兵集団だろう。少し背後関係を調べてみたが、特に繋がりはないようだった。今回の金で自分達の国でも作るのではないのか? あ、神崎荒神、どうなんだね?」
 神崎はテロリスト達の中では、実行部隊の中心的な役割を担っている。テロ組織の中心的存在だった。
「さぁな……」
 神崎はそれだけ言うとそっぽを向く。
 エヴァルトはそれを見て、ハデスに質問する。
「ハデス、といったか。君とテロ組織の関係は?」
「俺、悪の組織。彼らも悪の組織。同族が困っていたから手を貸した。それだけだ。まぁ、魔法やスキルを封印する結界装置の試運用の良い機会だった、というのもあるが――」
 ハデスが言い終わる前に、突然パーティ会場で大きな声が聞こえて来た。
 何事かと、ハデスたちは様子を見に行く。
 そこでは、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が、一人の給仕を指差し、何か叫んでいた。
「どうした? デメテール・テスモポリス。君は人質に紛れ、人質を開放しに来た奴を排除する役目を与えたはずだが」
「あ、ハデス。いやね、さっき配膳に向かった人質がいたじゃない? その中にはあんなちっちゃくて眼鏡かけてる人、いなかったよ! デメテール、ちゃんと見てたからね。そいつは人質を開放しにきた契約者だ!」
 言いながらパーティで使われていたナイフとフォークを取り出すデメテール。さらには、
「むむ! 貴方、契約者様ですか!? 敵は排除しますよ!」
 と、ヘスティアも自動小銃とロケットランチャーを構える。
 銃口を向けられた給仕、騎沙良はその状況を素直にマズいと認識する。
(仕方ない……、一か八か、ハンドガンで応戦する……!? だめ、無闇に発砲して人質に当たったら……!! あぁ、もう!)
 まさに絶体絶命、四面楚歌。
 騎沙良が覚悟を決めて銃を掴んだ、その時。
 
 突然、ドッガァァン!! と、大きな爆発音が轟き、ホテルが大きく揺れた。