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殺人鬼『切り裂きジャック』

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殺人鬼『切り裂きジャック』

リアクション

 1章


 時刻は8時過ぎ。空京の町中。
 暗く、街灯もあまり点いていない路地裏を、3人の女性が歩いていた。
「犯人さ〜ん。早くわたくしを殺しにいらっしゃ〜い」
 と、ころころ笑いながら言うのは、椿 ハルカ(つばき・はるか)である。
「何その某巨大ロボットアニメのヒロインが言ってそうな台詞。……ってか大丈夫なの? この人。すぐ襲われそうなんだけど」
 ハルカに軽く突っ込みを入れ、ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)は隣を歩くロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)に問いかける。
「大丈夫……、ワタシが守るもの」
「何? 巨大ロボットモノ好きなの? あなたたち」
 大丈夫なのー? と呻くヘリワードの元に、携帯による連絡が入った。スピーカーフォンのスイッチを押す。すると彼女のパートナーである、リネン・エルフト(りねん・えるふと)の声が聞こえて来た。
『ヘイリー、状況は?』
「今の所は何も。あぁ、二人の契約者に遭遇したよ。今一緒にいる。この二人も私と同じように、囮、だそうよ」
 今更なのだが、ハルカ、ロゼ、ヘリワード――この三人は『ジャック』を捕まえる為に、自身を囮にしているのである。自身を囮にジャックをおびき寄せ、出て来たら何処かで待機しているパートナー達を呼び、皆で捕まえる、という作戦だ。その為、ハルカ、ロゼには二人のパートナーが背後から付いて来ているし、ヘリワードには上空から【ネーベルグランツ】に乗って待機しているリネンが付いて来ている。先程から人気のない路地裏ばかりうろうろしているのも、ジャックをおびき寄せるためなのだ。
『そう。でも、三人も一緒にいると、奴が出てこないかもしれないわよ? おびき出す為なら、別れた方がいいんじゃない?』
「そうだね。折角襲われやすいようにこんな格好しているんだから、もう少ししたら別れるわ」
 ヘリワードは言いながら自分の服を見る。ジャックは、娼婦を二人程殺しているらしい。狙われやすいように、遊女風の格好をしているのだ。
 そこでヘリワードは、あ、と思い出す。
「言い忘れてた。もし奴が現れて、あたしが死んでも一度目は慌てるな。いいわね?」
『? 分かったわ』
 じゃ、何か連絡が入ったら教えて、とだけ言って、ヘリワードは連絡を切る。切ったところでヘリワードの背中に、突然何かがぶつかってきた。
「おぉうっ!?」
 突然の衝撃だったので、思わずよろけるヘリワード。何事かと見てみると、頭から足までをマントでずっぽりと被った、身長130センチ程度の子供が尻餅をついていた。ぶつかってしまったのか、と思い、子供に近づく。
「大丈夫?」
 声をかけ、手を差し出す。

 しかし、肝心の手が、手首の先から、無くなっていた。

「あ……?」
 戸惑い、困惑する。手首からぼたぼたと流れ落ちる赤い水。血。それを見ても、何が起こったのかよく分からない。
 がば、と後ろを振り向く。落ちていた。手が。
 そこで背後から、幼い、子供の、女の子の、可愛らしく、純粋な声がする。
「お姉さん。輪切りにするか切り刻むか、どっちがいい?」
 ヘリワードは子供から距離をとろうとするが、もう遅い。
「じゃ、輪切りにするね?」
 しゅっ、と命が終わるには安すぎるような――何かがこすれる音がしたかと思うと、ヘリワードの身体が文字通り、バラバラに、頭から足の先まで輪切りの状態にスライスされた。血をまき散らしながら、まるでエッグスライサーにかけられたように、数十枚の肉塊に変貌した。

   ■

 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)はハルカとロゼが一緒にいた女性が突如バラバラになったのを見て、反射的に駆け出した。ハルカとロゼが危ない。彼は全速力で彼女達の元へ急ぐ。
 駆けつけた頃には、ロゼが必死でマントを被る子供の猛攻を防いでいた。ハルカは邪魔にならないように身を引いている。
 子供が武器として使っていたのは、ガーバーナイフだった。ナイフを両手に持ち、器用に戦っている。ロゼの【ガントレット】にナイフを打ち付け、ナイフが曲がってしまったり、刃こぼれしてしまったら、すぐに捨てて、何処から出したのか、瞬時に別のナイフを手に握っていた。
「うあああーもぅ! 殺させてよう!」
 と、駄々をこねるように子供がナイフを打ち付ける。
 竜斗は、まだはっきりとした確信は持てないが、おそらくこの子供が『切り裂きジャック』なんだ、と認識した。
「ロゼ! こっちだ! 武器になれ!」
 竜斗は【緑竜殺し】を振るい、子供とロゼの間に割り込む。子供が少し距離をとったのをみて、ロゼがすぐにギフトとしての能力を発揮し、鉤爪付きのガントレットに変身する。そのまま竜斗の腕におさまった。
「あれ? さっきのおねーさんは?」
 子供はキョロキョロと辺りを見回す。どうやら、ギフトの存在を知らないようだ。
「……お前が『切り裂きジャック』か?」
 子供の台詞は無視して、竜斗は静かに問う。
「うん。『切り裂きジャック』だよ。でもほんとの名前は『りん』っていうんだよ。あと男のひとには興味ないよ。おねーさん出して。あとニ人は殺さないといけないんだから」
 あと二人。そして女を狙う。竜斗はこの子供が『切り裂きジャック』なのだと確信した。
「……子供かぁ。やりにくいな。でも放っておくわけにはいかないんだ。遠慮せずいくぞ!」
 殺人鬼の女の子、りんに斬り掛かろうとする。
 が、身体が動かない。
 何かでがっしりと固定されているように、身体が1ミリたりとも動かない。何もされていないハズなのに。何も身体を固定するようなものなど、見当たらないのに。
「な、なにが……」
 りんがすぐに答えた。
「糸だよ。ほら、これ。見えない程細いワイヤー。それから色んな化学繊維。それらをちょっと組み合わせて、丈夫な糸を作ったの。あとは身体とそこらの壁やら物やらにひっかけていって、固定する。拘束術だね。糸を変えたり、引っかけ方を変えると、ワイヤーソーとしても使えるんだよ。身体に巻き付けて引っ張ったら摩擦力が働いて切れる。刻む。輪切りになる。さっきのひとみたいにね?」
 竜斗はそれを聞いてぎょっとする。今、自分の身体には大量の武器が巻き付けられているのだ。
「おにーさんのは大丈夫だよ。拘束用の糸だし、それ用に糸を引っ掛けたから。それに、男の人は殺さないって決めてるし」
「そ、そんなこと、いつの間に……」
「さっき喋ってる時だよ。あれだけ時間があれば何だってできるよ。……さて――」
 りんの目線が、身を引いていたハルカを向く。竜斗はりんがハルカを狙っていることに瞬時に気づく。
(くそっ、動けない――仕方ない!)
「ユリナァ!! 撃てぇ!」
 竜斗は自分のパートナー、黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)の名前を目一杯叫ぶ。ユリナには、離れた場所から【スナイパーライフル】で援護するように言っておいたのだ。すぐに何処からか銃声が鳴り響き、りんの身体を撃抜いた。
 その瞬間、がいぃん、と、金属と金属が打ち付けられ、強く振動する音が響いた。
「!?」
 明らかに、人間を撃抜いた音ではない。何事かと竜斗が見ると、りんは、ライフルの弾をナイフの腹で受け止め、弾いていた。
「うっわ! びっくりした! なに今の! こわい!」
 秒速900mを超える弾丸を見極め、小さなナイフの腹のみで受け止め、弾き飛ばすという偉業を簡単にやってのけたのだ。
「あ、ナイフ駄目になってる」
 しばらく騒ぐと落ち着いたのか、ぼそりと呟き、ナイフを捨てるりん。
「でもさっきの何だったの? おにーさん何か知って――」
 りんは竜斗に問いかけようとしたところで、足に何か違和感を感じた。がしり、と何かに掴まれる感じ。なんだろう? と下を見る。そこには。

「捕まえた」

 と、バラバラになったはずのヘリワードが、寝そべりながらがっしりと足を掴んでいた。
「……ふぇえ!?」
 りんは相当驚いたのか、甲高い声をあげる。
「何で!? た、確かに殺したはずッ」
 ヘリワードは少し悪戯っぽく言う。
「ふふん。おねーさんはねぇ? 死んでも死なないんだよ。そして悪い子は食べちゃうんだよ」
「!? あ、知ってる! 死ななくて、人を食べるやつ! んーと、んーと」
 しばらく考え込んで、
「とんび!」
 違う。
「おねーさんとんびなの!?」
「あ、いや、それをいうならゾンビね。私はゾンビじゃないけど。それはそうと……リネン! 今だ!」
 ヘリワードが声をあげたかと思うと、空からリネンが降り立ち、両手を広げ、りんを――
「捕まえた! ってあれ?」
 間一髪のところで、りんは抜け出していた。
「ありゃ。ま、これひっぺがして、お顔を拝見できただけでも良しとするか」
 リネンは、ぺらんと布切れを垂らす。先程までりんが着ていたものだった。
「へぇ。可愛い顔してるじゃない」
 マントを剥がされたりんは、その姿を晒す。
 真っ白な身長程ある髪に、白い肌。着ているパーカーやズボン、ナイフを仕舞っているタクティカルベストまで、全てが白かった。ただ一点、目が赤色だった。顔立ちも幼く、少し反抗的な目つきをしている。外見、身長から12、3歳だと、リネンは適当に判断した。
「姿は見せないようにって言われてたのにな……」
 りんはぷくぅ、と顔を膨らませ、
「疲れた。逃げよ」
 とだけ言い残し、ものすごい速さで建物の壁を駆け上がり、逃げて行った。
「あ……逃がしたか……。外見情報が判明しただけでも良しとしましょ。……ていうかヘイリー! な、何なのさっきの! 死んだはずじゃなかったの!?」
 リネンは竜斗に絡まっている細い糸を切りながら言う。ヘリワードは寝そべったまま、
「【イモータリティ】ってスキル。1回なら死んでも復活できるの。まだ下半身の再生が出来てないから、ちょっと動けないけど」
 だから寝てるのね、とリネンは呟く。
「さて、とりあえず、すぐに今判明した外見情報、名前、武器などの情報を拡散しましょ。そのあとは引き続き捜索ね」
 リネンはその場の全員に言い、行動にうつった。

   ■

 直接戦闘には関わってはいないからこそ、冷静に状況を見ることができた者がいた。
 ハルカである。さすがにヘリワードが殺されたときにはパニックに陥ったりもしたが。問題はそこではない。
 りんが残した言葉が問題なのである。
(彼女、確かに「姿は見せないようにって『言われてたのにな』」って言ってましたわ。彼女には上の人間がいる? そう考えた方がいいかもしれませんね)
 ハルカはそう思うと、その情報も拡散するように行動にうつる。