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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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終章1 見えない幼女


 廃プラント内を拠点としていたコクビャク末端組織の構成員は、空京で契約斡旋事務所を仕切る「事務所長」や今日鷹勢と卯雪を案内する役だった「担当者」もまとめて一網打尽となり、【丘】に送られるところだった、組織で抑えていた強制された契約者たちは、全員保護された。
 被害者たちの素性はそれぞれだった。身寄りのない者や、契約を希望してその斡旋をしてくれるものと信じ込んで身を寄せた者、闇商人に買われてきたという者までいた。コクビャクがその闇商人から彼らを買ったのか、あるいはそれ以外の手段で貰い受けたのか……それは本人たちも知らないという。
 ただ、今までにここから多くのパラミタ人契約者たちが【丘】に送られたという。それを助けられなかったのは残念であった。


 敵方で、この一斉捜査から逃れられたのは、プラントを改造した発着場を使って【丘】との間を往復していたという飛空艇の乗組員のみだった。
 ……表向きは。


 ガモさんのパートナーであるシャンバラ人少女のラランは、その後警察の事情聴取に協力して、幾つかの重要な情報をもたらした。
「『タァ様』は、コクビャクでもかなり地位の高い奈落人らしいです」
 ラランは普通のシャンバラ人だが、霊感のようなものが強く、霊媒体質であるらしい。そのため、時折タァ様が来ると、その憑坐にされるために呼ばれていたのだという。
「姿は時々見ることができました。幼い女の子です。でも、とても知能が高いようで……ブレスレットで、あの建物のコンピュータを全部、一人で自在に操作できるんです」
 構成員たちには、奈落人であるタァ様の姿は感知できないので、ラランの存在は重要で、それで彼女は、あの廃プラントにずっと留め置かれていたのだという。
「けれど、もう私も【丘】に送らなくてはならないと、つい先日言われて……理由は分かりません」
「【丘】が何なのか……正直、私にはよく分からないんです。ただ、あの人たちが丘と呼び、そこに連れて行かれると誰も帰ってこなかったので、恐ろしい場所だと思って、ずっと心の中で助けを呼んでいました」
「そういえば、【丘】を制圧する、という言葉を何度か聞きました。何者かと、丘を巡って争っているようなニュアンスでした」
 それから最後に、彼女は言った。
「それと、タァ様はエズネルという人を探しているみたいでした。【丘】にとって重要な人物……という感じでした」



 【丘】については、構成員からも大した情報が得られなかった。
 下っ端はともかく、事務所長クラスまで知らないのはおかしいだろうと、ありとあらゆる手段で自白をさせようとしたが、どうやら本当に詳しいことを知らないらしかった。
「【丘】はまだ、魔族を受け入れられる地になっていないから、この中の人員は誰も行ったことはない」
 所長は言った。実は彼は魔族だった。構成員の中にも、魔族が多かった。
「【丘】はいずれ魔族にとっての要地となる。そう説明されて、コクビャクに与したんだ」
 コクビャクの上位メンバーはほぼ魔族で構成されているが、彼はほとんど直接の面識がないらしい。
「タァ様? タァ様は……顧問的な存在だ。その豊富な知識で、コクビャクの活動を助けているらしい」
 しかし、タァ様なる奈落人幼女の素性は全く知らないという話だった。



 そのタァ様によって、コンピュータに残っていた、犯罪の証拠となりうる可能性のあった重要文書は、ほぼ再現不能に破壊されてしまっていた。
 普通、遠隔操作で侵入者と管理権限を争いながら、そこまでのことができるとは思えない。しかし、ブレスレットには恐るべき高性能の機能が備えられていたと見える。
 コンピュータを完全制圧して必要なデータをすべて入手するつもりだったダリルにしてみれば、いささか憮然とさせられる結果となった。
 それでも、彼女が消去しきれなかった幾つかの情報は彼によって復元され、今後の捜査の進展への大きな希望となるものもあった。
 その一つは、かの飛空艇の航路図である。
 廃プラントを脱出した飛空艇は猛スピードで逃げ去り、不意のことで用意の間に合わなかった警察は追跡できなかったが、この航路図のおかげで、【丘】の場所の特定へ、一歩前進したというところである。
 今まで、他者に不審がられることなく飛空艇を飛ばしていられたのも、タァ様の計算による緻密な航路どりで上手くやっていたからだと事務所長は言う。往復の飛空艇に、必ず彼女は搭乗していたのだそうだ。



 思えばおとり捜査の計画段階で、鷹勢は、もしかしたら素性を相手が全部調べるかもしれない、という理由で、「奈落人のパートナー」を希望することにしたのだった。自分のロストの体験のことを調べられたら、却ってこの希望は説得力を増すから、ただ事務所の偉い人間を引きずり出すためのゴネ材料だとはともや気付くまい、と。
 まさか本当に奈落人がおり、しかもそれが相手方の要人で、そのために鷹勢が一歩間違えば大変なことになっただろう危機に陥ったのは、計算外だった。


 卯雪は救出後、すぐに目を覚ました。激しく抵抗したために途中で薬のようなものを嗅がされたらしいということだったが、特に怪我はなく、一応病院で精密検査を受けたが、脳や体の内部にも異変はなかった。
 タァ様なる人物をはじめ、敵方の構成員が彼女に対して奇妙な興味を示した理由に、彼女は何も心当たりがないと言った。
 念のため、「エズネル」という人物を知らないかと聞いたが、全く聞いたこともない、と首を振った。
 この、敵の挙動の意味が分からないことで、卯雪の表情からは不安の曇りが拭いきれなかったが、それでも敵勢の逮捕と被害者救出という成果を捜査員たちから聞かされると、
「よかった、何の罪もない人たちが恐ろしい場所に送られる前に救い出せて」
 そう言って、少しだけ顔を綻ばせた。



 ***********


 警察に制圧された廃プラントを脱出した飛空艇の中。
 操縦手は、すぐ横のテーブルに、ごとん、という音と共に、重そうな腕輪が投げ出されたのを、横目で見た。
『もうつかわないだろうけど、おいていってもしょうがないし』
 操縦手には、タァ様の姿は見えない。声だけはテレパシーで伝わる。
「お疲れ様でした、タァ様。あの、例の地球人は?」
『……あれをのがしたのはいたかった。なんにもしらべられなかったし。
 でも、まぁいい。そんざいをおぼえられたから、そのうちなんとかできるだろう』
「そうですか」
『それにしても、けいやくしゃごときとほんきでやりあうはめになるとは、わたしもまだまだだな』
 少しだけ、忌々しげな声音だった。
 警察の突入のさなか、契約者と対峙しながら、逃げ道確保のために発着場の屋根を開くことだけに集中してコンピュータを操作していたあの時に、消去しなければならないデータの幾つかを、見知らぬ侵入者の妨害によって消し零したことは自覚している。分かっている限りでは、警察がすぐにコクビャクをどうこうできるような重要なものではない、些末なデータばかりのはずだが、それでも。
『はらだたしいことだ』
 幼げな口調とは裏腹に、苛立ちの響きが確かにあった。
『わたしにも、おとーさまほどのちのうがあれば、きっと……あんなくせんはしなくてすんだんだろうな』


 飛空艇は高度を上げながら、凄まじい速度で北の空へと消えていった。