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リアクション
第2章 場所と寝床と身嗜みの問題
そんな感じで、ホームレスたちの当初の悲観とは逆に、続々と協力者が集まってきたわけだが、それには「公の場」である「路上」で経緯が話されたから、という点が無視できない。通りすがりで話が耳に入り、善意で協力を申し出てくれる人が現れるようになったのだ。
しかしこれは、逆に言えば、誰でも彼らの話が聞けるということで、たとえば彼らからすれば好ましくない者であっても、それを聞いてしまうことができるのである。
そのことに気付いた者もいた。
「こんにちは、怪しいものです。ちょっと気になったので……お話伺ってよろしいですか?」
妙なキラキラした化粧をした男が、相変わらず路上に横たわろうとしているガモさんに話しかけてくる。
実は、自前のコスメで少々残念な変装をした佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)である。
「今耳にしましたお話……不思議な話ですねぇ。夢の中に何度も同じ女の子が出てくる、と。
そこは、殺風景な場所なのですよねぇ」
「うーん、……とにかく薄暗くて、人の気配がなくて、あんまり綺麗そうな場所じゃなかった、と」
さっきから次々に協力者が現れるという展開に多少目を回しかけているガモさんは、自称「怪しいもの」も協力者かと思い、素直に覚えていることを答えてしまう。
実際協力者ではあるのだが、ちょっと変わった角度からホームレスたちに配慮していることに、彼は気付いていない。
『【丘】に送られたらもう帰れない』
たまたま聞こえてきたその言葉に、兄・佐々木 八雲(ささき・やくも)の顔が変わったため、内容を詳しく知るべく弥十郎は遠巻きに、彼らの話をじっくり聞くことにした。
詳しい情報を知りたいと思ったが、ここで表立って参加し、誰の耳に拾われてもおかしくないような会話で核心に迫るような事を下手に聞き出そうとすれば、ホームレスたちも自分たちも、敵であるコクビャクなどから目を付けられるかもしれないという警戒心が働いた。路上には、誰がいてもおかしくない。
そこで、変装してわざとどこか素っ頓狂な雰囲気の人物を装って、情報収集にやってきたのだった。
「なるほど、無人なのですか。ホラー映画みたいな?」
「……うーん……」
「お化けはいなかったですか? なんか怪しげなアンティークとか、窓に映り込む人影とか」
「……窓はなかったと……」
「おや、窓がなくて寂れているんじゃさぞかし埃っぽいんでしょうねぇ」
どこか抜けた相槌を繰り返しながら、【コールドリーディング】で微妙なところから、夢の内容を詳細化しようと試みる。
(……なかなか、具体的なヒントに辿りつけませんねぇ)
(焦るなよ。今のところ、周りに怪しい人物はいないみたいだからな)
離れた所でその内容を聞きながら、八雲は時折、【精神感応】で弟と会話をし、情報を共有する。
別のところで、違う話題が持ち上がっている。
「何だ何だ、俺らだけの時とは打って変わって、随分みんな親切にしてくれるじゃねえか」
協力者が次々現れることに目を回しているのは、ガモさんだけではない。3人だけの時には道行く人に洟も引っかけてもらえなかったロクさんとムギさんは目を丸くし通しだ。
「あんたらが顔が広いってことなのか」
「まさか」
普段はイルミンスールに引っ込んでいる自分たちが顔が広いものかと、オッサンは肩をすくめる。
「じゃ、皆がこんな、度を越して親切ってことなのかい」
「だろうな」
ムギさんの不思議そうな言葉に、騾馬が簡単に頷く。いろいろあったが、自分や仲間たちも、それまで何の繋がりもなかった契約者たちの善意で助けられたことが幾度かあったものだ。
「なんだろなぁ、結局、俺らだけじゃ話も聞いてもらえなかったのはカッコウの問題もあるってことかねぇ」
ちょっと不服そうに、ロクさんは継ぎ当てだらけの自分の服を見た。
「どうしても、初めて会う人間同士は視覚の情報から得る印象を重視してしまうからねぇ」
やや同情気味に相槌を打つ姐さんの横で、
「しかし、せっかく契約者としてパラミタに立つのだから、それに相応しい格好をした方がいいだろう」
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が腕組みして呟いた。やはり、駅の近くを歩いていて偶然彼らに気付き、事情を聞いて協力を申し出た一人だ。
「格好って、服のことかい?」
「ちょうど古着屋に行く予定だったんだ。適当なものを見繕って来よう」
「ちょっ、俺らぁそんな、新調するような金ぁ持ってねんだよぉ」
「いいっていいって! 古着とか安いし、契約者になってパラミタに来たお祝いだよ」
呼雪のパートナーのヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が呼雪の代わりに、手を振って朗らかな声を出す。
「これから大変な事が控えてるんだから、気分もアゲて引き締めておかないとね。
特にガモさんは、初めてパートナーに会うんだからお洒落しないと!」
「あとは……風呂だな。服を新調しても清潔な状態でなければ意味はないからな……」
真剣な表情でぶつぶつと考え始めた呼雪に、魔道書達は「えっ、そこにこだわるのか……!?」という疑問の視線を遠巻きに投げかけていた。
一方。
「夢の中で助けてって…言ってたんだよね?
……じゃあ、助けてあげないと…駄目、だよ? ね?」
ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は、パートナーの鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)を相手に呟いていた。
「そのために……もっとヒントを…探すために、ガモさんは、これから……眠るんだよね?
じゃあ……がーちゃん」
「かぱっ!」
画太郎は手に持った紙にさらさらと筆を走らせ、『分かっていますとも!』と書いて見せた。
『存分に夢のヒントを探せるよう、質のいい睡眠をとっていただきましょう!
寝床の準備はこの河童執事にお任せください!』
さて、その頃ガモさんはといえば。
「あー、なるほどなるほど。
いやーこれはこれは……さっぱり訳が分かりませんねぇ」
奇妙な相槌を打つ怪しい弥十郎との会話も、どうやら終わりそうな雰囲気だった。弥十郎も、精神感応で彼に時折会話の指示を出していた八雲も、今の時点ではこれ以上収穫は望めないと判断したからである。
ガモさんは、少女の見た目と、「薄暗い、廃工場のような、人気のない」背景くらいしか覚えていない。密かにスキルを使って情報の詳細を探ろうとしたが、【丘】には全く心当たりはなく、夢の中の少女は【丘】へ送られることを心底恐怖しているという印象以外には、ガモさんに伝えてくる情報はなかったらしい。
『思った以上にヒントは少ないな。けど、仕方がない。これ以上聞くのはお前が目立つ。
適当に“残念な野次馬”という素振りでその場を離れろ。3割は当たってるけど、7割外しているような回答で』
そんな指示を残して八雲は先に集団を離れた。
とはいえ、大して情報もなかったのに「3割当てて7割外す回答」を思いつくのも難しい話で、
「……きっと夢の話なだけに、夢物語なんですねー。不思議な丘は、空の上にあるんでしょーきっと。
あ、地球から見たらそもそもパラミタが『空の上』でしたねー。失礼しましたー」
……取り敢えず、頓珍漢なことを言って離れた。
「……」
それを怪訝そうな目で見ていたのは昶だった。
「……なぁ皆、ここでこうして集まって話してるのってまずくないか?
コクビャクって妙な組織なんだろ。どこで話聞かれるか分からないんじゃないかな。
一旦人目のつかない所へ移動しようぜ」
残念な不審者については頓珍漢なことしか言わなかったのでこの際無視することにし、一同にそう促した。
数十分後、駅近くの空京観光オフィス内の観光客用臨時休憩室を、契約者たちが交渉してしばらく貸してもらえることになり、結果ガモさんも露地で眠るのを免れたのだった。
駅前から離れて八雲と合流すると、彼は弥十郎に言った。
「どうも、彼らの目的地への道を割り出すのは難しそうだな。
仕方ない。彼らも話を迂闊に聞かれる危険の少ない場所に移動したようだし。
離れた所から見張って、彼らが目的地を割り出して移動したら、その移動を妨害する奴らが出てこないか注意して、そいつらを妨害しよう」
「そうだね」
「おかしな奴がいたら、連絡たのむ。
あ、弥十郎、顔は洗ってこいよ。目立つのはだめだ。さっき目立ちすぎたから」
「え、そんなに目立ってた?」
「お前自身がライブハウスでビジュアル系か何かでデビューするつもりかと思ったぞ」
2人は空京のライブハウスを下見した帰りだったので、八雲は溜息と共にそんな言い方をした。
一方、駅近くの目抜き通りにある古着屋に来た呼雪とヘルは、ホームレスたちの服を見立てていた。
「ねえ、これいいんじゃないかなー!」
「……駄目だ」
「えーっ」
「どう考えても色味が派手すぎるだろう。ピエロじゃないんだから」
「じゃこれは?」
「……なんだそのジャラジャラ。ビジュアル系かなんかでデビューさせる気か?」
「うーん、そんなに派手かなぁ。でもビジュアル系じゃないけど、契約者デビューだから少しくらい派手でも」
「……」
「はい戻します……。……でもさぁ、世の中、いろんな理由で契約する人がいるんだね」
「そうだな。あの魔道書達も、人助けのためとはいえ、それで会ったばかりの人間と契約してしまうなんて気前がいいな」
いろいろ大丈夫かと不安になるが、という言葉は飲み込んだ呼雪の横で、まだキラキラした色彩の派手な服に目を奪われながら、ヘルは無邪気に言った。
「でもさ、そういうものなんだよね〜」
自分たちは気が付いたら契約していた――思い出した時、そんな言葉が口をついて出ていた。
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