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涙の娘よ、竜哭に眠れ

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涙の娘よ、竜哭に眠れ
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  第1章 アトラスの傷跡上空


 シャンバラ大荒野の中央にそびえ立つ、巨大な火山――アトラスの傷跡。その名の由来は、火口からあふれ出る溶岩を、大巨人アトラスの煮えたぎる血液に喩えたことによる。
 だが、いまこの火山に流れるのは大巨人の血ではない。少女の涙であった。
 絶え間なく降り続ける雨が、砂漠さえも濡らしている。上空を覆う厚い雲は、太陽の光を奪い、昼と夜の境界を失わせていた。

 ときおり降る氷の槍をかわしながら、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)が遠方を見やる。
「熾天使の少女に星辰異常……。気になることは多いけれど、今はアイツらを何とかしないとね」
 凛とした彼女の瞳に映るのは、鏖殺寺院の構成員が操縦する、小型飛空艇の群れだった。


「フリューネ、助けに来たよ!」
 ツインテールの元気娘小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、宮殿用飛行翼で空を翔ける。フリューネの呼びかけに応えて現場へ急行した彼女は、天使のようにかわいらしく、人工の翼さえ、名前のとおり『美しい羽』に魅せていた。
 彼女の隣を飛ぶのは、 パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)。ヴァルキリーである彼は、自前の翼で空を舞っている。
 コハクもまた、天使のように愛らしい少年だが、その実力には非凡なものがある。
 見た目に騙されてはいけない。美羽とコハク。ふたり合わせて総合レベル232という、超強力コンビなのだ。
「ありがとう。キミたちがいると心強いわ」
 ふたりの実力を知るフリューネは、頼もしそうに微笑んだ。


「負けられない戦いというものがある」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)が颯爽と現れ、フリューネの前で身構える。迫り来る飛行艇の見渡しながら、敵の戦力を確かめていた。
 一匹狼なフリューネがわざわざ仲間を呼んだだけあって、敵の数は多い。
 その圧倒的な数を前にしても、レンは平常心を乱さなかった。涼し気な佇まいの彼には、降りしきる冷たい雨が似合っている。
「自分の背後には、守るべき者が居る。そんな戦いで負けるわけにはいかないよな」
 戦友として。異性として。意識しあう相手――フリューネを、振り返るレン。
 彼らは、さまざまな感情が入り交じる眼差しで、しばし見つめ合った。


 フリューネの背後からは、一人のヒーローが駆けつけた。
「蒼い空からやって来て! 子供の笑顔を護る者!」
 人身売買ルートを追って、ここまでやってきた彼の名は。
 風森 巽(かぜもり・たつみ)こと、
「仮面ツァンダーソークー1ッ!」
『ツァンダースカイウィング』で空を切り裂いて、ソークー1は、フリューネのそばに馳せ参じた。
「お師匠! 何か厄介事みたいですね」
「ええ。鏖殺寺院のやつらが、熾天使の少女を狙っているの」
 苦々しく吐き捨てたフリューネの視線からは、飛空艇の姿は消えている。
 ふたつの勢力の間に発生した濃霧が、飛空艇の群れを呑み込んでいたのだ。深い霧から、やつらが再び姿を現したとき、戦いの火蓋は切って落とされるだろう。
「人身売買に、寺院の連中が噛んでるなら。放っておくわけにはいきませんね、お師匠」
 ソークー1が濃霧を見つめながら言った。
 彼はフリューネのことを『お師匠』と呼んでいるが、そもそもフリューネは弟子をとらない。二人の師弟関係は、あくまでもソークー1の自称である。
 それでも、フリューネが特に否定しないのは、止めさせるのを半ばあきらめているせいでもあるが、彼の実力を認めている部分が大きいのだろう。
「そういえば、最近よく聞くわね。子供たちを売り買いする、良からぬ連中の話」
 フリューネは先日おきた、ニルヴァーナでの事件を思い出していた。『蠱毒計画』と名付けられた実験で、子供たちが蟲に改造されたという。
 世界の裏側には、子供を商品にする組織がある。
 そんな連中を、ヒーローとして見過ごせるわけがない。ソークー1は、仮面の下で静かに闘志を燃やしていた。
「上手くいけば、とっ捕まえた奴から情報が手に入るかもしれません。それに……」グッ、と拳を固めて。「泣いてる子を放っていくのは、主義に反しますんで」
「いい心がけね。人のために戦うのは、私も嫌いじゃないわ」
 フリューネはそう応えて、戦闘態勢をとった。

 彼女たちの前方。
 濃霧に呑まれていた飛空艇が、次々と吐き出されていく。