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種もみ学院~契約の泉へ

リアクション

「ま、こいつは信頼できる男だ」
 バンッとブラヌの背を叩いたのは吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)
 ブッ飛ばされそうになったブラヌの肩に腕を回し、彼の良さをアピールする。
「こんなナリだが、こいつは仲間思いでけっこう稼ぎもあるんだぜ」
 こんなナリは余計っスよ、というブラヌの小さな抗議は無視された。
 竜司は若い女の子達を見て続ける。
「空京でもてめぇらのために働いてたんだ。こいつは絶対に裏切ったりしねぇ。男として申し分ない奴だ」
 若葉分校の名誉番長にこう言い切られ、ブラヌはすっかり照れてしまった。
 それから竜司は男達を見て言った。
「パラミタでたくましく生きる方法を教えてやる」
 貫録のある竜司に誘われ、男性達が広いとは言えない荷台を移動して集まった。
「てめぇらもじきにパートナーを得ることになるだろうが、もし女子を選ぶなら相手にいろいろ要求する前に、てめぇからやさしくするんだ。それがイケメンてやつだ」
「じゃあ、男と契約するなら?」
「好きな関係を築けばいい」
 パッとない感じの男性の質問に答えた後、竜司は『脳内オレの女』を想い、切ないため息を吐いた。
 そして、美しい思い出(妄想)をゆっくりと語りだす。
「若葉分校総長は神楽崎優子といってな、言葉にできねぇくれぇのいい女なんだ。オレの女と知っていながら、カンゾーもちょっかいかけずにはいられねぇほどでな。その優子をオレが惚れさせた出来事ってのがな……」
 竜司は滔々と過去(妄想)を語り、女の落とし方として伝授していった。
 真実を知る者は、後で校舎裏に呼ばれたくないので黙っていたとか。
「何はともあれ、縁あって契約するんですから、お互いを思いやれる関係になれるといいですね」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)が締めくくった言葉に、ブラヌもこれからパートナーを得るだろう移住者達も頷いたのだった。
 と、そのブラヌの目が何とも言えないものに変わって未憂とパートナーのリン・リーファ(りん・りーふぁ)を見つめた。
「どうかしましたか?」
「いやさ、その格好……」
 言いよどむブラヌに、どこか変かなと未憂は自身の格好を見直す。
 パラ実女子の制服に、髪はおさげにして眼鏡をかけている。
 リンも同じく、スカート丈は短くしてスカーフの巻き方を工夫しているがパラ実女子の制服姿だ。
「原宿行った時、ダサいって言われたでしょ。だから、改造してみたんだ。どう?」
 走るトラックの上で立つのは危ないので、リンは座ったままスカートの裾をちょんとつまんでみせた。
「うん……」
 ブラヌは助けを求めるように竜司やヨル、天音達に目をやったが、みんな黙って見ているだけだった。
 すると、移住者の若い女性がスパッと言った。
「垢抜けない感じよねー。40年くらい前に一部の人達に流行ってたような?」
「そ、それってつまり……」
 ショックを受ける未憂を元気づけるように、若い女性はぽんと肩を叩いた。
「ファッションて少しずつ形を変えながら繰り返すって言うし、それも味だと思うわよ」
「そ、そうだな! うん、いいと思うぜ。そうだ、これ巻いてみろよ」
 と、ブラヌが未憂の腰にチェーンベルトを蒔きつけた。
「武器にもなって、けっこう役に立つんだ」
 そういうものなのか、と未憂はひとまず頷いておくのだった。
 短い旅を楽しむ彼らの様子を、又吉はデジタルビデオカメラに収めていた。
 又吉が聞きたいことは牡丹達が聞いてくれていたので、彼は撮影に専念できた。
 『オアシス再生事業』シリーズ第三弾である。
 これも後で編集してネットに流す予定だ。
 ところで、第一弾と第二弾の反応がぼちぼち来ている。
 まだこれといった成果もないため、いたずらや冷やかしが多いが中には応援メッセージもある。
「これで、今回の目的でもあるパートナー契約を誰かがしてくれたらなぁ」
 移住者達を見渡し、又吉は思うのだった。

 三台目の軽トラックでは奇跡が起こっていた。
「さあ、食しなさい。お前達にはこれから長い試練が待っているのだから」
 きらきらと淡い光を放つジーザス・クライスト(じーざす・くらいすと)が、祝福されたパンと魚を裂いて増やし移住者に配っていた。
 後光のように光っているのは光術である。
 今はオフだからと言ってサングラスで顔を隠してはいるが、カリフォルニアで会った彼らはすぐに気がついた。
「ああ、主よ!」
 大げさに首(こうべ)を垂れる中国系の元不法移民達。
 ノリでやっているのはみえみえだが、ジーザスもジーザスでおおように頷きパンを手渡した。
「お前達はすでに苦難が何かを知っている。これは幸いなことである」
「ははーっ」
 こんなやり取りを周りで見ていた子供が、アッとジーザスを指さした。
 そして、荷物からノートを取り出すと、
「僕、あなたを知ってるよ! サインちょうだい!」
「元気の良い子だ……名前を」
 ジーザスはさらさらとノートにサインした。
 そしてようやく元不法移民達が南 鮪(みなみ・まぐろ)に気がついた。
「ようやく会えたなァ〜。夢の映画リゾート、始めるぜェ〜、ヒャッハァ〜!」
 夢の映画リゾートって何だ、とカリフォルニアでの出来事を知らない人達に、織田 信長(おだ・のぶなが)が説明した。
「鮪が計画している超巨大映画リゾートテーマパークのことだ」
「映画作るの?」
 若い女性がパッと明るい表情をした。
「役者も選考中である。……ふむ、おぬしなかなかの美形だな。映画に出るといい」
「本当に!? 私、役者になるのが夢なの! ここで売り込もうとしてたのよ。それがまさか、こんなチャンスが来るなんて!」
 喜ぶ女性に、信長も満足そうに頷いた。
 それから信長は、これと思った移住者に次々誘いをかけていった。
 元不法移民の男性が鮪に聞いた。
「あの派手な格好の人はスカウトマンか?」
「あの人はなァ、ここのボスで大荒野の裏の権力者様だ。失礼がないようにしろよ、やべえ人だからな、ヒャッハァ〜!」
 信長が羽織る深紅のビロードマントが風に翻った。

 一方、殿(しんがり)の軽トラックも賑やかだった。
 レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は高知県で知り合った女の子達に囲まれて、所属する百合園女学院のことや、パラ実生の熾月 瑛菜(しづき・えいな)は意外とボンキュッボンだったことなどを話していた。
「その瑛菜ちゃんはパラ実生なんだね。性格的にはどんな子?」
「サバサバした子かな。軽音やってるよ」
 レオーナの返事に女の子達から「おおーっ」と歓声があがる。
「かっこいいね! レオーナちゃんはやってないの?」
「あたしは柔道部に入ってるよ」
「え〜っ、意外!」
「そうかな。楽しいよ、柔道部」
 レオーナの言う楽しいとは、残念ながら、純粋にスポーツに汗を流すのが楽しいという意味ではない。
 そのわけは、ポケットに忍ばせた何枚もの婚姻届が物語っている。
 世界の半分(女)は私のもの……。
 そんなことを考えていたりもする。
 しかし、何も知らない女の子達をレオーナの魔の手から守るため、クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)はしっかり見張っていた。
 ふと、クレアはあることに気がついて女の子達に尋ねた。
「あの、皆様方は未成年の学生さんですよね……? 契約や移住について、ご家族様の許可は得られているのでしょうか? いえ、咎めだてするわけではありませんわ」
「契約のことはオッケーもらったよ。……契約したらここに住まないとダメなの? せめて卒業はしときたいんだけど」
「そうですわよねぇ」
 そのへんどうなのです、とクレアはたまたま目が合った種もみ生に聞いてみた。
「地球の学校か? そこを卒業してぇならすればいいさ。それからこっちに来てくれても全然かまわねぇよ」
「卒業しても在籍できますの?」
「細かけぇことはどうでもいいんだよ」
 気さくに笑う種もみ生に、学生の女の子達も安心したようだ。
「ま、もし行き場がなくなったら、あたしがちゃんと責任取るから大丈夫よ」
 欲望が見え隠れするレオーナの発言。
 しかし、彼女の本性に気づいていない地球の学生達は、無邪気でのん気な笑顔を見せるのだった。
 クレアに答えた種もみ生は、風馬 弾(ふうま・だん)と共に移住者にパラミタ──特に荒野について話していた。
「よかったね。いつでも在籍できるって」
 弾に連絡をくれた人々の中にも中学生や高校生がいた。彼らは夏休みを利用してここに来ているのだ。
「いったん帰っても、ちょくちょく連絡取り合って、たまには遊びに来いよ」
 モヒカンだったり顔に派手な傷があったり、見た目は怖いが面倒見の良い種もみ生に、学生達は少しずつ打ち解け始めていた。
 パラミタでも特に荒っぽい地域に飛び込むことになった移住者達を、自分が誘ったとはいえ心配していた弾だったが、種もみ生がついてるなら大丈夫かなと思い始めた。
「僕も一年前にここに来たばかりなんだ。だから、まだ知らないこともたくさんあるけど、精一杯力になるよ」
 弾自身のこういう事情もあり、もしかしたら彼が一番移住者の不安をわかっていたかもしれない。
 すると、種もみ生が意外そうに目を丸くした。
「何だお前、一年前に来たばっかだったのか。全然そんなふうに見えねぇなあ! そうとうあちこちで暴れてきたか?」
「そんなんじゃないけど……そうだな、もしそう見えるならノエルのおかげかな」
 弾はノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)にあたたかい眼差しを向けた。
 ノエルは移住者一家と談笑している。
 やさしい性格の彼女は、初めての土地で緊張している移住者達の心を、うまくほぐすことができているようだった。
「かわいいコだな。パートナーか?」
「そうだよ」
「いいなぁ、あんなかわいいコがパートナーか……若葉分校のブラヌが契約するならかわいい女の子だと息巻くのもわかるぜ」
「……ちょっと、邪(よこしま)な想像しないでくれるかな。僕とノエルは家族みたいなもんなんだ」
 種もみ生はニヤリと笑った。
 と、その顔に突然何かが飛び掛かってきた。
「ぎゃーっ、何だ何だ! イテッ、頭に何かが!」
「たむたむ!」
 種もみ生の顔面に張り付いているのはミニキメラのたむたむだった。
「たむたむ、そんな汚いの口に入れたらダメだよ!」
「てめぇ、汚いのとは何だ! 今日のために念入りに洗って……イテテッ、早く何とかしてくれ〜っ」
「たむたむ、こっちにおいで!」
 弾が手を叩いて呼ぶと、たむたむは種もみ生の顔を蹴って主の胸に飛び込んだ。
 うずくまる種もみ生に、弾が心配そうに聞いた。
「ごめん、大丈夫?」
「……へっちゃらだ」
 痛そうだな、と弾は眉を下げた。
 そんな様子を笑いながら見ていた学生達が、珍しそうにたむたむの周りに集まってきた。
「これ、もしかしてキメラってやつ?」
「うん。たむたむって言うんだ」
「触ってもいい?」
「いいよ。たむたむ、仲良くな」
 たむたむはたちまち移住者達のアイドルになった。
 おとなしいたむたむに、種もみ生は「差別……」と涙したとか。
 しかし、種もみ生が憧れるのももっともで、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)のパートナーのコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)も野の花のようなかわいらしさのある女性だった。
 恥ずかしがり屋なのか、賑やかにおしゃべりするタイプではないが、誠実な対応は特に年配者に人気だ。
 剛太郎はというと、子供達に人気だった。
 一家や一族で移住してくる人達もいるため、全体から見れば少ないが子供もいるのだ。
 まだ右も左もわからない彼らの最初の旅を安全なものにするため、剛太郎はパワード装甲で身を固めてきた。
 教導団からの依頼を受けて手に入れたもので、とても大切にしている。
「にーちゃん、これで悪モノをやっつけるんだな!」
「いいなー、オレも着たい!」
「変身! ってやるのか?」
「戦ってるとこ、見てみたい!」
「抱っこしてぇ〜」
 わいわいと賑やかな子供達。
 いっぺんに話しかけられて剛太郎も思わず反応に困ってしまったが、すぐに返事を整理した。
「これが欲しいなら、心も体も強くなれ。それと、武はむやみにふるうものではないぞ」
 そう言って、甘えてきた男の子を膝に抱き上げた。
 すると、ボクもボクもと肩や背中にへばりついてくる。
「子供もまとまれば重いであります……」
 しかし、真面目な彼はこれも自らが背負った任務と定め、子供達が荷台から落ちないように気をつけながら遊び相手をした。
 ふと、その中の一番の年長者が疑問を口にした。
「あのおねーちゃん、剣の花嫁なんだって? 剣を出す時、服がびりびり〜ってやぶけるの? はだかになるの?」
 彼らも彼らなりにパラミタやそこの種族のことを調べてきたようだ。
 幼いながらもしっかり準備をしている子供に関心しながらも、剛太郎は答えに困った。
 それは、と言いかけた時、コーディリアがやわらかい笑みを浮かべて言った。
「人によるそうですよ。私はそうではありませんが……」
「そうなんだー。やぶけたらおもしろかったのに」
 子供は無邪気で残酷だった。
 だが、この子供達の間で剣の花嫁は妙に人気があがった。
 契約するなら、服がやぶける剣の花嫁にするんだと言って、ごっこ遊びを始めてしまった。
 なるほどなと納得する種もみ生を、剣の花嫁をパートナーに持つ剛太郎と弾が沈めたのは無理もない。
 軽トラックは、まだまだ荒野を走り続ける。