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種もみ学院~契約の泉へ

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種もみ学院~契約の泉へ

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 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)も始めのうちは契約の泉活性化のために、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)と共に屋台の準備をしていた。
「移住者達はもうじき着くそうだ」
「何人くらい来るのでありますか?」
「ざっと30人くらいと聞いたな。契約者や若葉分校生、種もみ生もいるからもう少し多いであろう」
 イングラハムの返事に、吹雪はそうかと頷いた。
「しかし暗いであります」
「来た当初よりはマシだな。まあこの闇もじきに晴れよう。何といってもこの南米産の自称小麦……吹雪? どこへ行ったんだ?」
 いつの間にか吹雪の姿は見えなくなっていた。
 しかし、イングラハムはたいして気にすることはなく、作業の続きを始めたのだった。
 その頃吹雪は、ある使命感に燃えて動いていた。
 それからしばらくして、ジンベー達が到着した。

「契約の泉はこちらですよー。足元に気をつけてくださいねー」
 ツアーコンダクターよろしく三角の旗を掲げて移住者を先導するリン
 はーい、と調子の良い返事が返ってくる。
 列の中ほどではレナリィが好奇心のままに列を離れようとする人を引き止めていた。
「気になるのはわかりますけど、列から離れないでくださいね〜。あんまり離れちゃうと、護衛の手が届かなくなる可能性も出てきて危険ですからね〜」
 最後は種もみ生が固めていた。
 先頭のリンの両脇にはカンゾーとブラヌがいる。
「途中いろいろあったけど、無事に着いてよかったぜ」
「若葉分校には世話になったな。恩に着る」
「大げさだぜカンゾー。だいたい、俺が勝手についてきたんだ」
 その時、リンの声が鋭く響いた。
 念のため唱えておいたディテクトエビルに引っかかるものがあったのだ。
「止まって!」
 しかし、カンゾーとブラヌが足を止めたのは数歩行った先だった。
 とたん、二人の足に縄が絡まり、高く宙づりにした。
「うおお〜、何だぁ!?」
「ジンベーか!?」
 騒ぎを聞きつけた若葉分校生が駆け付けるが、途中で落とし穴にはまった。
 さらに様子を見に来た種もみ生にいたっては、二人を助け出そうと縄がかかっている木に回り込んだとたん、足元が爆発した。
 絶妙の場所に仕掛けられていたのか木が頑丈だったのか、倒れることはなく縄もちぎれなかった。
 そのため、カンゾーとブラヌは爆風に大きくあおられ、くるくると回転する。
「おえぇぇぇぇ〜」
「ぎゃー! カンゾーさん、吐かないでくださいよ! 下が大惨事になるっスから!」
 罠にかからなかった種もみ生が叫んだ。
 ぎょっとした列が一歩二歩と後退する。
 その間リンはどこかに潜んでいる者がいないか探していた。
 木の上、茂みの奥、幹の後ろ……。
「そこ!」
「そこだァ!」
 リンと竜司の声が重なった。
 と、同時にその方向から銃弾が飛んできた。
 ガサガサと茂みが揺れ、狙撃者が移動したことがわかる。
 そして、狙撃者の声が響いた。
「貴様らには、あの打ちのめされたパラミタ種族達の心の叫びが聞こえないのでありますか!」
 狙撃者は吹雪だ。
 彼女は、傷ついた泉の住人達がまき散らす闇に応え、罠を仕掛け狙撃したのである。
 彼らの痛みを思いながら穴を掘ったり地雷を仕掛けたりしているうち、いつしか吹雪は彼らを友と思うようになっていた。
「パートナーの来ない彼らの前でパートナーを探すなど! 代わりに自分が彼らの嫉妬を引き受けるであります! リア充爆発しろ天誅ー!」
 吹雪が手の中の起爆スイッチを押す。
 移住者の周りであちこちから爆音があがった。
「天誅はてめぇだァ!」
 飛んでくる枝葉を払いのけて突進した竜司が、茂みの中から吹雪を掴んで引き抜いた。
 その背後にいつの間にか迫っていたのはレオーナ
 彼女の手にはしっかりゴボウが握られていた。
「覚悟ぉ!」

 屋台の準備も終わり、イングラハムはさっそくタコ焼きの生地をつくり、専用の型に流した。
 他の屋台からも香ばしいかおりがちらほら漂ってきた。
 すると、やけに煤けた集団が現れた。
 カンゾーを支える武尊を先頭にした移住者達である。
「おー、始まってるな。いいにおいだ」
 ボロボロでもおいしそうな香りには反応してしまう。
「うちで使ってる小麦粉は産地直送なのである」
「新鮮な小麦粉ってわけか。一つくれ」
「まいど」
 カンゾーはポケットから小銭を出して支払った。
 ほかほかのタコ焼きに、つい腹が鳴る。
「ご希望とあらば南米産の自称小麦粉のタコ焼きも……」
「いらねぇ! つーか、よく運び出せたな!」
「苦労した」
「ほどほどにしとけよ」
「ところで、吹雪を知らんか?」
「ああ、森の中にいるぜ。恐ろしいやつだった……」
 カンゾーはそう言い残すと、移住者達を連れてタコ焼き屋から去った。
 しかし、契約の泉までまっすぐなはずの屋台通りは、途中で工事中を示すようなロープが張られ通れなくなっていた。
 よく見れば、この先の闇は深くなっている。
 カンゾーは、ようやく到着が早すぎたことを察した。
 そして、そこにはチョウコが待っていた。
「あー、実はまだ工事中で……」
 と打ち合わせしたことを、しどろもどろに言う。
 その鮪はまだ見えない。
 信長が吹雪をスカウトしていたからだ。
「おぬしの罠は光るものがある。どうだ、映画作りに参加せんか?」
 吹雪はぽかんと信長を見上げた。
 そうとは知らないチョウコ達の鼻に、やたらと食欲を刺激する香りが漂ってきた。
「呼雪のカレーができあがったかな。腹減ってるだろ? カレーとおにぎりがあるぜ」
 足りるよな、と内心で思いつつもチョウコはロープの向こう側に移住者達を案内した。

 呼雪ヘルによる大鍋カレーができる頃、においにつられたのかバラックから様子を見に出てくる人達の姿があった。
 ヘルが手を振って呼びかける。
「ちょうどいいとこに出てきたね。お腹すいてない? おいしいカレーができたよ、食べて食べてー♪」
「あ、カンゾー達も着いたみたいだ」
「……足りるかな」
 ちらっと大鍋を見て言ったヘルに呼雪は小さく笑う。
「足りなければまた作ればいい。野菜も米も山ほどあるからな」
 美羽が気を利かせて頼んでくれたのか、種もみじいさんが大量の米と野菜を荷車に積んで運んできてくれたのだ。
 すると、その美羽達が森から出てくるのが見えた。
「わあ! いいにおい!」
 びっしりとおにぎりが並んだ大皿を抱えたコハクがにっこりして言った。
 美羽とコハクの後からついてきたパラミタ種族達の顔は、森へ行く時よりずっと晴れ晴れとしていた。
 畑作業は良い結果をもたらしたようだ。
 ステージのほうに行っていた人々にも元気が戻ってきたらしいことも、呼雪は知っている。
 チョウコが来て呼雪に言った。
「疲れただろ。後はあたしらがやるから休んでなよ」
「いや、足りなくなりそうだし追加の準備しないと」
「こんだけありゃ当分もつだろ。だいじょーぶだって!」
 呼雪とヘルは簡易竈の前からぐいぐいと押し出されてしまった。
 二人は顔を見合わせて苦笑する。
 美羽とコハクは中国の農家の一家と再会を果たした。
「この前は良い種もみをありがとうなー」
「こっちこそ楽しかったよ。あの種もみは、このおじいさん達が育てたんだよ」
 農家のおじさんと種もみじいさんは、たちまち打ち解けあいまるで昔からの友人のように仲良くなった。
「パラミタのお米のおにぎりをどうぞ」
 美羽が差し出すと、農家一家はうまいうまいと両手におにぎりを持って食べた。
「みんなすごい食欲だねぇ。まだお米はあるのかい? あたしらが握るよ」
 農家一家の母親が娘達を従えて申し出てきた。
 答えたのはチョウコだ。
「また炊かないとないんだ。米はあっちにあるよ。水も……」
 と、説明しながら水場に連れて行く。
 美羽とコハクも手伝うためについていった。
 一緒に畑仕事をしたパラミタ人の何人か続くと、美羽は嬉しそうに彼らに微笑みかけた。
 呼雪は少し離れたところでマホロバ人の少年ととカレーを食べながら話をしていた。
 もともと内気なようで、呼雪に誘われなければずっと一人でいたかもしれない。
「ネットで契約して……この荒野で会おうって約束したんです……。それから、もう一年近く音沙汰なしで……前は繋がっていたメールも、返事がこなくなって……」
 打ち沈んだ目で、少年はぽつりぽつりと話した。
「契約の泉に行けば、いるかなって……。でも、いろんなとこの泉を回っても、いませんでした……」
「連絡がないから、向こうの事情もわからないしな」
「はい……」
 うなだれるマホロバの少年の様子から、彼が今日までしてきた苦労がうかがえた。
「マホロバを出てお前が苦労したように、パートナーもどこかで挫折の中にいるのかもしれないな」
「返事をくれないのも、そのせい……?」
「可能性の話だがな。ただ、このままここで下を向いていても何も始まらないのは確かだ。外に目を向けてみないか?」
「外……」
 少年は途方に暮れたように呼雪を見上げた。
「契約者になった利点があるだろう? もっと自分を磨いて、パートナーがどこにいてもどんな窮地に陥っていても助けられるくらいになるとかな」
「自分を、磨いて……」
 少年はじっとカレーを見つめて考え込んだ。
「……そうですね。パートナーと会えないのは、僕が未熟でまだその時期じゃないからかもしれませんね……」
 一度、目を閉じてから再び呼雪を見た少年の顔は、先ほどとは違っていた。
 その時、ステージのほうから力強い音楽が流れてきた。
「パートナーは、音楽が好きだと言ってました……」
「呼雪も音楽好きだよね。リュート、持ってきたでしょ」
 ヘルの言葉に、少年は呼雪に期待の目を向けた。
「食べ終わったらな」
「やった! 明るくて楽しい気分になる曲でお願い!」
 ヘルはパチンと指を鳴らして喜び、少年は微笑んで頷いた。
 見れば、辺りはだいぶ闇は引き、かなり明るくなっていた。


 ステージの上では姫宮 和希(ひめみや・かずき)が集まった人々に呼びかけている。
 移住者もパラミタ種族も、それぞれに屋台の食べ物やカレーやおにぎりを手にしていた。
「遠いところをよく来たな! 俺がパラ実生徒会長の姫宮和希様だ! 歓迎するぜ」
 聞いたことある、という声が移住者からちらほらあがった。
 中には、
「すげぇ巨漢て聞いてたけど、なんだかわいいじゃん」
 という声もあった。
「かわいいだって」
 瑛菜がクスッと笑うと、和希は照れたのか耳を赤くしたが、咳払いでごまかすとマイクを握り直した。
 今日はパラ実軽音部としても活動するつもりの和希だ。
「今日から俺達は荒野に生きる仲間だ!」
 スピード感のある伴奏に乗せて、和希の幸せの歌が響き渡る。
 和希ギターをかき鳴らしながら、身の軽さを利用してステージを端から端まで使って歌った。
 特に宙返りをした時は、歓声があがった。
 瑛菜とのハーモニーもぴったりだった。
「これから苦労もするかもしれないが、諦めずにいこう! ここには夢や希望、チャンスもいっぱいあるから、それを掴めるようにがんばろう! 困った時はいつでも呼んでくれ!」
 メロディに乗せて呼びかけると、
「会長の夢は何ですかー?」
 という反応が来た。
 和希がふっと演奏の手を止めると、瑛菜はギターの音をギリギリまで落とした。
「俺の夢は……このシャンバラ大荒野に古王朝時代以上の豊かな環境を取り戻すことだ! ここの昔、緑豊かな土地だった! 力を貸してくれるやつは、イリヤ分校まで来ーい!」
「今度歴史教えてくれー!」
 移住者は古王朝のことなど知らない。
 任せろと和希は手を振り返した。
 瑛菜は再び力強くギターを鳴らす。
 ふと上を見ると、あたりからはすっかり闇が消えていた。
「和希!」
「ああ。もう二度と真っ暗にならないようにしないとな!」
 今なら、移住者の誰かが契約しても祝福してくれるだろうし、それが希望にもなるだろう。
 誰か、そんな人が現れないだろうか──。
 和希と瑛菜はそんなことを思った。