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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
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   十六

 漁火は大きなため息をついた。
「一体、どういうわけであたしの行く先々が分かるんでしょうかねえ」
 瀬田 沙耶(せた・さや)和泉 暮流(いずみ・くれる)が、彼女の前に立ちはだかった。
「いい加減、鬼ごっこは終わりにしませんこと?」
「その意見は賛成ですね。そちらがやめてくれれば、話はすむんですけどね」
「その余裕、いつまで続きますかしらね!!」
 沙耶が手を振り下ろした。咄嗟に距離を取った漁火だったが、【奈落の鉄鎖】の影響で思うように体が動かない。
「おや……」
 これは困ったというように、漁火は眉を顰めた。それでも重い腕を無理矢理に動かし、剣を抜いた。
「大人しくなさい……!!」
「どうしたんです? 今ならあたしを殺せますよ。やらないんですか?」
 沙耶は戸惑った。彼女には、漁火を倒す決定打がない。暮流は、どこかにいるはずの漁火の仲間に注意を払っている。もし意識を漁火に向ければ、とたんに攻撃されるかもしれない。二人とも、身動きが取れなかった。
 その瞬間、漁火の足首が破裂した。ぐらり、と彼女はバランスを崩し、その場に倒れる。その次は両膝、左腕、そして腹部へ次々に被弾する。
「何事ですの!?」
 沙耶は悲鳴を上げた。暮流は、弾がすぐ近くから発射されていると判断し、【金剛力】で殴り掛かろうとした。
「オレだよ、オレ!」
【光学迷彩】を解除し、麻篭 由紀也が姿を現した。
「由紀也!?」
「何をしているんです!? 怪我は!?」
「ん、もう大丈夫」
 由紀也は漁火に発信器を付けた際に受けた傷が酷く、二人から明倫館に帰るよう言われていた。承知したふりをし、ナノ治療装置を体内に入れ、ここまで二人を追ってきたのだ。
「これじゃ発信機も壊れたかもしれないけど……」
 漁火の顔を覗き込んだ由紀也は、言葉に詰まった。死んだように目を閉じる彼女は、由紀也の知るベルナデットそのものだった。平太が見ていなくてよかった、と由紀也は思った。撃った自身が、罪悪感と吐き気に襲われるほどだ。平太なら卒倒したかもしれない。
「ああ、なるほど」
「――!?」
 漁火の両目がぱっちり開いた。
「道理で……不思議だったんですよ、こんなに正確に追われるなんて。あたしは科学には弱いもんでね」
 漁火は剣を握ったままの右手を支えに、むくりと起き上がった。まだ足の傷は治っておらず立てないようだが、痛みを感じないために、これほどの傷でもけろりとしている。
 まるでゾンビのような姿に、三人が身じろぎも出来ず、唾を飲み込んだ瞬間、沙耶の足元に稲妻が落ちた。
「きゃあ!」
「沙耶ちゃん!!」
 由紀也が沙耶を抱き上げ、その場から離れた。暮流も咄嗟に飛び上がり、着地するやブーストソードを構える。
「礼を言いますよ」
「大したことではありません」
 東 朱鷺――仮面をつけているため、顔は分からない――と第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)だ。
 稲妻の衝撃で、重力の縛りは消えた。傷はまだむごたらしいほどの痕を見せているが、朱鷺の【命の息吹】が効いているのだろう、剣を杖代わりにして漁火は立ち上がる。
 暮流は地面を蹴り、【迅雷斬】を放った。第七式が盾代わりになって、それを受ける。【歴戦の防戦術】で強化してあるが、貫く電撃に第七式は膝を突いた。
 朱鷺は「古代呪術・七式」を使って、由紀也と沙耶の周囲を飛び回る。素早い動きに、由紀也は狙いを定められない。沙耶もまた同様で、二人とも防戦一方だ。
 その間にも漁火の傷は回復していく。
「まずいな……」
 呟き、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は「不可視の封斬糸」を懐から取り出した。
「そ、それ、どうするんです?」
 漁火発見の報を受け、平太は唯斗と一緒に駆けつけた。一足早く戦闘は始まっており、その中に飛び込もうとした平太を、唯斗は押さえつけて制止した。
「今行っても邪魔になるだけだぞ!」
 ――それから十分が経過している。
「お前はここにいろ」
 左手に「不可視の封斬糸」を巻きつけ、唯斗は息を整えた。呼吸が小さく、浅くなっていく。その瞬間を待つ。
 朱鷺と第七式が漁火から離れ、唯斗と漁火の間に何の障害物がなくなった。
 唯斗は駆け出した。一直線に、漁火へ。漁火だけが気づいていた。剣を抜き、待ち構える。
 唯斗は大きく振りかぶり、「九十九閃」で斬りつけた。漁火はそれを避け、【ツインスラッュ】を放つ。唯斗の肩と頬が一文字に切れる。
 しかし唯斗は物ともせず、漁火に蹴りを入れる。漁火は次に【ソニックブレード】を放った。唯斗は脚に振り下ろされた剣を「九十九閃」で受け止める。
「ベル……」
 平太は呆然として呟いた。漁火の戦い方は、平太の知るベルナデットそのものだった。
 今、ベルナデットの記憶は全くないという。だが肉体は、ベルナデットを覚えている。本来の持ち主の記憶通りに動く。
「ベル……ベルだ……」
「九十九閃」が弾き飛ばされた。漁火が唯斗に迫る。その瞬間、彼の左手から「不可視の封斬糸」が飛び出し、漁火の両腕を縛り上げた。
「!?」
 糸はどんどん強く、きつく締め上げていく。剣が落ちた。
 朱鷺も第七式も気づいていたが、目の前の敵を相手にするので精いっぱいだ。
「悪いな」
と唯斗は謝った。漁火に対してか、ベルナデットに対してか、それとも平太に対してか、それは自分にも分からなかった。唯斗は「守護狐の面」で顔を隠した。
「不可視の封斬糸」を【武器凶化】する。糸は切れ味鋭い凶器と化した。
 人工皮膚が裂け、千切れ、骨まで達した。血の代わりにオイルが噴き出し、狐の面にかかった。それでも唯斗は手を緩めなかった。己の魔力を注ぎ続ける。
「待って! やめて! やめてください!」
 平太が叫んだ。転びそうになりながら、唯斗と漁火へ駆け寄っていく。
「馬鹿――平太! 来るな!」
「やめてください! ベルが死んじゃう!」
「――死なない! 死なないようにする! だから引っ込んでろ!」
「でもベルが! ベルの手が取れちゃう!!」
 平太の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。漁火と唯斗の間に立ち、両腕を広げた。漁火を守るように。膝ががくがくと揺れていた。
「……優しい子ですね」
 漁火は微笑んだ。「安心なさいな。痛みはないんですから」
「痛くなくたって、嫌だ! 僕が嫌だ! 嫌なんだ!」
 仮面で唯斗の表情は分からなかったが、「不可視の封斬糸」の力がすっと緩んだ。
 
 パーーーン!

 乾いた音が、響いた。続いて、何発もの銃声が平太のすぐ傍で聞こえた。
 平太が振り向くのと、漁火が前のめりになって倒れるのが同時だった。
「ベ、ベル……?」
 漁火の後頭部と背中には、何発もの銃痕があった。既に<漁火の欠片>が回復を開始しているが、漁火自身はぴくりとも動かない。
「ベル……ベル!!」
 平太は、絶叫した。