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影を生む妖刀

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影を生む妖刀

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 三章 埋み火の在り処

「凄い光景だね……」
 中空から影の森を眺めながら清泉 北都(いずみ・ほくと)が呟いた。眼下には村の付近とは比べ物にならない数の樹木が影と化しており、僅かな光さえ吸い込まれ、まるで巨大な穴が空いたようになっていた。
「これだけの数が実喰に斬られたってことか? いったいどんだけ力を蓄えるつもりなんだ」
「つまり、今村を襲っている影も、この広い影も……これだけの範囲でエイラが戦ったっていうことの証拠になるんだよね。凄く、嫌な予感がする。早く見つけないと」
 空飛ぶ箒に跨ったソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が頷く。ソーマもまた、真下に広がる闇の濃さに驚いていた。実喰に実体を封じられたものが影になるならば、影が濃い場所にエイラが居るはずだと空から捜索に繰り出した北都達は、予想以上の範囲に手こずらされていた。
「悪意の気配も薄い……離れ過ぎてるのか? っと、北都、左二十度修正。少し村の方へ寄っているみたいだ。高度を落とそう」
「わかった」
 ぐん、と北都とソーマが進行角を変える。ソーマの感覚には悪意の気配は薄くしか感じられない。だが、確かな何かが近づいている感覚だけがあった。



「うう……これだから、これだから密林って嫌よ!」
「その格好だからしょうがないでしょう?」
「極限の機動性を追求したらこうなるのよ! うう、まさか市販の虫除けが効かないなんて」
「条件さえ揃えば巨大化するっていうけど、大きな蚊だったわね」
 軽口をたたき合いながら、冗談のような速度で影の森を疾駆する白い影があった。セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)である。二人とも、影に覆われた森の中で、白い肌が二人の手のひらにある光球に照らされてくっきりと浮かびあがっていた。よくよく見るとわずかに赤く虫刺されのような腫れが見える。セレンはビキニ姿、セレアナはレオタード姿という高露出で、虫刺されはともかく藪はどうする気だったのだろうという出で立ちだ。
「もっと虫除けをつけておけばよかったのかな……」
「付け過ぎはお肌に悪いわ」
 言いながらセレンは銃型HCを確認し、わずかに右へ進路をずらした。セレアナも応じながら、即座にその動きについていく。影だらけでまともな熱源が存在しない以上、ぽつりと残る実体は格好の目印だった。広大な森林を熱源で的確にマッピングしつつ、「存在していたはずの熱源が消えていないか」を確認する。
 だが、常に痕跡だけを掴む形になり、なかなか本人にたどり着けないでいた。そんな折、突然上空に二つの熱源反応が現れる。セレンが顔を上げると、上空から北都とソーマが高度を落としてくる所だった。セレンが足を止め、手を振ると向こうからもこちらが良く見えていたらしい。旋回しつつ急速に高度と速度を落とし、セレン達よりわずかに高い位置で静止した。
「やあ、問題ない?」
 片手を挙げて挨拶する北都に、セレンが苦笑で応じた。
「虫刺されと、エイラが見つからないことを除けばね」
「密林の洗礼を浴びちまったなあ」
 ソーマが笑い、セレアナがため息と共に「やれやれ」とでも言わんばかりに両手を開く。
「それより、こっちからなんか嫌な気配がしたんだ。この辺りの筈なんだが、何か見なかったか?」
「あら? 同じことを聞こうとしていたのだけど。こっちで確認されたはずの熱源が消えていたから、何か見なかった、って」
 セレアナの言葉にソーマが応じようとしたとき、四人の間に緊張が走り抜けた。セレンとセレアナのHCに高速で迫る熱源反応が、ソーマの感覚に明らかな殺気が、そして北都の耳に確かな風切り音が飛び込んできた。
「散って!」
 北都とソーマが急上昇。セレンとセレアナが地を蹴って互いに離れた瞬間、さっきまでセレンが立っていた場所を小柄な影が猛然と横切って行った。影は少女の形をしていた。手には漆黒の刃。月の光も、光術の明かりも吸い込んだ、それは夜の闇そのものだった。
「エイラ!」
 叫ぶ北都の声にぴくりと少女の肩が跳ねる。だがそれもつかの間。光のない目のまま、手にした小太刀を再び構え直すと、影と化した樹木に向かって跳躍した。強い光を浴びせられていないにも関わらず、それはゆらめきを淘汰して実体化し、少女の足場となった。
「間違いない、あれが実喰だ!」
 短く詠唱を行い、閃光を生み出そうとしたソーマめがけて少女が木の撓みをバネにすさまじい勢いで突きかかる。ぎりぎりのところでソーマは回避し、北都が少女の真上で手にした指輪を撫でた。
「彷徨う優しき光の仔よ、汝が灯を彼の者にもたらせ!」
 さあ、と光の球が少女の目の前を横切る。一瞬。たった一瞬少女の視界が遮られ、反応が遅れる。だが、セレンが少女の着地点に先回りするのはそれで十分だった。滑り込むように割り込んだセレンの銃が確かに妖刀の鍔元を狙う。
「ジャックポットよ!」
 叫びと共にセレンが引き金を引く。マズルフラッシュが照らしたのはしかし、着地を完全に捨てて回避した少女の姿だった。
「っ!?」
 小太刀を持っていた手も体も開き、空中で受け身も取れない無防備な姿勢のまま少女が突っ込んでくる。セレンは受け止めようか一瞬だけ戸惑い、再び光のない刃がこちらへ向く寸前に回避運動を取った。産毛をかすめるぎりぎりの見切りでセレンの隣を刃が通り過ぎる。
 代償はあまりに大きい。高高度から受け身を捨てて肩から着地した少女はごぎり、と鈍い音を響かせて跳ね、ごろりと転がって立ち上がった。鎖骨と肩関節が異様に低い位置に降りている。間違いなく折れていた。だが、まるで巻き戻しのように骨が元の位置に戻っていく。
「えげつない戦い方を!」
 セレアナが一気に間合いを詰め、少女を取り押さえるべく肉薄する。だが、猪突猛進に仕掛けてきた少女はそこで突然退き、小太刀を腰に差した鞘に納めた。一瞬だけ戸惑ったセレアナの感覚に特大の警鐘が響き渡った。
「セレアナ! 伏せて!」
 セレンの声が響くより早くセレアナは低く姿勢を取った。真上を何か太いものがごう、と通り過ぎる。転がって距離を取ると、巨大な影の熊が立ちはだかっていた。見れば、ずるり、ずるりと影の獣が地面から生えてくる。それらがセレアナ、そしてセレンを狙っていた。
「雑魚に構わないで!」
「無茶言わないでよ!」
 セレアナが閃光を炸裂させ、セレンが一気に数体を吹き飛ばす。
「其は水にして風、光にして刃、我が敵に死をもたらす、凍れる吐息!」
 光精の光を反射して、北都の生み出した氷の粒が光と共に影に纏いつく。わずかに動きの鈍ったそれを、セレアナの放った焼け付く光が的確に吹き飛ばしていく。だが、その隙に、少女は闇に姿を沈めようとしていた。
「……言葉も届かねえし、正気でもないってんなら、仕方ないな」
 身を潜めようとした闇の中から、ずるりとソーマが姿を現す。不意を突かれた少女が反応するよりも早く、ソーマがその首と右腕、小太刀を握る腕を取り押さえた。そして瞳を朱く輝かせ、首筋に牙を突き立てる。ぞる、と一気に生気を引き抜こうとしたソーマは、突然少女を突き飛ばして離れた。がくがくと体を震わせ、立っていることが出来ずに膝を突く。少女はよろめいたが即座に体勢を立て直し、跳躍して闇に紛れて行った。
「ソーマ!? どうしたの!? 影が消えて……」
 北都が駆け寄って来る。セレンとセレアナは周囲を警戒し、HCに向かって報告を行っていた。ソーマの震えがようやく収まり、震える唇で呟いた。
「持って行かれかけた」
「え?」
 ソーマが首を振って震えを止めた。不安げな北都の目を見据え、はっきりと言った。
「どす黒い力のうねりだ。吸おうと思ったら『俺』ごと持って行かれかけた。あれがエイラの体に流れているとしたら……人間の体で耐えられるとは思えねぇ」