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影を生む妖刀

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影を生む妖刀

リアクション

 四章 あわいに揺れる心

「一次防衛線戦力不足。哨戒はその場を放棄し救援に向かえ。二次防衛線、背後の安全を確保し北上せよ」
 ひっきりなしに飛んでくる報告を佐野 和輝(さの・かずき)が捌き続けていた。確かな情報がなくば容易に奇襲を成功させてしまう。危ういところで常に間に合うのは、情報の循環が確立されているからだ。
「消滅、再構成サイクルはサイズの累乗に比例することを確認。各員注意されたし」
 和輝の復唱は役目の上で必要なものではあったが、それは和輝の周囲にいる者達に聞かせるためでもあった。禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が和輝に流れていく情報をひたすら集積し、着実に分析を加えている。影たちが目指す場所、実喰が封じられていた倉庫の中に情報拠点が築かれていた。
「影どもがここを目指しているのはほぼ間違いないようだな。目的は……封印の破壊か? そうなるとリィの身に何かあることが封印崩壊の条件? ふむ……アニス、どうだ?」
 そういってリオンは手を止め、中空に視線をさまよわせたままじっと動かずにいたアニス・パラス(あにす・ぱらす)に声をかけた。呼ばれて暫く、無言の状態が続いたが、やがてアニスは首を振って瞳に光を戻した。
「う〜っ、駄目みたい……声がしないんじゃなくて、皆の声が混ざっちゃってめちゃくちゃだよぅ」
「混ざる?」
 リオンが眉をひそめる。アニスが頷いて続けた。
「うん。あのね、呼んだら応えてはくれるの。でも一人じゃないし、誰かが話しててもすぐに誰かと入れ替わっちゃうの。それからね、声を聞こうとするとざーって、何かが流れる音がするの」
 アニスの言葉にリオンが腕を組んで考え込む。
「流れる……収束する? 周囲の霊質を丸ごと巻き込んで何かの回路が生まれているのか? そもそも影の構成要素はなんだ? あれがアニスが対話する霊質とほぼ同じものを備えるものとすれば、一時的に情報量が増大してノイズ化することで情報取得に支障を……当然こちらからの発信も阻害……」
 答えを求めないリオンの呟きに、アニスが大量のクエスチョンマークを浮かべて混乱していると倉庫の入口で大剣を手に門番をしていた長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が口を挟んだ。
「よくわからないが、整理されたものなら雑なノイズにはならないんじゃないか?」
「どういうことだ?」
 またリオンが眉をひそめる。淳二は少し考える仕草をしてからまた口を開いた。
「流れたり、収束しているのであれば、むしろクリアになるはずだろう? 流れが淀んでいるからノイズが出るし、その、連中がなんとかしようとするんじゃないか?」
「ふむ。理に叶った推測だ。だが、恐らく片割れとなるもう一振りの妖刀・影断の封印はここではない。なぜリィを?」
「結界師の存在そのものがサーキットにとってノイズだから、じゃな」
 ずっとリィに魔力を分け与えていたアーデルハイトが口を開いた。和輝を除く全員の視線がそちらへ向く。それを知ってか知らずかアーデルハイトは続けた。
「実喰の封印は力の流れをせき止める抑止弁のようなものを採用しておる。一方の封印が解かれてもサーキットは形成されず、基本的に流れようとする力がとどまって終わりじゃ。力技で来られても安全装置が働く。それが即ち、結界師というわけじゃ」
「……黙っていた理由は捨て置くにしても、それで、この情報から何が割り出せる?」
 不機嫌な顔のリオンがアーデルハイトを睨む。だが、頭の端では高速で思考が回り出していた。アーデルハイトが苦笑しながら続ける。
「奴らが今の今までリィを狙わなかったのは、リィがサーキットの一部に組み込まれていたからじゃろう。リィは早急に引き戻せたが、あちらはどうなることか」
「え? じゃあ、声の中にエイラがいるってこと?」
「む?」
 アニスが突然口を挟む。今度は皆の視線がアニスに集中した。一瞬アニスが戸惑いながらも、言葉を続ける。
「えっと、流れないで止まっていたらリィになって、流れたらエイラになるんだよね?」
「……済まないけれど、もう少し言葉を増やしてくれないか」
 困り顔で淳二が皆の意見を代表する。アニスがむーっと膨れて「なんでわかんないのー!」とでも言いたげな顔でつなげた。
「だーかーらー! アニスが聞いた声も流れてるんだから、エイラが流れてるならその中にいるはずなのー!」
 一瞬倉庫の内側が静寂に包まれる。絶えず流れていた和輝の報告すら止まる。重い沈黙を破ったのは和輝だった。
「アニス」
「え?」
「でかした」
「え、え?」
 和輝はそのまま情報の中に戻る。事態はアニスを置いたまま進行していった。
「サーキットの中にエイラの意識が消えずに封入されているということか? ならそれを拾いさえすれば」
「声を捕まえられれば繋ぐまではここでできるのじゃ。正常部分さえ見つけられれば、リィの持つ要素と接続することで強制的に定着させられる。実際対面させねばならんじゃろうが、そこは露払いを長原に任せて、あとは外で待つ護衛をつければよかろう」
「わかった。俺は俺にできることをしよう」
 話がまとまっていく中、和輝が顔を上げた。
「セレンから報告が上がった。エイラは村を目指して現在哨戒ライン付近まで南下中。ソーマが力を吸おうとしたところ、巨大な流れに呑みこまれそうになったため断念したということだ。同時にそこに展開していた影は無力化……吸収した実体のエネルギーが、エイラの肉体の補修と、影の再生に使われていると見て間違いないようだ」
「リィ、いけるか」
 項垂れていたリィの隣に立っていたアクリトが問う。もう一度倉庫が静寂に包まれ、リィの静かな声が響き渡った。
「いきます」
 アーデルハイトが頷き、淡く紫に輝く結晶を一つリィに渡した。それを見てリィが目を見開く。
「こ、これはあわいに住まうものの……!? なぜ貴女が!?」
「何、こんなこともあろうかと森で拾っておいたのよ。それより、リィよ、これには知ってのとおり、お前の力とは真逆の、ものを繋ぎ合わせ、混ぜ合わせる力を持っておる。小さなこの結晶同士の間なら、込められた力の距離は関係なくなるじゃろう。アニスが見つけたエイラの意識をこれに意味づけすれば、お前はエイラの意識を正常な位置まで引き戻すことができよう……体を取り戻せるかどうかは、お前次第じゃ」
「は、はい!」
 アーデルハイトが頷く。その一部始終を確認すると、和輝は再び通信を発し始めた。
「本陣が移動。全防衛線、影の追撃を阻止せよ。繰り返す――」
 アニスは既にリオンのサポートの元、力の流れに持って行かれないよう注意しながら無数にある声の中からエイラのものを探し始めていた。リィが立ち上がり、淳二がその前を行った。
「さて、道は俺が開く。あとは、君次第だ」
「はい」
「……無事でな」
 淳二はそう言い残して倉庫を出た。リィもそれに続く。背後を振り返ると、アクリトとアーデルハイトが見送っていた。リィは頷きを返し、外に待っていた四人の護衛と共に森へ向かった。