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DSSパニック

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DSSパニック

リアクション

 救出された男は、スティーブと名乗った。
 元々は優秀なプログラマーであり、優秀な人物と同じ能力を持つホログラム――「ダミー」を呼び出すシステム、「ダミー・サモン・システム」を開発中だった。
 しかし、開発には資金が居る。
 そこに近寄ってきたのが、カオス教団と名乗る、テロリスト集団だった。――もちろん、最初はごく普通の財団を装って近づいて来た。ダミー・サモン・システムは素晴らしい、是非平和のために役立てたい。そう言いくるめて開発を進めさせた。
 外部に漏れては大変だ、集中して開発出来る環境を提供する、と言葉巧みにこの部屋に誘われた。最初は自由に出入りもでき、なんら怪しむところは無かったのだという。
 しかし、システムの実用化の目処が立った頃――教団はテロリストの本性を現した。
「気付いたらすっかり監禁されていた。いやあ、助かったよ」
 縄を解いてやると、スティーブはずっと縛られていた所為で赤くなった腕をさすりながら、眉尻をとろんと下げた。
「途中で、奴らがテロリスト集団だってことや、システムを悪用してテロを起こそうとしていることには気がついたんだけど、手遅れでね。幸い、システム保守を名目に開発環境は与えられていたから――最後の悪あがきをした。」
 それが、「ドラゴンズ・シーク・ストーリー」――DSSの流布だったというわけだ。
「本当は音声メッセージで注意喚起をしたり、この場所を伝えて助けに来て貰おうとか思って居たんだけど、メッセージを録音して居るところが見つかりそうになってね。監視を強化されてしまったものだから仕方なしに、ダメ元でソースに仕掛けをしたんだけど。気付いてくれたみたいで嬉しいよ」
 スティーブの言葉に、凶司は当然だと言わんばかりに胸を張った。
「さて、街も大変な事になっているみたいだし――なんとかしないとね」

 スティーブの言うとおり、街は大変なことになっている。
「なんだコレ……ゲームの大規模デモって訳でも無さそうだし」」
 あちらこちらで火の手を上げる建物。跋扈するゲームのキャラクター。異常事態なのは一目で分かった。
 あのホログラムはこれだよな、と柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、装着しているグラス型HCを操作してDSSを起動する。
「兄上、早くあの連中を討ち取り、平和を取り戻すで御座るよ!」
 その横で同行していたパートナー、高天原 那美(たかまがはら・なみ)が意気込みを見せている。
「討ち取るって言ったって、どうやって……」
 と恭也がこぼした丁度その時、DSSの機動が完了した。すると。
――マスター、コールを。
 突然、ナビゲーションAIの声がした。
「どういうことだ?」
――コール、と宣言することでマスターもゲーム中のキャラクターをホログラムとして召喚できます。戦闘可能です。
 なるほどな、と恭也は頷くと、召喚するキャラクターを選択する。
「大して育ててないから俺のユニット強くないんだよなぁ」
 やりこんでおくんだった、と後悔しながらも一体のキャラクターを選び、キッと空を睨む。
「コールっ!」
 カッ、と眼鏡が光り輝き、恭也の背後から光が迸った。空中に浮かび上がったのはアイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)のホログラムだ。
「おおおっ、では、兄上に倣って拙者も――コールっ!」
 那美は所持している銃型HCを操作すると、その銃口を自分のこめかみに当てて引き金を引く(なんとなく、その方が雰囲気が出る気がして)。
 すると那美の背後にも光の柱が立ち上り、遠藤 寿子(えんどう・ひさこ)のホログラムが出現した。
「よし、俺が――っていうかアイリが先行して接近戦、那美は後衛でいくぞ」
「承知したで御座る!」
 二人は簡単に作戦を打ち合わせると、騒動を収めるため、暴れて居るホログラム達の中へと突っ込んで行く。
 アイリ・ホログラムが体術と魔術を組み合わせた独自の戦い方で敵ホログラム達を一点へと誘導する。そこへ寿子・ホログラムがファイアストームをお見舞いすると、アイリ・ホログラムの体術で弱っていたこともあったか、複数体のホログラムがぱしゅんと音を立てて消滅した。
「ぐっ……何デ、DSSヲ使える連中ガこんなニ居るノダっ!」
 と、二人の頭上から焦ったような声がした。
 見上げると、建物の上に――神父のような、詰め襟で丈の長い上着を着た男が立っていた。妙に白い肌、不気味なほどに真っ黒な髪と髭。片手に聖書のような分厚い本。そして、妙なカタコト口調。
 ――あ、悪い奴だ。
 恭也も那美も、そう思った。
「こうなったラ、最後の手段デス!」
 男が叫ぶ。すると、周囲――いや、空京内に居たホログラム達が全て、男の手にしている本の中へと吸い込まれていく。溢れんばかりの光が、男の手にした本に集結した。
「今コソ我らカオス教団ノ力、思い知るガ良い!」
 はっ、と男が本を天に掲げると、いくつもの光の柱が出現した。そして――
「なっ――?!」
 現れたその姿を見て、恭也は言葉を失う。
 ドージェ・カイラス(どーじぇ・かいらす)に、アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)――そのほかにも、伝説級の力を持つ人物たちのホログラムがあちらにもこちらにも具現した!

「ハッハッハ! これこそガDSSニよる合成ノ威力! キサマらニハ太刀打ち出来まいッ! このヴィシャス様ノ計画ハ完璧なのダ!」

 ヴィシャス、と自ら名乗った男は高らかに笑う。
 突如として現れた最強の軍勢に、ホログラムとの戦闘に当たっていた契約者達も流石に驚きを隠せない。
 恭也と那美も、各々の使役するホログラムを差し向けるが、しかしドージェ型の腕の一振りで打ち払われる。
「チッ…………チートだろありゃ!」
「兄上兄上っ、ここは我々も合成で対抗です! 合成事故を狙うしか!」
 噂に寄れば、DSS内での合成には一定確率で「事故」が発生し、通常より遙かに高レベルのキャラクターができあがることがあるとかないとか――今はそれにかけるしかない。
「やるしかねぇな……いくぞ!」
 恭也は素早くグラス型HCを操作する。視界に映し出された二枚のカードが、くるくると回って一枚に合わさり――
 光の柱が現れ、アイリと寿子のホログラムを包み込む。そして、光が消えた後には――!

 「寿子とアイリを足して二で割ったような」魔法少女が立っていた。

「普通で御座ったー!」
 合成事故は起きなかったらしい――那美はがくりと膝を着く。
「だが、一体ずつで戦わせるよりは強いはずだ。行くぞ!」
 恭也は諦めずに、アイリ風寿子をドージェに向かわせる。先ほどはひと薙ぎであしらわれてしまったが、どうやら今度はもう少し太刀打ちできているようだ。
 しかし、やはり「多少マシ」と言う程度。勝算があるとは言い難い。
 しかも相手は一体ではないのだ。今は一対一の状況だが、他のホログラムが一体でもこちらの戦闘に加われば絶望的だ。
 くっ、と恭也が苦い顔をした、その時。
 ぶおんと重たく空を割く音がして、ドージェ・ホログラムがバランスを崩した。と、思った次の瞬間、目にも留まらぬ早さで撃ち出された乱撃ソニックブレードが、ドージェ型ホログラムに突き刺さる。
 涼司型と、フリューネ型のホログラムだ。
「大丈夫?!」
 二体のホログラムを追うように姿を現したのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)のふたり。
「ああ、こっちは大丈夫だ。だが、このままじゃ空京がやべぇ」
「うん、わかってる。何としてもやっつけないと!」
 そうする間にも、涼司とフリューネ、それからアイリ寿子のホログラムは、ドージェ型相手に切り結んでいる。
 涼司がヴァルザドーンを振り回してドージェの気を引きつけている間に、ゴッドスピードで回り込んだフリューネ型が背後から斬り込む。そこへ、アイリ寿子が魔法攻撃を叩き込む。
 いくら「地上最強」と呼ばれるドージェとはいえ、あくまでも此所に居るのはゲームのキャラクター。設定値以上の力は出ない。一対三ならば、勝機は――
「うわっ、来たああ!」
ある、と思ったその瞬間、コハクが叫ぶ。その視線の先には――もう一体のドージェ型。
 一対三でやっと勝てそうだというところに、もう一体加われたら、結果は推して知るべし、だ。
「こうなったら、行くよっ、コハク!」
「え……えええっ?」
 美羽の意図に気付いて驚くコハクをよそに、美羽は自分の携帯電話をぴぴぴと操作する。そして。
「合成っ!」
 涼司と、フリューネを、まさかの合成!
 二つのホログラムは一度美羽の携帯に吸い込まれ、そして再び現れる。光の柱が消えた後に居たのは――

 雄々しい体に、フリューネ型のセクシー衣装を纏った涼司の姿!

「…………ブッ!」
 吹き出したのは誰だっただろうか。確かにこの見た目、結構キッツイものがある。
「……こ、こうなっちゃうのか……で、でも、涼司さんのパワーとフリューネさんのスピードが合わったんだから、絶対強いよ!」
 美羽はめげない。フリューネ涼司に、行けっ、と掛け声を掛ける。
 するとセクシー涼司は自らにゴッドスピードを掛け、目にも留まらぬ早さで巨大なヴァルザドーンをぶん回す。
 まあこれが、強い強い。ドージェ型二体と互角に渡り合っている。
「す、すげぇ……」
 恭也も思わず感嘆の声を漏らす。
 アイリ寿子の援護もあって、やがて二体のドージェ・ホログラムは消滅した。
「なかなかやるようデスネ……しかし、空京中ニ散った全てノダミーたちヲ倒すことハできないデショウ!」
 だが、ヴィシャスは怯まない。
 そう、まだ二体を倒しただけ。空京中にはまだ多くのドージェ型を初めとした強力なホログラムたちが暴れて居る。
 勿論DSSを使う契約者達が全力で鎮圧に当たっているが、ドージェクラスの規格外の強さのホログラムを倒すには、強力なキャラクター同士での合成が不可欠。頭数が足りない。
 このままでは空京は破壊し尽くされてしまう。

 と、その時だった。

 突然、全てのホログラムが――消えた。