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残暑の日の悪夢

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残暑の日の悪夢
残暑の日の悪夢 残暑の日の悪夢

リアクション



【覚めない夢は……】



「ま、まだおっかけて来るぅーっ!」
「ご、ご主人様、なんとかしてくださいーっ」

 最後尾を走るシェスカと史織が、後ろからまだ追いかけてくる幽霊を確認するなり、涙目になりながら叫んだ。入り口が消えてしまってからどのくらいか。竜斗と歌菜が前線へ立ち、囲もうとする人影を力ずくで振り払いながら随分走り続けているものの、行けども行けども出口はなく、行き止まりさえもなかった。
「……おかしいな、そんなに大きな遺跡とは思えなかったが」
「錯覚を利用されたかな……」
 レンが言うと、クローディスが何とも言えない顔になった。周りが炎と暗闇で包まれている上、走り続けているため、道が曲がっているのに気づかないまま、ぐるぐると回っているのかもしれない。だが、それには和輝が首を振った。
「道は直線だ……だが、妙だ」
 サイコメトリで確かめているのだから、直線なのは確かで、迂回もないのも確かだが、直線の切れ目が全く見えない、と言うのだ。あり得ない、と呟いたクローディスの言葉に「そうか!」と和輝は声を上げた。
「これも、幻覚の一種なんだ……入り口が物理的に閉じたから、出口のない場所になった、と錯覚していたんだな」
 サイコメトリは確かに現実を透視することは出来るが、透視した現実を認識するのはあくまで自分の意識である。捉え方が既に錯覚を起こしているなら、惑わされるのも無理はない。その言葉を受けて、ルカルカが『ダリル』とパートナーの名をテレパシーで呼んだ。
『それが一種の洗脳状態――アルファーナの言葉を借りれば「悪夢」を見ている状態だとすれば、方法は単純だ。目覚めればいい』
 問いを察したダリルが、先手を取って応じた。
『例え現実には存在していなくとも、脳がそう認識すれば、痛みも熱も本物になる。逆を言えば、脳が現実だと認識しなくなれば、夢はただの夢だ』
 そう続けるダリルに、でもどうやって、とルカルカが急いたのに、落ち着け、と一言添えてから、ダリルは説明を続ける。
『スキルが使えない以上、現時点で最も有効と思われる手段は「目をつむること」だ』
 それによって、視覚と言う最も認識に影響する部分をシャットアウトし、それが夢であると自身に認識させることで、知覚を正常に戻せるだろう、と言うのだ。
『アルファーナ曰くは、これは「悪夢」だ。悪夢は「見る」ものだろう?』
 そう言ったダリルの言葉をルカルカが皆に説明したが、一同の顔は難しかった。サイコメトリですら誤認を起こしてしまうほどの幻覚だ。目を閉じた所で、ちょっとでもそれをただの悪夢だと疑えなくなれば、現実の刃として彼らの力は牙を剥く。アルファーナは恐らく幻覚だから、と言う意味も含めて「命に危険は無い」と言ったのだろうが、精神が傷つけば実際がどうなるかはわからない。
 かすかな沈黙が降りる中、ふうっとリネンが息をついた。
「他に方法も思いつかないし、やってみる価値はあるわ」
 そう言って、リネンは背後から近付いてくる、おどろおどろしい様相のフリューネにくすっと笑った。
「だって、あれはフリューネじゃない……どんなことがあっても、フリューネが“あんな”になるはずないもの」
「そうね……要は、これは夢だって信じるって事でしょ?」
 リカインが頷くのに、レンが一同を守るように前へ出、近付く人影を払いながら同意に頷いた。
「どんな悪夢だろうと……乗り越えられないはずはない」
 その言葉に、羽純はまだどこか躊躇う様子だったが、傍らの歌菜が浮かべる微笑に、その肩をぐっと抱き寄せながら「……そうだな」と頷いた。
「今の俺には、歌菜がいる……乗り越えて、みせるさ」
「俺にも、護りたい家族がいる」
 そう言って、竜斗もユリナの腰を抱き、もう片腕でシェスカと史織の肩を取り、守るようにその腕で体を包む和輝の首を、アニスがぎゅっと縋るように抱きしめた。悪夢は、悪夢だ。そのいずれも、生々しく自身を苛むもので、思い出しただけで、少しでも想像しただけで、体も心も傷つけるものだが、それに勝る現実が、そこにあると確かめるように、大切な人に触れ、或いは想いを寄せて、心の準備を整えていく。
 そんな様子を「青春だねえ」と一人肩を竦めた氏無の腕を、ルカルカが咎めるように、同時に誤魔化さなくても大丈夫とでも言うように引き、クローディスが「それじゃあ」と皆の顔を確認するように見て、視線を下げた。
「行くぞ――……3、2、1……!」
 クローディスの言葉を合図に、全員がそれぞれの想いと共に、きつく目を閉じた。


 そして――……









「やあ、お疲れさま」

 唐突に聞こえてきた天音の声に、皆がおそるおそる目を開けると、そこは地下のどの部屋でもなく、最地下の地下牢、もといサロンの中だった。どうやら、最後まで残っていた面々も含め、全員がここへ集合したらしい。
「に……逃げ、きれたの……?」
 北都がまだ現実感がない様子で呟いた後、ようやくそれが認識できたのか、長い息を吐き出して手近なソファに腰を下ろした。それに倣って、ニキータ達地下二階から転送されてきたらしい面々も、まさに「夢から覚めた」といった表情でそれぞれソファに腰掛け、あるいは壁にもたれたりと思い思いに肩の力を落として息を吐き出し、ベイナスがブルーズの手伝いを受けながら配って回ったお茶やお菓子を口に含んで、ようやくひと心地ついていた。
「全く……流石にこれは、性質が悪過ぎる」
 和輝がアニスの背中を撫で、幼子をあやすように、もう大丈夫だ、と宥めて落ち着かせながら言った。皆も大体同じ意見なのだろう。結果的には、プレスになった者もあっただろうし、試練だったと受け流せれば良いのだろうが、皆が皆そういうわけにも行かないものだ。
「今回ばかりは……フォローのしようも無いな」
 レンがお疲れ様、とばかり肩を叩くのにはぁ、と息を吐き出したクローディスが、白竜から受け取ったグラスを傾けてひと心地ついていると、噂の本人、アルファーナが「あら、皆様お揃いですのね?」とけろりとした顔でサロンへと入ってきた。
「アルファーナ……」
 ツライッツが代表するように険悪な目を向けたものの、何故かアルファーナは不思議そうに首を傾げた。
「どうなさいましたの、お兄さま? 怖い顔なさって」
 と、とぼけているには些か不自然な様子で目を瞬かせたのに、困惑したのはツライッツ達の方だ。そんな中、天音とブルーズが顔を見合わせた。
(やっぱりこれって……)
 内心で呟いたその時だ。一人扉をくぐらずにサロンまで降りてきたダリルが、部屋に入るや否や、軽く目を瞬かせると、訝しげに口を開いた。
「……そこにいるのは、誰だ?」
 その視線の先にいるのは、アルファーナだ。皆が戸惑ってダリルを振り返って、そこで一同も目を見開く結果になった。ダリルの後ろにいるのも、アルファーナなのだ。
「え、あれ?」
 困惑する一同の様子に、、ダリルの後ろに居たアルファーナがくすくすと笑い出した。
「悪夢は……お楽しみいただけましたかしら? 皆様」
「やっぱり……君が取り付いて、悪夢を見させていたんだね?」
 確信を持った天音の言葉にしかし、部屋の外にいたアルファーナは首を振った。
「見せていたのではありませんわ。わたくし――あたしは、悪夢そのものなの」
 そうしている内に、声色が変わり、金の髪が毛先から赤く染まってばさりと乱れ、体が縮んでいくと共に、灰色のローブをまとった、まだ幼さの残る女性の姿へと変わっていった。その体は、重力に反してふわふわと宙に浮かび、口もとだけが見目を裏切って酷く酷薄な笑みを浮かべている。
「あなたたちの悪夢……とっても”おいしかった”わ……ふふ。おかげで、あたしもまたひとつ『おかあさま』に近づけるわ」
「おかあさま?」
 天音が訊ねたが少女は「まだ秘密」とくすくすと笑うと、ふわりと本を閉じるようなそぶりで、手を合わせた。
「ーー……それじゃあ、また次の悪夢で、お会いしましょう」
 ささやくようなその声と同時、女性の輪郭がぼやけてくるのに併せて、世界が色と光を無くして暗転していきーー気づいたときには、まるで今までお茶でも飲んでいたかのように、全員サロンのソファに腰掛けていた。
「…………」
 湯気の立つカップは、まだそれが入れられてさほど時間が経っていないことを示している。だが、いつそれを受け取ったのかも判らない。そもそも、いつこのソファに座ったかも記憶がないのである。
 狐に摘まれたようにぽかんとする一同にベイナスが「いかがなさいましたか?」と不思議そうに声をかけた。おそらく、彼女に尋ねたところで無駄だろう。一同は顔を見合わせると、思い思いに息をつき、あるいは首を振った。
「……ちょっと、悪い夢でも見ていたのかも」
 誰にともなくつぶやきが漏れる中、一同の頭の中に潜り込むように、ふふっと小さく笑う女の声が響いた。

『あら――……悪夢はあなた自身なのよ? それが終わりって、誰が決めたの?』

 その甘く囁くような笑い声が、皆の耳元へいつまでも残ったのだった。


END……?



担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

ご参加くださいました皆様、大変お疲れ様でした
いえもう本当に、お疲れ様でした


今回も色々実験的な部分も兼ねて、参加者様のアクションに内容を丸投げしてみる
という、暴挙に出てみたところ、結果として、悪夢については、もう、何というかその
予想していた右斜め上67度ぐらい上を行かれてしまいました
いつもはその多彩なアクションに助けていただいているわけですが
今回はその多彩さに悲鳴を上げつつ、色々と、遠慮なくいかせていただきました
……ええ本当、混ざりました
仕上がってみると、悪夢という名の闇鍋状態となりましたが
ひと時でもお楽しみいただけるか、ぞわぞわしていただけましたら何よりでございます


書きあがった頃には涼しくなってるはずだろうと思っていたのですが
まだまだ残暑が厳しいようですので
皆様も、悪夢にうなされることのございませんよう、お祈りしております