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サマーオールナイトクルーズ

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サマーオールナイトクルーズ
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リアクション

 
2.ナンパの相手
 
 
 腐れ縁のパートナー、英霊のウィリアム・チャロナー(うぃりあむ・ちゃろなー)と共に、経堂 倫太郎(きょうどう・りんたろう)は船上パーティーに参加していた。
 倫太郎はしっかりドレスアップして、普段のチャラい素顔が隠れていると、中々の美青年に見えるが、頭の中では、好みの貴婦人がいたら口説こうと、女性客を物色している。
 デザートのテーブルの前に一人でいる綾小路 憂理(あやのこうじ・ゆうり)の姿は、倫太郎の目には映らなかったが如くスルーされて、年上の女性を見つけては口説いた。
 無難なタキシードを着込んだウィリアムは、そんな倫太郎を見てやれやれと呟く。


 忙しい日々が続いていたので、そんな自分へのご褒美として楽しむことにした船上パーティー。
 髪の色に合わせた青い絹のドレスに、冷たい印象にならないようにと淡いピンクのバラのコサージュをアクセントにし、結い上げた髪をピンクの薔薇で飾って、銀の首飾りをつけたパートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と共に、百合の刺繍をあしらった楚々とした白いドレスと白い手袋、髪にも百合のコサージュをつけて、胸元を控えめな銀の首飾りで飾った水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、折角のいい気分が一転するようなものを見た。
「げっ」
と思わず呟いたのはマリエッタだ。
 ゆかりも盛大に顔をしかめ、二人は申し合わせたように、そっとその場を立ち去ろうとする。

 が、遅かった。
「いやー、これは大尉。奇遇ですな」
 軽薄な口調で声をかけられ、切れそうになるのを何とか堪えたゆかりは、無言で倫太郎を人気の無い場所へ連れ出した。
「こんな場所に連れ込まれるなんて、色々と期待していいのかな?」
「何の期待よ! 何の!! 何故あなたが此処にいるの!」
 憎きヤリ逃げ男、倫太郎に怒鳴りつけると、
「勿論、ナンパしに。年上の貴婦人を」
と言うものだから頭痛を覚える。マリエッタもイラッとした顔をした。
「ところで大尉……どうです、この前の夜の続き」
「はあ!?」
「あんな豪華な客室で、一人寝するのは勿体ないでしょう」
「全然勿体無くないわよ」
「というか一人じゃないわよ、一応」
 マリエッタが言う。勿論一緒に寝るわけではないが。
 倫太郎はふっと笑って、ずい、とゆかりに近づいた。
「一度は身体を許しあった仲だ、あの時の情熱はまだ心の奥底でくすぶってるはず……違うか?」
 真剣な表情で、間近で瞳を覗き込まれ、一瞬固まる。
 そこをいきなり、倫太郎はゆかりの唇を奪った。
「……っ!」
 激しく、情熱的なキス。
 マリエッタはその横で、毒気を抜かれて思考停止する。

 そして唇が離れた途端、ゆかりは倫太郎に思い切り平手を打った。
「恥知らずもいい加減にしなさい!」
 頬を押さえて、倫太郎は立ち去るゆかりを見送ってくくっと笑う。
 物陰から出てきたウィリアムが呆れた目を向けた。
「やりすぎだ」
「この前の夜の続きはナシか」
 残念、と、特に残念でもない口調で倫太郎は肩を竦めた。

 船のデッキで、ゆかりが治まらない怒りに地団駄を踏んでいると、ウィリアムが現れた。
「先程は、相方が失礼を」
 流石にあんまりだと思ったので、フォローに来たのだ。
「全く失礼よね」
 マリエッタが睨む。
「春のことですが」
 ウィリアムの言葉に、ぴくりとゆかりが反応した。
「あの夜、倫太郎は情報科の急な任務に召集され、貴女に別れを告げられなかったのです」
「……」
「情報科の任務の性質上、極秘にせざるを得ないこともある。
 ただ君のことを気に掛けていたことは、判って欲しい」
「ずるいわ」
 そう言ったのはマリエッタだ。
「そんな言い方をされたら、こっちが悪いみたい。
 カーリーはヤリ逃げされたのに、許さなきゃいけないみたいじゃない」
「マリー。もういいわ」
 行きましょう、とゆかりはマリエッタを促し、歩き出す前にウィリアムを見た。
「せめてそういうことは、本人の口から言わせることね」
 そう言い残して。



 手持ち無沙汰だ、と柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は欠伸をひとつ。
「こんなことなら警備員として雇われれば良かったかねぇ」
 武器も隠蔽しやすいハンドガンしか持ち込めなかったし、社交パーティーの雰囲気とやらにも馴染めない。
「ま、今更言っても仕方ないか」
 少しでも楽しむことを考えた方がいいかもしれない、と頭を切り替え、誰か話し相手でも見つけよう、どうせなら女性を、と思った。
 野郎と一緒にパーティーを過ごすよりはずっとマシだろう。
「にしても、最近船を沈めたばかりだってえのに、すぐ新しい船かい。流石金持ち。
 ……まあ、契約者の中には、何度も機動要塞を沈めては再建してる、自称悪の天才科学者もいるけどな」
 船内某所で誰かがくしゃみしていることなど知る由もなく、そうこう呟いていると、一人の女性客を見つけ、声を掛けてみる。
「暇なら少し、話でもしないか?」
 女性が振り返る。
 そして気がつくと、恭也は五人の女性達にぐるりと囲まれていた。
「……はあ!?」
 一瞬分裂でもしたかと思ったが、ちゃんと全員違う女だ。
「何処から沸いて出たっ?」
「ふうん」
 じろじろと、女達は恭也を値踏みする。
 何だこの独特の威圧感。自分が一番背が高いのに、見下ろされている、と恭也は思う。
「わたくしに声を掛けた審美眼は褒めてあげてもいいけれど」
「随分庶民的な顔だわ」
 別の女が、処置無し、と首を横に振る。
「余計な世話だ」
 面倒な女に声を掛けてしまったか、と恭也は後悔する。
「この程度の顔でも効果はあるかしら」
「試しに殺してみる?」
「その前にあの子を連れてこないと」
「おいおい、何物騒な話をしてやがるんだ」
 恭也を無視した女達の相談に、突っ込まずにはいられない。試しにとは何だ試しにとは。

「全くだわ」
 別のところから声がして、女達は振り返る。
「誰かしら」
「誰でもいいでしょ」
 そう言ったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)を、女達はじろっと見つめ、ふふんと勝ち誇って笑った。
「今、師匠に対して不埒な判断を下したっスね!」
 びしい、と、パートナーの守護天使、アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が指をさす。
「あら、どんな判断かしら?」
 くすくすと笑う女達に、
「勿論、」
「わざわざ言うなっ!」
と双子の兄弟、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)に地に沈められた。
「はぐっ!」
「大体リカインは、黙ってれば結構美人じゃない!」
 不埒さでは負けない台詞をずばりと放つ。
「少しくらい良くても、滲み出る庶民臭さが如何ともしがたいわね。
 ちなみに貴女はまず、もう少し胸を大きくしてから出直しなさいな」
「胸なんかあったって邪魔なだけよっ!」
「いい加減にして」
 ぺし、とリカインがサンドラの後頭部を叩く。
 溜息をひとつついて気を取り直し、女達を見た。
「こそこそ隠れて、犯罪の相談? 穏やかじゃないわね」
「部外者は黙ってなさい」
「ちなみに俺も部外者だぞ」
 恭也がうんざりと言う。
 先に部外者を巻き込んでいるのはそっちだろう。
 じろりと女達は恭也達を見下す。
「マリエルを呪いから解き放つ為よ。少しは役に立ちなさい」
「御免だ。
 つーかさっきの話聞いてると、役に立てる確証無いだろうが」
「呪い?」
 リカインが訊ねる。
「そうよ。
 あの子は、人間になる代わりに、想い人の永遠の愛を得られなければ海の泡になってしまう呪いにかかっているの。
 呪いを解除するには、銀の短剣で想い人の心臓を貫き、その血潮を浴びせるしかないわ」
「え、ていうかそれ、永遠の愛を得る方向では考えてないんスか?」
「論外ね」
 復活したアレックスの問いに、女達はきっぱりと言い放った。
「やっぱり、どうせ試すなら、もっと綺麗な男で試した方がよくはない?」
「それもそうね。あの金髪の男がいいかしら」
「そうね。でもあそこまで綺麗だと、ちょっと殺すのは勿体無いわ」
「それもそうね」
「まあ、本人を仕留められればそれでいいのだけど」
「そういえばそうだったわね」
「……ああもう、色々突っ込みたいことが満載なんだけど」
 リカインが溜息を吐く。
「海の泡になる呪いとやらは、貴女達にはないの?」
「私達の魔法は、一度限りの一時的なものだもの。明日の夜明けには人魚に戻るわ」
「それ以前でも、戻ろうと念じれば戻れるけれど」
「全くあの子は、仕方のない子ね」
「何でそんな物騒な呪い付きの魔法なんて掛けたのよ……」
 歪んではいるものの、家族を心配しての行動ではあるらしい。
 それはそれで、もっとまともな方法があるだろうと思いつつも、サンドラは、自分とどことなく共通点を感じる。
 サンドラも、リカインにくっついて故郷を出て行ってしまったアレックスを心配して追いかけて来たからだ。
 いわばマリエルとやらの立場がアレックス、この女達の立場が自分、といったところか。
 自分達の場合、そこに恋愛感情は絡んでいないが。
「何の代償もなく、ただ願いだけが叶う魔法なんて存在しないのよ」
「全くあの子は、歌姫が声を犠牲にするなんて、何を考えているのやら」
「それでも、家族なら邪魔するんじゃなくて、その恋が成就するように応援して協力してあげたらいいじゃない」
 はあ? と、女達は呆れた顔でサンドラを見、くすくすと笑った。
「私達が邪魔をしてるですって?」
「冗談は胸だけになさいな」
「胸関係ない!」
 まな板を気にしたことなど無いというかむしろ気に入っているサンドラだが、そこは名誉の為に突っ込まずにはいられない。
 キッ、とアレックスを睨みつけた。
「兄貴は家族と師匠、どっちが大事なの」
 えっ? とアレックスは目を見開き、うーんと考え込む。
「そこは即答しなさいよ!」
 ここは悩むところではなく、家族と即答して女達を説得するところだろう。
 だが、顔を上げたアレックスは、胸を張って馬鹿正直に言い放った。
「やっぱり師匠っス!」
「阿呆!」
 ドコッ、と踵が綺麗に決まり、アレックスは再び地に沈む。
 リカインが深い溜息を吐いた。
「ちなみに、そうやって心配していることを、貴女達はその子にちゃんと伝えたの?
 家族って言ったって、言葉にしなきゃ伝わらないことはいくらでもあるのよ」
 いい例がここに、と、床に沈んでいるアレックスを横目で見る。

 ――とりあえず、時間を稼ぐというか、犯罪を起こさせない為に女達を此処に引き留めることには成功している恭也達だったが、人魚の姉達は、此処にいる五人で全員ではなかった。