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リアクション
第4章 地下室
捜査本部(仮)。
「そうか……スカシェンが……」
さゆみとアデリーヌが、参加者から得た情報を持って一度キオネのもとを訪れた時、キオネは空京警察の警察官と、机に地図を広げて何か話していた。
「数々の著名な魔鎧職人の工房で修業……って、物は言いようだなぁ」
皮肉を込めた言葉だった。
魔鎧職人スカシェンは、最近あったコクビャク絡みの事件から、どうやらコクビャクに与しているものらしいと思われているが、そもそもは、著名な魔鎧職人の偽の銘を入れた「贋作」魔鎧を作ってマニアに売ることで知られている。彼が「数々の著名な魔鎧職人の工房で修業した」のは、その作風を盗むためだったと、彼の悪行を知る者なら誰もが分かっていることなのだが、どうやら世間知らずのお嬢様方は、素直に「業を求めて修練を重ねた」だけの意味に受け取っているらしい。
「ま、それはそれとして……これはもう、確定、かな」
この教室にコクビャクが関わっていることはほぼ確定だろう、キオネはそう言っているのだった。
「けど、明日にならないと来ないらしいわ」
「ということは、教室で使うという『魂』と一緒に館に来るということかな」
キオネは机の上の地図をちらりと見る。
幾つもの線が引かれたそれは、警察が捜査している「丘」の位置の仮定と、そこから導き出される「飛空艇」航路の仮定であった。
「スカシェン……」
キオネが呟いた時、彼の携帯電話の着信の音が小さく響いた。
地下室は、食料庫や倉庫のある廊下の突き当たりの扉から、割と簡単に入ることができる。施錠はされていない。
だが、普通の参加客はわざわざ入ろうとは思わないだろう。薄暗いし、なんだか埃っぽくて薄汚い。良家の子女が好んで入りたい場所ではない。
そして、特に警備や見回りもいないようである。
「潜入捜査なんて全然想定してないってことだろうな」
神崎 荒神(かんざき・こうじん)の口調は、やや拍子抜けしたような感じだった。
潜入して館の間取りや怪しい地点を調べると決めた時、『警備が薄いところは極力無視して、異常なほど警備が仕掛けられているポイントを探す』という方針を立てたのだが、思ったほど警備の軽重の差がない。この地下室に至っては、まず人気がほぼない。
「どこが怪しいのやら……怪しい場所なんてそもそもないんだろうか」
やや当てが外れた気分で、暗い廊下を歩いていく。
「こりゃ、手分けする意味がなかったか?」
パートナーの神崎 綾(かんざき・あや)は、そんな呟きを横に聞きながら、薄暗い廊下の先にある扉を調べていたが、
「……鍵がかかってるね、ここ」
そして、扉をこつ、こつと叩き、様子を窺っていたが、
「これ、外に通じてるのかも!」
と言って、荒神を振り返った。
「抜け道、か。何かあった時外に逃げるのに使うんだろうな。位置を覚えておこう」
そして、近くの扉を見る。施錠されていない。小さく開いている。
「しかし、こういう部屋は全く警備も何もないんだな……」
荒神が小さく押しただけで、軽く軋みながら扉は開く。
中はどこか黴臭く、埃っぽかった。人気は全くなく、何か大きな機械が幾つも、雑然と置かれていた。
「備品倉庫ってとこか」
荒神は呟き、そして首を傾げた。
「しかし、何の機械なんだこれは?」
「なんにもないでふね」
「みゅ〜……おかしな部屋だよね……」
同じく地下の、全く別の部屋。
『瀟洒なメイド服』と『一流奉仕人認定証(メイド用)』で雇われメイド、という体裁のリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)と、『チェシャ』」の効果プラス【隠れ身】で一緒に潜入したコアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)は、パートナーの宵一がスタッフの注意を引いている間に深部に潜入した結果、地下に進み、現在このがらんとした何もない部屋にいた。
本当に「何もない」。埃っぽい、灰色のタイルの床と石の壁がむき出しで、調度品もなければ荷物も何もない。
これまでいくつかの部屋を覗いてきた――施錠された部屋はほとんどなかったので簡単だった――2人だが、こんなに何もない部屋は初めてだった。よく分からない機械などが置かれた部屋では、ためしにコアトーが【サイコメトリ】で情報を読み取ろうと試みてきたが、成果はほとんどなかった。
「きっと、長い間放っておかれてたんだね〜、思念の断片は時々感じても、すごく古くて読み取れないよ」
そして、この何もない部屋に辿りついた。
何もないが、何とはなしに、ぞわぞわと不気味な空気を感じる、そんな部屋だった。今までこの部屋であった何か暗い出来事の記憶が澱となって沈み、床の上に溜まっている……そんな気配を、理屈ではなく感覚的に、2人は感じていた。
「なんだか嫌な感じのする部屋でふね、コアトーちゃん」
「確かにただならぬ気配よね、リイムちゃん。でも、怯んじゃいけないんだよねっ」
とはいえ、何もないだけに2人の探索用スキルも使いどころがない。半分やけくそ気味に、コアトーは、埃臭い床をサイコメトリしてみた。
「……どうでふか、コアトーちゃん?」
「……」
「コアトーちゃん……?」
「…………! ばふっっ!!」
「っ!!」
「すごく埃臭いっ!」
「……そうでふか」
それは別にサイコメトリしなくても分かる、とリイムは一瞬、返す言葉を失った。
だが、コアトーは主張した。
「埃じゃなくて、何か、粉かもしれない! とにかく、物凄く大量の粉みたいなのが降ってきて、息が苦しくなるようなイメージ! だった!」
それが強烈に感じられた、床から受け取ったイメージだったという。
「なんでふかね?」
「……なんだろうね?」
「……やっぱり不気味でふね、この部屋」
「そうだね……」
ルカルカとニケも、地下室エリアにいた。
「けど、この辺には館の人間はいないね。重要なポイントではないのかな?」
「それでも、油断は禁物ですわ」
ルカルカの【密偵】が、館内を探索している。何かあったらすぐに地上階にも地下にも出ていけるよう、地下室の入口付近に潜んでいる。
密偵のおかげで、館の間取りなどはすでに、だいぶ把握できている。地上階は大して複雑なことはない。警備体制も、目に見えるところでは物々しいものはない。表向き、良家子女のクラフト教室、という体裁なので、変に警備を強化させると却って疑いの目を引きつけることになると考えているのか。それとも、本当に重厚な警備は必要ないと思っているのか。
密偵の収穫はルカルカの【銃型HC弐式】に収められ、本部(仮)を始めHCを装備する協力者たちなどにすでにデータを送っている。が。
「気のせいかな……地下室の警備は手薄というより、みんな地下室に寄るのを避けてるような……」
密偵から報告された、館内スタッフの動きを聞くと、そんな印象も受けるのだ。
警備はそれほど厳重ではない。武装したスタッフも、表向きにはいる様子はない。いても数多くはないと思われた。
制圧はさほど難しくはないかに見えるが、重要なのは「一斉に、一人残らず」という点だ。誰か一人でも逃げて、コクビャク本部に連絡を取られたなら、明日来るだろう(ここのスタッフよりも組織的に見て)更なる要人を捕まえるチャンスを、むざむざ逃すことになる。空京警察のコクビャク捜査は行き詰まっており、なんとしても今回の事件で突破口を掴みたいようなのだ。
万全に備えて、タイミングを待つ。その思いで、ルカルカとニケはじっと潜んでいた。
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