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DIE3章 アワビの磯の香りは死の香り(特に意味はない)

 悲劇はホテルの至る所で発生していた。それはレストランも例外ではない。
 この時レストランにいたのは客として来ていた匿名 某(とくな・なにがし)セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)マネキ・ング(まねき・んぐ)ネメシス・マネキスキー(ねめしす・まねきすきー)。また厨房には弁天屋 菊(べんてんや・きく)が板前として働いていた。
「腹が減っては何とやらってね。こんな時だけど唐突にパインサラダが食いたくなったんだが良かったら一緒に行かないか?」
 某はそう言ってセリス達と一緒に食事をとる事にした。
 事件が起きたのは食事を終えて少し経った頃だろうか。某はパインサラダやらなんやら、セリス達はアワビ御膳というメニューを注文していた。
 厨房では菊が料理の他におにぎりや汁物の用意をしていた。この吹雪の中、何かあって厨房が使えない時の為だ。他の料理人は色々と出払っている為か、厨房にいるのは菊一人である。
 食事を終えた某は外を眺めた。物凄い吹雪である。
「あれはそう、こんな猛吹雪の日の話だったな……」
 この雪で昔聞いた話を某は思い出し、語りだした。

 その話を纏めると、こうである。
 とある契約者が街で滞在してた。その時鎧の下に黒タイツを着込んだめちゃくちゃ無個性な黒一色な一人の衛兵がこう言ったという。
『昔はお前のような契約者だったが、膝に矢を受けてしまってな……』
 その日からその話を聞いた契約者に奇妙な出来事が起こる様になる。その契約者が行く先々の街にいる衛兵が、皆揃って同じく膝に矢を受けたと言うようになったというのだ。

「シンクロニシティーとかそんなチャチなもんじゃない。もっと恐ろしい何かを感じざるを得ない話じゃないか?」
 そういう話をしたという。ちなみにこの話は事件とは一切関係ない。雑談だ。だがこの話の内容は今はどうでもいい、重要じゃない。
 そんな話をしていると、ふと某は思い出したように口を開いた。
「そういや、レストランに行く途中黒タイツを来た客をちらほら見かけたんだよな。何か仮装でもやってるのか?」
「いや、そんな話は聞いてないが……」
 セリスが言うと、「なーんか嫌な予感がするんだよなぁ……」と某が呟く。
「おいおい、迂闊な事はしない方が良いんじゃないか? 例の探偵達がいるんだぞ?」
 セリスはそう言うと、マネキが不敵な笑みを浮かべる。
「フフフ、何の問題も無いのだよ」
「矢鱈自身満々だが、その根拠は何だ?」
「何、簡単な事だよ。我は『強運』で守られてるような気がする! それは、日頃の『善行』と細やかな『気配り』、そして大胆な『行動力』で対処しているからだ……何があろうと問題ない!!」
 ドヤ顔で語るマネキ。それを見て『こりゃ駄目かもな』とセリスとネメシスが思った
「まあ例の探偵たちがいるって言っても、褐色のなんでや探偵も何故か一緒にいる事が多い仕事どうしたっていう警部や警視はいない分マシだろ。全身黒タイツ着た奴見かけた時なんか嫌な予感がしたけど大丈夫だ、問題ない」
「その通り。大丈夫、問題など無いのだよ」
 そう言って某とマネキは高らかに笑い、
「「ははは……うぐッ!?」」
そのまま痙攣して、倒れたのであった。
「……言わんこっちゃない」
 セリスが頭に手を当てた。
 某とマネキは、まるで全身が麻痺したかのような状態であった。
「おいおい、どうしたって言うんだ……って、何があったんだ!?」
 厨房から飛び出した菊が2人を見つけ、慌ててホテル従業員を呼び出して運ばせる。
「一体どうしたって言うんだよ?」
「わからん。突然バッタリ倒れてあの有様だ。まあ、フラグっぽい物は2人とも立ててたけど」
 セリスが肩を竦めながら菊にそう答える。
「……仕方ありませんね。お母さんまで巻き込まれてしまったからには、毒舌探偵としてマイナー受けの私が強引に解決しなくてはいけませんね」
 今まで黙っていたネメシスがゆっくりと立ち上がるなりそう言った。
「おい待て、今強引にって言ったよな?」
「セリスさんは助手をやってもらいます」
「聞いてないな……てか助手かよ?」
「ええ」とネメシスが頷く。
「助手です。なのでこれから『アワビ』以外の発言を禁止します」
「何でだよ!? 助手と全く関係ないだろ!?」
「禁止します。禁止と言う言葉が理解できないわけじゃありませんよね?」
 睨み付ける様にするネメシスに、無駄な抵抗だと思ったセリスはそのまま口を閉じた。何もしゃべらない方がマシ、と判断したのだろう。
「……さて、唐突ですが少し関係ないお話なんですが、私は最初にアワビを食べた方を尊敬します」
「そいつはどうしてだ?」
 セリスが黙しているので、菊が問う。
「あの独特の形状、もしかしたら毒が入ってるかもしれないじゃないですか。毒が入ってるかもしれないじゃないですか……大事な事なので2度言いましたごめんなさい」
「……何が言いたいんだい」
 ネメシスの遠回しな言い方に、菊が少し苛ついた様子を見せる。
「所であなた……フグを捌いていましたよね? 先程我々も頂きました」
「あ、ああ……」
 ネメシスに指摘すると、菊が頷いた。元々菊は、ここでフグを捌かせてくれるという話を聞き経験を積むために訪れたのであった。
 捌いた物は許可を得て、セリス達にも提供していたのであった。
「アワビにも実際は毒が含まれていますが、毒にも色々ありまして。アワビの場合は下痢を起こすような物だそうです。さて、フグにも毒がある事は有名ですが、こちらは麻痺を起こす物だそうですね」
「麻痺? おいそれって……」
 セリスが口を開くが、
「セリスさん、『アワビ』以外発言禁止と言いませんでしたか? その頭は飾りですか?」
とネメシスが冷たい視線を浴びせる。
 少しイラッとするが、ネメシスに別の意図がある様にもセリスには思えた。
(何か俺に喋らせないような感じがするが……余計な事を喋るなって言いたいのか?)
 セリスが黙すると、ネメシスが菊に向き直る。
「ちょっと待ちな。その口ぶりだとあたしが毒を仕込んだような言い方じゃないか」
「……厨房にはどういうわけかあなたしかいません。それを考えると、可能なのはあなただけ、となります」
「悪いがそれは無理だ。有毒部位は取り除いて鍵のかかった箱に入れて別の場所に保管してある」
 ネメシスの言葉に菊が首を横に振る。実際にフグの内臓などはそのようにして後程処分する。
「――本当に保管されているのでしょうか?」
「疑うなら調べてくれても構わねぇよ?」
 菊がそう言うと、ネメシスは従業員に促し厨房を調べさせる。暫くすると、従業員は首を横に振った。
「馬鹿な……!?」
 菊が厨房に戻り、保管していた場所を見て愕然とする。そこには、保管していた箱そのものがなかったのである。
「これでわかりましたね」
 ネメシスがそう言うと、従業員が菊を捕らえようとする。現在容疑者は使われていない倉庫に隔離しているのである。
 だが菊は「逃げやしねぇよ」と静かに呟くと、ゆっくりと立ち上がる。
「勘違いするなよ。あたしは犯人じゃない……だけどあたしの管理が甘かったせいで被害が出ちまった。あたしにも責任があるからな、大人しく捕まってやるよ。さ、連れてってくれ」
 従業員に脇を固められ、菊は暴れる様子も無く静かにレストランを出て行った。

「……で、実際はどうなんだ?」
 誰もいなくなったレストランで、セリスが周囲を確認するとネメシスにそっと確認する。
「さあ、わかりません」
「わかりませんっておま……でも実際に内臓とか無くなったし」
「蔵子がやってくれました」
「はぁ!?」
 セリスが思わず、大声を上げた。更にネメシスは驚愕の事実を話す。
――ネメシスは、事前に厨房に冷 蔵子(ひやの・くらこ)を潜ませていた。有事の際、食糧やらアワビやらの準備をさせる為である。
 その際蔵子が何やら鍵のついた箱も一緒に確保していた。それがその時は何か解らなかったが、某とマネキが逝った事で有毒部位が入っていると気付いたのである。
「私は『犯人』が見つかればいいんです。『犯人』が見つかれば事態は収束します」
「いやお前、それ冤罪じゃ……」
「それでも事態は収束します。あの人は後程冤罪だと解って解放されるでしょうし、とりあえずこの事態を乗り切れればいいんですよ、乗り切れれば……まあお母さんともう1人犠牲者は出てしまいましたが、散々フラグ立ててましたし仕方ないかと」
 そう言って笑みを浮かべるネメシス。セリスは驚きやら呆れるやらで何も言えないでいた。が、
「「……ぐっ!?」」
突然、セリスとネメシスが首を押さえる。呼吸ができない苦しみと、身体の痺れからそのまま床に倒れ込んでしまう。
 一体何故、と2人は思うが、同時にある事――自分達も、某やマネキと一緒にフグを食べていたが某もマネキも、セリスもネメシスも内臓らしき物は食べていないという事を想い出した。

――フグの毒が存在するのは内臓だけではない。中には全身毒が存在する種も存在するという。

 だがセリス達はその事を知らぬまま、意識を失ったのである。

 ちなみに、厨房に潜んでいた蔵子は何をしているかと言うと、
「こ、このゼリー……か、身体が痺れる……デスよ……」
フグ皮で作った煮こごりをゼリーと勘違いして食べたらしく、痺れて苦しんでいた。