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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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序章

 ツァンダ地方南部に存在するとある森の中。
 人々から忘れられたその神殿は、内円の四本の円柱と、それを囲う様に並ぶ外円の12本で構成されている。
 吹き抜けの神殿の中央に置かれた二つの台座には一頭の虎の姿しかなく、どこか寂しさを感じさせた。
 そんな左翼の白虎の石像前に集まった生徒達。
 源 鉄心(みなもと・てっしん)はいきなり目の前に出現した瓶を受け止めると、日の光で透かして注視する。
「これが子供になる薬か……」
 瓶の中に入った赤い液体は傾けるとゆっくりと移動する。それはトマトジュースよりはイチゴジャムを連想させた。
 蓋を開けると、甘い香りが鼻をつく。
 半信半疑で飲みこむと、
「ぐっ――!?」
 喉が焼けるように熱かった。そしてやはりとてつもなく甘い。
 喉を通った熱は肺から全身に広がり、脳に到達すると無性に掻きたい衝動にかられる。
 数秒続いたそれが抜ける頃には、気づけば鉄心の身体はブカブカの服を被った子供の姿になっていた。
 周囲から驚きの声があがり、薬を渡した白虎も成功を喜ぶ。
「やった……成功しました。人間やればできるものですね」
「おい、ちょっと待て。失敗の可能性もあったのか。あと一応ツッコんでおくが、人間じゃないだろ?」
 ジト目で睨む鉄心に、白虎の石像からは楽しそうな笑い声が聞こえていた。
 外見年齢を変化させる薬は次々と生徒達に配られる。
 受けとったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は瓶の中身を見て、首を傾げた。
「なんか色が違うわよ?」
「あ、それメロン味です」
「味付なのね」
「選べる6色になってます」
 どこかの世界で売ってそうな気配がする。
「ま、どれも効果は一緒だし。とりあえず、さっそく――」
「セレン、ストップ!」
 薬を飲もうとしたセレンフィリティの手を、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が掴んで止める。
「いいからこっち来て!」
「な、なに!? そんな慌ててどうしたの!?」
 セレアナはセレンフィリティを連れて森の中に入っていく。
 暫くしてセレンフィリティが声が聞えてきた。
「うわっ!? 服が!?」
「だから言ったじゃない……」
 二人のやりとりに、複数の女子生徒が人目のない所で薬を飲むことにした。
「あとはもらってない人はいませんか?」
「我にもください」
 男の声に視線を落とした白虎は、差し出された手とその主を交互に見た。
 そして、困惑気味に問いかける。
「……必要ですか?」
「なんでだ!? どっからどう見ても大人だろうっ! 背か! 背の丈が短いからかっ!!」」
 唾が飛ぶ勢いで抗議する男性の名は風森 巽(かぜもり・たつみ)。大学の演劇科に進学した22歳で、身長159センチ。時折未成年に間違われるのが玉に瑕の、胸に熱い思いを秘めた好青年である。
 なお、薬は無事手に入れられました。

 生徒達が左翼の白虎の所で薬をもらっていたその頃。
 右翼の黒虎が作った村を守る結界に、一人の男が引っかかっていた。
 ピピピーーピピピーー……ピピーー?
 けたたましい音を三回連続鳴らす結界だが、何故か最後の一回は自信なさげに尻すぼみしていた。
「おいおい、しっかりしろよ……」
 中途半端な警報に脱力してしまう。
 すると、数秒もしないうちに妖精が駆けつけてきた。
 妖精は立ち止まると、男とその背後あるらしい結界を交互に見た。
「結界鳴ってましたよね?」
「さぁな。聞こえたかもしれねぇな」
「えっと、すいません。お名前と年齢、あと身分を証明できるものを本日お持ちでしょうか?」
 妖精の謙った態度に、肩透かしを食らった気分だった。
「はぁ……俺は千返 かつみ。学生証でいいだろ?」
 呆れながらも学生証を取り出す千返 かつみ(ちがえ・かつみ)
 童顔なことが結界を中途半端に反応させたようだ。
「……ありがとうございます。では申し訳ありませんが拘束させてもらいます。武器とかお持ちでしたらお出しください」
 事務作業を行うような妖精の対応。
 戦っても勝てそうな気がしてたが、かつみの目的は捕らわれた人の安否確認だったため、大人しく捕まっておくことにした。
 武器を渡したかつみは、連れられて洞窟を改造して作られた牢屋に連れて行かれることになった。
 一つ目のゴーレムの足元を抜けて薄暗い洞窟を進むと、少しして鉄格子が見えてくる。
 その中には捕らわれた村人とドゥルムの姿があった。
「よぉ、元気してたか」
「はい。えっと、こんにちは? それともこんばんは?」
 長いこと暗い洞窟の中にいたため、時間がわからないようだった。
 かつみは軽く挨拶と事情の説明を終えると、捕らわれた人達の状況を確認し、仲間に連絡をとることにした。
「やれやれ、あんな検問じゃ落第点だっての」
 かつみは眼鏡に触れると、グラス型HC・Pを起動させる。
 通話を試みようとしたその時、突然ドゥルムがかつみに飛びついてきた。
「お、おいっ!? なんだ!?」
「しっ、静かに!」
 必死に小さな手でドゥルムがかつみの口を抑える。
 わけがわからないながら操作を止めて黙るかつみ。
 すると、聞こえてきた低いうなり声に顔を上げると、ゴーレムの赤い瞳がかつみを凝視していた。