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リアクション
最後の抵抗
銃弾が書を貫くと、伯爵の姿は断末魔の叫びのような声とともに、蒸気のようにかき消えていった。
やがて伯爵が完全に姿を消すと、辺りは静寂に包まれる。
「これで……終わったのか……?」
シェミーが呆然としてつぶやいた。
が、安堵の息をつこうとしたその瞬間だった。
突如として――時計塔全体が激しく揺れだした。
「な、なんだっ!? なにが起こった!?」
シェミーが困惑しながら怒鳴る。もちろん、誰かに答えられるわけでもない。北都たちも何が起こったのかわからないでいた。
建物は傾き、シェミーたちは床に膝をついて、滑り落ちそうになる。そのとき、シェミーは時計塔の窓から外の景色を見た。
「これはっ……!?」
驚いた彼女が、声をこぼした。。
「あの男……! この世界ごとわたしたちを葬り去るつもりだぞ!」
「なんですって!?」
驚きながらも、急ぎシェミーの後ろから窓に駆け寄る詩穂たち。
「見て! 街が……!」
見下ろすと、なんとそこには異形の人の顔へと変貌を遂げた街並があった。
「あれは、まさか伯爵か……!」
宵一が目を見開いて言う。
『ふははははは……――! その通りだ!!』
街と一体化した巨大な伯爵の顔が哄笑した。
『もはや許しはせん! この世界ごと、貴様らを飲み込んでくれよう!』
時計塔が倒壊していく。伯爵の口にのみ込まれてうねる街並は、積み木を崩すような脆さが次々に崩壊していった。
小型飛空艇を持っている者は飛空艇に乗り、空を飛べる者は飛び、その他、シェミーやコニレットは飛空艇に便乗させてもらって、時計塔から脱出した。
街、というべきではないかもしれない。伯爵の創りあげた世界そのものが、崩れ去ろうとしていた。
シェミーたちは必死に空を飛んで逃げる。けれども、もはや逃げ場は失われていた。街は右も左も粘土のようにぐちゃぐちゃになっている。本棚や、人の姿がかろうじて溶けて見えるのが、なんとも気分を悪くしていた。
しかし、いったいどこに逃げたら――!
「みんな! こっちだ!」
焦った時、聞こえたのはそんな少年の声だった。
「アキラ!?」
シェミーが見上げたところに、小型飛空艇に乗ったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)たちがいた。
アキラはシェミーやコニレットを自分の飛空艇に乗り移らせ、加速する。その手に、一冊の本が抱えられていた。
『街から脱出するには、ルートは一つしかないぞ!』
本が口を開いて、シェミーたちはぎょっとする。
それはマンガで、『月刊少年ジンプ』というタイトルのものだった。
『月刊少年ジンプ』が教えてくれたルートは、たった一つの抜け道だった。
崩壊した街の裏道にある、誰も住んでいない建物。その中心にある、一見すれば地下通路に繋がるような穴である。伯爵自身も通る抜け穴で、そこからしか現実の世界へは戻れないのだった。
「なんだって、お前はそんなこと知ってるんだ」
シェミーがたずねる。マンガはけたたましく言い放った。
『はっ! もうあんな勝手な魔法使いに仕えるのはゴメンだね! おれは外の世界で自由に読んでもらうんだ! な、ご主人よ!』
主人と呼ばれたアキラは笑いながら言った。
「こいつ、現実じゃあけっこうレア物の雑誌でさ! わずか二ヶ月で廃刊になったやつなんだよ! いや〜、まさかこんなところで手に入るとは思わなかった! ラッキーラッキー!」
「んなこと言っとる場合じゃなかろう! ほれ、出口が見えたぞ!」
アキラはルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)に叱られる。
と、しばらく暗澹とした通路を飛行していたと思ったら、その先に光が見えた。
「どわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ――――――っ!!」
ばしゅっ!
一気に、シェミーたちはジアンニ伯爵の魔導書から抜けだした。
不思議なことに小型飛空艇は消えている。生身の人間だけが、どどどどどっと外に放り出された。
と、ジアンニ伯爵の声が迫る。
『逃がさんぞ貴様らああぁぁぁぁぁっ!』
慌てて、シェミーは言った。
「みもり! 早く、閉じろ! 早く!」
「えっ、は、はいです〜っ!」
最後に飛び出した双葉 みもり(ふたば・みもり)が、バタンと書を閉じた。
と、伯爵が迫ってくる間一髪のところで書に阻まれる。
『グオオオオォォォォォォォォ……――――!』
書は伯爵の絶叫とともに激しく揺れ、光に包まれて輝く。やがてそれが収まったとき……。
ようやく〈グランダルの書〉は、元の書物の形を取りもどしていた。
しゅうしゅうと音を立てる書を見て、シェミーたちは一気に尻をつく。
「はぁ…………。なんとか無事に終わったな……」
アキラが言ったのを聞いて、
「もう図書館はこりごりだ……」
疲れた声で、シェミーはつぶやいた。
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