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学生たちの休日12

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ザンスカールの年越し



「うん、ピッカピッカだね。仕上げはこれだよ」
 年末の大掃除でピッカピッカに磨きあげたイコンのアンシャールの額に、正月用の注連縄飾りを取りつけて遠野 歌菜(とおの・かな)が満足そうにうなずきました。お正月に、車の前にお飾りをつける感じです。
「そろそろ時間だぞ」
「はーい」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)にうながされて、遠野歌菜が元気に返事をしました。
 これから、初日の出を見に行こうというのです。そのために、アンシャールをピカピカにしたというわけです。初日の出を見に行く場所も、事前によく調べています。なにしろイコンで夜空を飛んで初日の出を見に行こうというのですから、いろいろと計算が大変です。夜間飛行になりますし、方角や高度が重要となります。もちろん、天候も大切です。
 そのへんは、事前にしっかりと計算しました。大丈夫、初日の出はちゃんと拝めそうです。
「進路クリアだ」
 世界樹のイコン発着場に進み出たアンシャールのサブパイロット席で、月崎羽純が告げました。
「アンシャール、飛翔します!」
 緑色のエナジーウイングを広げて、空色の機体が世界樹の枝から舞いあがりました。
 まずはぐんぐんと上昇していきます。
 外は凄い寒さでしょうが、コックピットの中は至極快適です。もちろん、月崎羽純がいることが一番大きいと心の中で思って、遠野歌菜がちょっと顔を赤らめました。
 世界樹上空の雲に突入します。前面モニタが真っ白になりました。しばらくは、観測機器を頼りの操縦です。真っ白に見える外部モニタですが、ちゃんと気流が見えます。やがて、唐突にそれが消えました。真っ白だったモニタが、漆黒の絨毯に銀砂を振りまいたような夜空に一瞬で変わりました。
 お正月のせいでしょうか、なんだか、いつも見る夜空よりも明るくすんでいるように見えます。
「なんだか、神聖な気持ちになるよね」
「ああ。オレもそう感じる。今から、太陽が昇るのが楽しみだ」
「うんうん」
 たわいもない会話を交わしながら、二人はその時を待ちました。
 実際は、いつもの夜明けと違いなどないはずなのですが、新年と言うだけで特別な気分になります。きっと、本当に何かが違うのかもしれません。
 やがて、そのときが訪れました。
「あっ、光ったよ!」
 遠野歌菜が叫びました。
 雲の上に滞空するアンシャールの正面、雲の下から赤い光がゆっくりと登ってきました。光が大きくなっていくと共に、雲が茜色に染まっていき、そして白く輝く光の海へと変化していきます。それに面をむけるアンシャールの機体も、今年初めての曙光に照らされて輝いていました。
 しばらく、遠野歌菜と月崎羽純は無言でその光景に見入っていました。
「見に来てよかったね。言葉にならない感動って、こういうことを言うんだね」
「ああ」
 遠野歌菜の言葉に、月崎羽純がうなずきました。
「今年も、こうして歌菜と一緒にいられてよかった」
「あらためて、今年もよろしくお願いします。私の旦那様」
「ああ。今年も、これからも……、よろしく」
 あらためて、遠野歌菜と月崎羽純が挨拶を交わしました。
「アンシャール、今年も一緒に頑張ろうね」
「アンシャールもよろしくな」
 イコンのことも忘れてはいないと言葉をかけると、互いに微笑みあう遠野歌菜と月崎羽純でした。

    ★    ★    ★

「新年あけましておめでとうございます、アーデルハイト様! 今年もよろしくお願いいたします」
 風森 望(かぜもり・のぞみ)が、校長室にいるアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)に新年の挨拶を述べました。
 新年ですから、エリザベート・ワルプルギスとアーデルハイト・ワルプルギスに挨拶するため、校長室には多くの生徒が頻繁に出入りしていました。こうなってしまうと、風森望も人の波に埋もれてしまいます。
「小ババ様も、あけましておめでとうございます」
「こばー、こばこばー」
 とりあえず大ババ様にはちゃんと御挨拶ができたので、そばにいた小ババ様にも新年の御挨拶をします。お餅をたらふく食べたのか、ちょっと小ババ様はぽんぽんがパンパンです。
「いたいた。やっぱりここに来ていたのですね」
 そんな風森望を探していたノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が、やっと見つけたと声をかけてきました。けれども、風森望はガン無視です。まったく気づいていないを装っています。
「新年あけましておめでとうございます、大ババ様、エリザベート様」
 ノート・シュヴェルトライテがちょっとむっとしながらも、ひとまずはちゃんとした御挨拶を優先します。
「さて、いつまでもしらばっくれているんじゃありませんことですよ」
「いたたたたた……」
 風森望の耳をつまみあげてノート・シュヴェルトライテが言いました。
「正式にシュヴェルトライテ家当主を継いだ身としては、ザンスカール家への挨拶が遅れるわけにはいきませんのよ!」
「もう、私なんかに構わず、一人で行ってくださいよ、一人で! もういい大人なんですから、迷わず行けるじゃないですか!」
 関係ないと、風森望がノート・シュヴェルトライテに抵抗しました。
「没落同然で末席の末席と言えど、貴族たる者、主家への挨拶に共の一人も連れていかねば恥というものですのよ!」
「だいたいそんなの私じゃなくて、他のメイドや執事に頼めばいいじゃないですか! ゲフィオンとかブラギとかいるじゃないですか!」
「貴賓への対応をそつなくこなせる従者が望しかいないんですのよ!」
 仕方ないじゃないですかと、ノート・シュヴェルトライテが言いました。
「それでは、大ババ様、お騒がせしました」
 騒ぐ風森望の首根っこを掴むと、ノート・シュヴェルトライテはそのままズルズルと引きずって校長室を後にしていきました。