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冬のとある日

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冬のとある日

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【12】


「私が行くから綾乃とキアラは援護して。いい、行くわよ?」
 桜月 舞香(さくらづき・まいか)が振り向くのに、桜月 綾乃(さくらづき・あやの)とキアラは慎重に頷いて、身を隠していた花壇の後ろから同時に立ち上がり姿を現した。
「白百合団よ! あなた達、そこでなにしてるの!」


* * * * *



 百合園女学院も明日から冬期休暇に入るという日の放課後、下校しようとしてたキアラは同じ学院に通う舞香に呼び止められた。
 暇だったら手伝って欲しいと頼まれたのは、舞香も班長として所属する百合園女学院の自警団――白百合団の仕事である。
「痴漢とか暴漢とか変質者とかストーカーとか、多いのよ。
 お金持ちだと思ってスリとかひったくりとか、身代金目当ての誘拐まがいなんてのも居るわ。
 百合園のお嬢様達にそうした悪い虫がつかないように、あたし達白百合団が汚物を消毒して回ってるってわけ」
 要するに警備員のパトロールのような仕事なのだと舞香は説明して、その後は自らの考えを続けた。
「――なんだけど、最近忙しいせいか人手不足なのよね。
 それに、毎回同じメンバーでやってると巡回ルートとかもなんとなく固定化しがちだし……」
 この話はキアラも大いに理解出来る。
 頭に叩き込むという点において繰り返しの作業は必要かつ効率のいいものだったが、勉強でも、訓練でも同じ作業の繰り返しとはイコールマンネリ化に繋がっていた。
 ましてそれが巡回とあれば、どれだけ練り込まれたものでも敵側に行動がバレた瞬間に無意味なものに成り下がってしまうだろう。
「外部の人の斬新な視点を取り入れてみたいのよね。市街戦の策敵訓練だと思って……ね?」
 たまに新しい風を入れたいのだと、舞香は微笑ってそう言った。


 翌日の夕方。
 待ち合わせた場所で顔を合わせた瞬間、舞香は「……おとなしめね?」と呟くように評した。
 普段ぶっ飛んだ配色のファッションに身を包んでいるキアラだったが、今日は黒いジャケットにグレーのTシャツワンピースという目立たないものを着込んでいる。
「オンミツファッションっスよ」
「気合い十分って訳ね」
 特別褒められた訳ではないのだが、えへへと照れ笑いをしながら、キアラは舞香の隣に立つ綾乃へ向き直った。
「綾乃ちゃんオヒサ」
「キアラさん、お久しぶりです。プラウダの皆さんはお元気ですか?」
「あいつら死んでも死なないから放っといていいっスよ」
 笑顔を崩さないままそう言うキアラに綾乃は一瞬目を丸くする。だが、舞香の方は作戦に数度参加したこともありあのノリを肌で感じていたから首を横に振った。確かに彼等はそういう連中だった。
「アルバイトでお忙しそうなのに、無理を言ってすみません……
 でも、私も久しぶりにキアラさんと会えて嬉しいです。
 今日はよろしくお願いしますね」
「こっちこそ宜しくお願いします。
 白百合団のお仕事に参加させて貰えるなんて光栄っスよ。色々勉強させて貰うっスね!」
「まあ、そんなに難しいお仕事じゃないから、街の散策みたいなつもりでいいわ」
「大抵の敵はまいちゃんがやっつけちゃいますし。
 むしろ、まいちゃんのやり過ぎを止めるのが私達のお仕事っていうか……」
「こら、綾乃」
「でも舞ティがやっつけちゃうのは本当でしょ?」
「それもそうね」
 笑いながら軽い調子で挨拶を終えて、三人は早速歩き出した。
 駅前から正面の通りに進んで、何時もなら右へ曲がるのがお決まりのルートだ。しかし今日は新しい試みをしようと舞香は決めていた。キアラに振り向けば彼女はいきなり駅のコンコースから繋がるファッションビルへ入ろうと提案する。
 その意図が分からず舞香と綾乃は顔を見合わせたのだが、連れられて暫く、やっと立ち止まったビルの入り口でエスカレーターを前にキアラの意図を明かしてきた。
「ココ、盗撮超多いんだって」
「なんで知ってるの?」
「サイッテーな話なんだけど!」前置きしてキアラは続けた。
「昨日舞ティから話あった後にさ、ちょっとこの事話したら皆盛り上がっちゃって。最終的に幹部まで出てきた」
「……暇なのね」
「うん。それで『ココだ』って。ココなら盗撮絶対多いって」
 彼等が何故盗撮が多いと断定出来るのかと問えば、キアラはげんなりした表情で「男だから」と身も蓋もない答えを出した。
「『並ぶじゃん? 見えるじゃん? ああ盗撮出来んなって思う訳。やるかやんねえかは別よ? やったら犯罪よ?』ってチュバイス少尉が言ってた。
 うちで一番の変態の発言だから理由はあんま参考にしないで」
 こうして暫く張ろうと決め込むと、キアラたちはエスカレーターの傍のカフェに入りチラチラと様子を伺い始める。
 テーブルにカップを並べながら「あ。お土産あるんだった」とキアラがテーブルに置いたのは、無造作に紙で包まれた小さなものだ。 
「シュヴァルツェンベルク中尉から。
『勇敢な百合園女学院のフロイラインへ。お気軽にどうぞ』って。
 どの部分をお気軽にするかで色々と意味が違ってくると思うんだけど」
 意味深な言葉に包みを手にした舞香は包みを開く前に即座に気付いた。
「これ、銃よね」
「『片手に手に収まる大きさは護身用に最適! デザインも可愛いし女の子向けだよね! こんな見た目だけど9ミリ6発入ってるからしっかりとどめまでさせるよ』」
「それ殺す気満々じゃない」
「そういう種類の変態なンスよ」


* * * * *



 唯一まともだった「ストヤノフ少尉から。過去の犯罪発生件数から見た、犯罪が起こり易い危険な場所の地図」を参考に回った結果、この日の収穫は本当に大量だった。
 綾乃がイチゴのショートケーキを希望した為、キアラの案内でケーキの美味しいコーヒーショップで仕事を終えた疲れを癒す。
「舞ティのキック、相変わらずキレッキレ」
「キアラこそ。思いきり急所狙い決まってたけど、何処で教わったの?」
「大尉が『短時間で覚えられるからこれでいいや』って教えてくれたんスよ。あんなとこ蹴るの最初は抵抗あったけど、曹長を痴漢に見立てて訓練してたら慣れちゃった」
 ご愁傷様な話をしつつ、キアラは「綾乃ちゃんにも教えてやれって言ってたから後で詳しく説明するっスよ」と、上官の言葉を思い出していた。
「臓器丸出しだから生存本能的に回避率が高い。初めから狙うと当たり難いが、フェイントをかけると案外上手くいくって」
 教えてやるから絶対に俺には掛けるなと念押しされた事は、故意で忘れた。
「あれってなんかよくわかんないけど超痛くて最終的にはお腹痛くなるんだってー」
「はあ……男だからこそ分かるのね」
 格闘家として効果の程は知っているものの、それが一体どういう事なのか真に理解していなかった舞香が今心から頷いている。
 男嫌いな二人だったが、今日はプラヴダの男達のお陰で色々と成果があったのだ。
「皆が言ってた場所大体あってたし、マジで銃まで使う場面まであったし。
 男が役立つ事もあるんスねぇ……」
「そうね。たまにはね」
 うんうんと頷き合う舞香とキアラを見て、綾乃は生クリームとフォークを口に含んだままくすりと笑い声を漏らしていた。