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冬のとある日

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冬のとある日

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【8】


 クリスマスももう間もなくという日、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と相棒のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はシャンバラ教導団の任務でツァンダへ赴いていた。朝から詰まっていた任務に夕方やっと解放されてみると、此処で初めて自分達が空腹を抱えている事に気付く。
 そう言えば朝飯も、昼飯も食っていない。碌な休憩すら取っていなかった。
 元々しまっているのに更に凹んでしまった腹をさすっていたセレアナは、隣に居るパートナーが飢えた狼の目をしている事に気がついた。食欲魔人という言葉が相応しいセレンフィリティなのだから当たり前だろう。
「今年の年末パラミタジャンボ宝くじも買ったし、あとは当選祈願で景気づけに食いまくるわよ!」
 話しの前後が余り繋がっていない気もするが、腹が減っているのは自分も同じ事だし、こんな状態のセレンフィリティにあーだこーだと言える訳もない。
 こうしてセレアナは引き摺られる様に定食屋あおぞらへ向かったのである。


* * * * *



 テーブル席に案内してくれようとしたアルバイト店員を制して、食事が即座に運ばれてくるカウンター席に座ったセレアナは、飢えた狼の注文は本人に任せるとして無難なメニューを選択した。
「チキンカツ定食、お願い」
 カウンターの中のジゼルがセレンフィリティを見る。
「セレンは?」
「メニューの端から端まで」
「…………お酒とジュースも?」
「メニューの端から端まで」
「復唱しなくていいわね?」
 流石奇人変人の多いパラミタの定食屋店員というところだろうか。ジゼルは何でも無いという顔でどのメニューから先に作ればいいのか厨房へ指示を送っている。
 程なくしてジゼルは奥の冷蔵庫から小鉢を持って戻ってきた。
「とりあえずオツマミね」
 続いてカウンターにジョッキを置いて、高速で無くなっていく中身を見ながら「お腹減ってたのねー」と微笑んだ。
「朝も昼も抜きだもの。
 ここは定食屋のガッツリ系メニューでガッツリ食うに限るわ!!
 ……で、取り過ぎたカロリーは今夜、泊まってるホテルで徹夜でセレアナを――」
「ビーフカレーお待たせしました」
 色んな客を相手にしている所為なのかあしらいもあっさりしたジゼルに、セレアナは微妙な笑顔だ。
「揚げ物と焼き物は少し時間が掛かるけど、うどんはもうすぐ出来るわ。希望の順番とか――」
「無いわ! じゃんじゃん持ってきて」
 食い合わせなど無いのだろうセレンフィリティの返事に、「分かったわ」と微笑んでジゼルは踵を返す。
 ネギトロ丼、うどん、ラーメン、肉野菜炒め定食とセレンフィリティが一気に平らげたところで、セレアナのチキンカツ定食がやってきた。
「ラーメンを三口で汁迄平らげるなんて……どんだけ飢えてるのよ」
 セレンフィリティが呆れ声を上げている間にも、厨房の中は総力戦と言った体だ。皆が息を切らせながらセレンフィリティの注文に答えるのに必死になっている中、ジゼルだけが客席側に笑顔を向けたまま恐ろしいスピードで付け合わせのキャベツを刻んでいる。
「あらあら、本当にお腹が空いてたのね。いっぱい食べてねセレン」
(幾ら変な客に慣れてるからって……)
 ジゼルの動きにセレアナが違和感を覚えた時だ。定食屋の入り口の鈴が音をたてる。
「ズラースチェ!」と入ってきたのは振り向くまでもなくあの子だろう。
「いらっしゃいツェツァ」
「こんにちは美しいヴィーラ、今日も変わらず輝いてますね。あなたには月の光すら必要無さそうだ」
「まあ、うふふ」
 ――というやり取りが母娘として正しいのかは大分怪しいが、挨拶は終了したらしい。
 矢張りカウンター席を選んだスヴェトラーナに、「何時もの感じでいいの?」とジゼルが質問して少々、テーブルの上に置かれたグラスにセレアナはチキンカツを咽に詰まらせそうになった。咳き込みかけたその動きで、スヴェトラーナはこちらに気付いたらしい。
「あ。セレンさん、セレアナさん、こんにちは」
「それ、お酒よね」
「ヴォートカですね」
「いいの?」
「今日は任務も有りませんし、歩きですから」
 そう言う問題では無いと言いたいのだが、次々に運ばれてくる料理にセレアナも口を噤む。
 セレンフィリティと同じような酒と大量の飯。
 ジゼルや他の店員の熟れた感じはこの所為なのだったのだろう。
「良い食べっぷりねターニャ。
 そうだわ。この間の勝負の決着、ココでつけてみる?」
「望むところです」
「駄目よ二人とも。それじゃあ今日は貸し切りにしなきゃならなくなっちゃうわ。
 一通り食べ終えたら他のお店に行ってね」
 やんわりと微笑んで二人の食欲魔人を追い出す方向に進めるジゼルの言葉を聞きながら、セレアナの口からは乾いた笑いしか出て来なかった。


* * * * *



 ジゼルのアルバイト終了に合わせてあおぞらを出た四人は結局その後、数軒の飲食店を梯子した。
 幾ら口当たりの良いデザートばかり選んでも此処迄続けば辟易するというところで、勝負がつく前に有り金が尽きそうになり、帰路につく事になった。
 楽しそうに会話するセレンフィリティとスヴェトラーナの背中を見て、セレアナはげんなりした表情でジゼルへ素直な感想を零す。
「――ドン引きしたわ」
「そうね。チョコレートファウンテンのチョコレートが流れてこなくなった時にはちょっとどうかと思ったわ」
「滝が枯れるなんてね……。
 あの二人、カロリーの消費率どうなってるのかしら。幾ら燃費が悪いとは言え、有り得ないわよ」
「そうねぇ……今日のは流石に身体に悪いかしら。明日は一日ヤンにお願いした方がいいかもしれないわ」
 プラヴダのしごき担当の鬼曹長の名を出しながら、ジゼルはセレアナを見た。
「セレンも教導団で訓練したり……は、そういえば必要無いのよね」
 ジゼルが何かを思い当たって少し頬を染めながら言うのに、セレアナはあおぞらでのセレンフィリティの言葉を思い出しハッとなる。
 あの言葉通りなら、セレンフィリティは今夜から朝にかけて『運動』するのだろう。勿論その『飢えた狼』の相手をするのはセレアナだ。
「その…………頑張ってね?」
 同情めいた笑顔を貰いながら、セレアナは唾でごくりと咽を鳴らすのだった。