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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【張り詰めた糸が切れるとタコはどこへ飛ぶか分からないけど、最終的にはお星様になったらしい】
※凧揚げは電柱のない広い場所で行いましょう



「……ここまでくれば」
「ええ、ですがここはラフター通り。全暗街ほどではありませんが、もう少し大通りの方へいかれた方がよろしいかと。以上」
 周囲を落ち着かない様子で見回しているジヴォートに、エリスは落ち着いた様子で淡々と答えた。ジヴォートは不安そうな顔をした。

『支局では迷ったといっていたが、あれは脱走したんだろう。また抜け出す可能性がある。
 一人で抜けさせるより傍に誰かいさせた方がいい。お前は常にそばについておけ。
 ただ可能なかぎり全暗街は避けるようにな』

 相沢 洋(あいざわ・ひろし)の指示通り、脱走しようとした彼にエリスは付き従った。……命令だけでない別の感情もあったかもしれないが。
『ジヴォート様、逃げ出すおつもりでしょうか? そのつもりでしたらお付き合いしますが?』
 驚いていたジヴォートの様子を思い出す。だがエリスが肯定する言葉を述べたことで、少し安堵してもいるようだった。

「分かりました。ではしばしここに隠れることとしましょう」
 大通りへ戻るという発言を変えると、ジヴォートはそれだけでひどく安堵していた。
「少し、周囲を見てきます。ここでお待ちください」


「……そうか。なるべく刺激しないようにな。……いざとなれば、洋孝がいる基地へと走れ。2人を匿うくらいわけはないだろう」
 洋はエリスからの報告を受け、かすかに眉を寄せた。
「あまりよい報告ではなかったようですね」
 その様子から察した乃木坂 みと(のぎさか・みと)の確認の言葉を、短く肯定する。
「どうもかなり追い詰められている……下手に刺激すると何をするか分からなさそうだ」
「それは、気をつけなくてはいけませんね」
 みとも険しい顔になる。
「エリスからも逃げ出せば、ほぼ確実に全暗街へ迷い込むことでしょうか。そうなるとトラブル体質の彼のことですし、銃撃戦ぐらいは普通にあるでしょうねえ」
「ああ。大通り付近はともかく、護衛も連れずに歩く場所ではないからな」
「……念のため洋孝に連絡をしておきましょうか」
「そうだな……いや、洋孝には私が報せよう。みとは巡屋に伝えておけ」
 指示を途中で変えた洋は、相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)へと連絡を取る。
『どうかした?』
「洋孝、エリスとジヴォートが抜け出した」
『……え、やるなぁ。愛の逃避行ってやつ?』
「茶化すな。エリスには最悪、そこへ向かうように指示してある。2人が来たら匿え。それと今いる位置だが――」
『ラフター通りね……とりあえず事情は分かった。そっちのことも気にかけとく』
 
 電話を切った洋孝は、ふぅっと息を吐き出した。ここは全闇街自治防衛隊駐屯地。
「やっぱりというか。あいつは何か起こすよなー。……んー、ちょっと情報流すか」
 信頼できて腕が立ち、さらに贅沢を言うとジヴォートの事情を知っている人物が好ましい……中々厳しいが……を探し、情報を流す。
「あとすることは、まだ武器少ないんだよな。武器の押収、買取っていう手もあるよなー……あとはもう少し側面の防備も固めて……」 

「……今回は組織がらみでは無いようだな」
「ええ。雑魚ばかりですわ」
 顔色一つ変えず、洋とみとは倒れたならずものたちを見下ろした。彼らを縛り上げた後、治安維持部隊や洋孝の基地に連絡して彼らの処遇を任せる。
 それから洋は前方へと再び目をやる。そこではジヴォートが普段見せない強張った顔で歩いていた。洋が苦笑する。

「たしかに張り詰めた糸のようですわね」
「ああ。さて……どうなるやら、どうせなら派手に暴れて襲撃してくれるといいんだがな。戦闘屋には調停は難しいぞ」
「これだけは本人次第ですからねえ。まあ、エリスの事もありますから何とかなるでしょう。
 ……それにジヴォートと更に親密になってくれるかもしれませんし」
 ふふふっとみとが笑う。完全に見合い話を世話する親戚のおばちゃ……げふん。なんでもありません。



* * *



「……そう。わかったわ」
 入ってきた報せに、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は深い息を吐き出した。ジヴォートがイキモの一行から抜け出したのだという情報が入ったのだ。
「おうっリネン。注文入ったぜ……どうかしたのか?」
 いつもの露出が多い格好、ではなくメイド服のフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が問うた。リネンは注文の酒を取り出しながら答える。
「昨日、イキモさんたち来たでしょ?」
「ああ。飯食っていったな」
 旅行の知らせを受け、良ければ待ち合わせ場所にしてくれと軽く言っておいたら、本当に律儀に挨拶に来てくれたのだ。
(……ジヴォートの様子がなんかおかしかったんだよな……まさか)
 その時の様子を思い出したフェイミィが、顔をしかめながら酒を受け取る。リネンは肯定するように頷いた。
「ジヴォートが抜け出したらしいわ。どうもドブーツと上手く行ってないのが原因みたいね」
「あいつら、まだやってたのかよ……めんどくせぇなぁ」
 フェイミィもまたため息をついて、酒を私に客の元へと向かった。その背中を見ながら、リネンも長い息を吐き出した。面倒くさいには同意しかねるが、まだ、という点では彼女も思うからだ。
「男の……ううん、人間関係って難しいものね。うまくいくといいのだけど」
 本当にそう思うのだが、外から下手に手を入れるわけにも行かないだろう。リネンは少し考える素振りをしてから、カウンターで静かに飲むひとりの客へと近寄った。
「ちょっといいかしら。少し頼みがあるんだけど」
「……もしかして例のぼっちゃんたちかい?」
 観光客の中でも、ジヴォートたちのような社長の情報は、どう隠しても出回るところでは出回る。男の言葉に頷く。
「ええ、そうなの。……別に守ってやれとは言わないわ。1人か数人くらいで逃げ回ってるようだったら教えてちょうだい。一杯くらい奢るから」
 
「オレもけっこう、めんどくせぇ女なのかねぇ」
 誰にも聞こえない声で、フェイミィは呟く。リネンと恋仲になったフリューネを意地になって避けてる自分が、2人を笑えるはずがない。
 酒を届けた後、リネンのもとへと向かった。リネンは、その顔を見てただ微笑む。

「……オレ、ちょっとでかけてくるわ」
「そ。いってらっしゃい」



* * *



 ふぅっと息を吐き出し、上田 重安(うえだ・しげやす)はきっと顔を上げた。今日もまた、彼は戦場へ赴くのだ。
「……セレスティアーナ殿が来ておられる。無様なところはお見せできませんな。しかし無事に成功すれば」
「ちょっとやめてよ。フラグ立てるの」
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が嫌そうな顔をする。これ以上嫌な話を持ってくるな、と顔だけで語っていた。
 と、そこへ慌てた様子の葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がやってきた。しかしいつもと同じではなく、完全武装をしている。
「コルセア、大変であります! オリュンポスの店が潰れたそうであります」
「ああ。噂で聞いたけど、本当だったの?」
「そういえば、常連の方がそのようなことを言っておられましたな……」
 何をいきなり、と半信半疑なコルセアに、重安が吹雪の言葉を肯定したことで「へー」と声を漏らした。だが、だからどうした、というのがコルセアの気持ちだ。
(オリュンポスの店は全暗街……こっちはラフターストリート……互いに大通りから外れてるから、かなり距離があるし……あんまり関係ないのよね)
 そんなことより、真面目に働いて欲しいと彼女は本当に、心のそこから叫びたいほどに思う。いや、何度も叫んできたようにも思う。
 吹雪は、拳を握り締めた。いよいよやる気になってくれたのかと、期待せずに次の言葉を待つ。

「だがしかしアガルタを襲う混沌はまだ滅んではいないのであります!!」
「あんたもその1人でしょうが!!」

 ガンッと思わず殴ってしまう。吹雪はなぜ殴られたのか理解できず「なぜ殴るのですか。痛いであります」そう反論しているが、聞き流す。
「それよりも、そろそろ予約の料理準備しないと間に合わないんじゃないの?」
「はっ! そうでありました。重安、行くでありますよ」
「分かり申した」
 今日は吹雪と重安の2人で調理に当たるらしい。ごくり、と重安がつばを飲み込む。2人がかりということは、それだけ大物であるということだ。
 コルセアとしてもそこは不安要素だ。セレスティアーナという上客を相手に、下手なことは出来ない。
(……案外ノリで許してくれそうだけど)
 真剣に考えるのが段々と馬鹿らしくなってきたが、気にしないことにする。

 そして彼女達はやってきた。

「ようこそいらっしゃいました」
「今日の為に特別な食材を用意したであります!!」

 そしてソレは出てきた。
 うごめく身体。多数の足。……つまり、巨大なタコだった。
「今日の特別メニューはそいつの『活き造り』であります!!」
「え、あれ食べられるのか?」
『おーっあれが食えるんか?』
「「「えっ?」」」
 テンション上がっているのは土星くんのみだった。
※彼はゲテモノ好きです。

「今日はそれがしがとどめを……がふぉっ」
「むっ逃げるでありますか? させてないでありますよ」
 あっさりと倒れた重安を踏み台にして(ぶふぉごっ)、吹雪がその後を追いかける。土星くんがすぐに食べられなさそうなことに残念そうな顔をした。セレスはソレを見て、ぱちんっと指を鳴らす。
「はっ、お呼びですか?」
 どこからともなく現れたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。場面上は初登場であるが、実は地道にセレスがこけそうな石やゴミの撤去、おやつや防寒具の準備、という地味な作業をしていた。
 おかげでセレスはこけることなく、彼女が通った後の道は非常に綺麗になり、後々『街をきれいにする妖精さん』の噂が街に流れることになるのだが、まあそれは置いておこう。
 セレスはふんぞり返って、唯斗に命じた。

「あのタコを捕まえてくるのだ!」
「……分かりました」

 内心えーっと思いつつ、でもニンジャですから頑張ります! と奮起して遠くに見えるタコらしき足を追いかけていった。

「やっぱり無茶振りきた……なんで屋根の上にダンボールがあるんだ。って、ダンボールが飛んでき……あぶなっ」
(む? 食材を奪おうとしているであります? あれは我が店のであります! 渡さないでありますよ!)

 唯斗はダンボール(吹雪)に勘違いされ、ダンボールとタコを相手にしながら周囲へ被害があまり出ないようにフォローするという、苦労忍者舐めるな! な感じのすご技(フォロー忍術とでも言うのだろうか?)を駆使するのだった。


「やっぱり結構壊れてるねー」
「そうじゃの。生活できる程度にはなっておるが」
 街を修繕しながら歩いている笠置 生駒(かさぎ・いこま)と、彼女について歩くジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)は答えながらもきょろきょろと首を揺らしていた。
 生駒が工具をしまい、ジョージを見た。
「どうかしたの、ジョージ?」
「む? いや……少しな」
 ジョージは周囲を見るのをやめない。生駒は首をひねりながらも、立ち上がった。また次の修繕場所へと向かわなければ。
 傷ついている場所はたくさんある。指令部も修繕はしているが、人手が足りていない。そこで生駒も手伝うことにしたのだが、街の中でも特に修繕が遅れている全暗街を選んだため、荒事をジョージに任せようと連れてきていたのだが。

(ま、いっか。ある程度ならワタシでもどうにかなるし)

 深く気にしないことにして歩いていると、工事の音が聞こえた。そちらへ目をやると、一部には有名な喫茶店……があった場所が様変わりしていた。次の店は、酒屋らしい。
「そういやここにあった秘密の喫茶店が閉店したらしいね」
「ほほう。それで今工事しておるのか。次はどんな店に……むっ」
 ジョージの口調が変わった。その先にいたのは――酒のにおい漂わせた一人の女性。シーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)だ。

「この酔っ払いめここにおったか!!」
「うげっ」

 少し前の話。シーニーは生駒とジョージのお金すべてを賭博に使い、負けたのだ。だがそのことを仲間に言わず、逃げていた。……今まで、ずっと。どうやらジョージが探していたのはシーニーらしい。
 ジョージが大声と共に追いかける。
 一方で慌てているシーニーだが、慌て方が大きい。

「ちょ、ジョージ、ま、こっちはそれどころやないっつーのに」

 というのも仕方がないことだろう。なぜなら……彼女の背後にはあの巨大タコがいたのだから。
「ちょっとおつまみによさそうって言うただけやのに!」
 どうも狙われているらしい。そこに猿が加わり、シーニーは悲鳴を上げた。タコの触手がシーニーに撒きつき、そのまま人質のように先頭にぶら下げ、道を開けていく。
「逃げるな! 酔っ払い」
 しかしジョージにはシーニーが逃げているようにしか見えていないらしい。全力で駆け抜けていく。
「あれは……助けないと」
 一方、住人を救助していた唯斗がシーニーが捕まっているのに気づき、飛び出す。手にした剣が黒い光を放ち、触手を切り落とした。
「ほわっ?」
「大丈夫ですか?」
 空中でシーニーを抱きとめ、そのまま安全地帯へと

「シーニー! 覚悟しろ」
「えっ? ちょ、なにっ? 俺は関係な」
「猿! 空気よん」

 はこぶ前に、すさまじい勢いでつっこんできたジョージのタックルを受け、2人は別々の方角へと飛んでいき、お星様となったのだった。

 ちなみにタコは、唯斗が足を切り落とした時にできた隙を吹雪が突き、見事に調理された。土星くんは大喜び。セレスたちも恐る恐る食べた後、美味しかったのか最後は満足していた。

『うまい! お、そや。唯斗はどないしたんや?』
「唯斗……もしかして忍者の方です? でしたら……アレを倒すためお星様になったであります!」
『は? ちょ、それ』
「少し前に光ったのがそうだったりして」
「……おーい、土星くん、ルカ。何をしているのだ」
『いやなにって……お前さん、あやつのこと忘れとるんか?』
「???」
『……お前さん、タコ捕まえろって命令したやろ?』
「その方のおかげで早く捕まえられたであります」
「おー、そうなのか。じゃあ褒美をやらんとな。んー、この土星くん飴をやろう……で、どこにいるんだ?」

 彼はお星様になりました。
 どこからともなく「死んでない」という叫び声が聞こえた気がした。