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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【改めましての挨拶を君に】



 重たい空気というのは、きっとこういうことを言うのだろう。
 そんな風に思えるほどに、一行の空気は重たかった。ジヴォートは地面ばかり見ていて、時折ポケットに手を入れては唇を噛んでいた。
 ドブーツはそんな友の姿に、自身の勘違いを痛感していた。ドブーツの中で、ジヴォートの姿はほとんどあの時で止まっている。そしてあの時までのジヴォートは、ドブーツにとってヒーローだった。
 明るくて、勇気があって、なんでもできて。
 だからこそ、彼が崩れた姿にショックだったのだろう。勝手な思い込みだ。自分と同じ年の彼に期待をかけすぎていた。だからこそ、あの時だって断れなかったのだ。
 彼の本音を引き出せたエリスとの違いは、そこにある気がしていた。
(お前らがうまくやれるなら、オレもまだやり直せるかも、か)
 背中に刺さる視線は、つまり昔の自分なのだ。

(ジヴォートは、気づいてたんだろうか。俺が、自分勝手な期待を抱いていること)

 本人へ視線を送る。彼と目は合わない。


 一行に漂う重たい空気は、しかしながら2人だけが発しているものでもなかった。ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、眼鏡のずれを直した。どこか困っているように首を傾げる。
「あの……美羽さん? どうかしまし」
 いつも明るいパートナー。小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がずっと黙り込んでいるのだ。だがふいに、彼女が小さく呟く。
「え?」
「こんなの……おかしいよ」
「美羽さん」
 2人の様子が可笑しいことはとっくの昔に気づいている。だがあまりにもジヴォートが怖がっているので様子見をしていた。そしたらジヴォートは抜け出して……帰ってきた時にはまた様子がおかしい。でも恐怖は薄れているようで……そしてドブーツも。何か決意しているようで。
(うん。元から2人は互いがとても大切なのは伝わってくるもん。だから、だからやっぱり2人には仲直りして欲しい。
 それに今なら、きっと――)
 何があったのかは分からないものの、雰囲気が変わった今なら、分かり合える気がしていた。
 美羽が足を速める。ベアトリーチェが真っ直ぐ向いた美羽の目を見て察したらしく、微笑んだ。美羽の小さな手が、2人の少年の手を掴んだ。

「ジヴォ君、ドブーツ君、行こう!」
「えぁっ?」
「お、おい!」
 驚いたのは2人だけではない。イキモが声をかけようとしたのに、ベアトリーチェが話しかける。
「大丈夫です。お知り合いの方のお店にお連れするだけですので」
「お知り合い、ですか」
「はい……やはり最後は、お二人でちゃんとお話されるべきでしょうから」
 ベアトリーチェが目を細めて3人を見るのに、イキモも同じように見て、父親の顔で微笑んだ。 彼は息子とその友の事情は知らない。だが何かあるのには気づいていた。だから
「あの子らには、私達のようになって欲しくはありませんし」
「イキモさん……大丈夫ですよ、きっと」
「そ、うですな」
 イキモは頷いてから、ジヴォートたちを影から守ってやって欲しいと護衛者たちに頼んだ。


「お、おい! どこへ行くつもりだ」
「美羽? おま、何怒って」
「怒ってないよ」
 美羽はずんずんと足を動かし、少年2人を引きずるように歩く――というより走る勢いだが。
 そうしていくと、やがて周囲に指示を出している女性。イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)の姿が目に入った。
 看板には『影月』と書かれている。中をうかがうと客はまだいないようだが、酒場のようだ。
 イブは近づいてくる3人を見て少し現場から離れた。ドブーツに声をかける。
「ドウカ サレマシタ カ? 今日ハ護衛ノ依頼ハナイ ハズ デスガ?」
「いや、これは――」
「お店は入れるかな?」
 遮るように美羽が尋ねる。イブは無表情のまま少し首をかしげた。
(三人ト後ニ護衛ノ姿確認)
 ちゃんと護衛者がいるので危険はなさそうだ。しかし少年らの様子が可笑しいことにイブは気づく。近くにいるにもかかわらず、まったく目線があっていない。
 そして美和の言葉――
「実ハ本日ノ夜オープンデシテ ヨロシケレバ 最初ノオ客トシテ感想ヲオ聞カセ下サイ」
「ありがとう! それぐらいお安い御用だよ、ね。二人とも」
「ドウゾ、コチラヘ……マスターアルミナ。最初ノオ客様デス。オ願イイタシマス」
 からんっと音が鳴ると、テーブルを拭いていたハーフフェアリーの少女。アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)がびっくりした顔をした。まだオープンの時間じゃないからだ。
 だがイブが連れてきたので、驚きつつもぺこりと頭を下げた。
「い、いらっしゃいませ」
 笑顔で顔を上げたアルミナにジヴォートたちも思わず笑顔を返す。
「3名さんなのですか?」
「あ、私は他の人たち連れてくるから、とりあえずこの二人で」
「分かったー。じゃあこっちにどうぞー」
 美羽はさっさと店を出て行き、二人は断れずに席へとつく。笑顔でメニューを聞いてくるアルミナに、ジュースと軽食を頼む。
「イブ。オレンジジュースとサンドイッチのセット2つずつお願い」
「カシコマリマシタ」
 イブは厨房へと引っ込み、メニューの用意をする。

 シンプルな酒場だ。だが実は、予約者しか入れない奥の部屋がここには存在した。辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)はその部屋から店内の様子を伺っていた。
 その部屋に入るには前もって連絡して店側から送った『満月の中に蜂の姿があるコイン』を持ってきて店主に見せ、怪しまれないようなごく普通の格好で来なければならない。
 なぜそんな面倒なことを、というと。その部屋は刹那が裏家業の仕事を請け負う受付所の役目を持つからだ。
 とはいえアガルタに関する仕事は請け負わない。ここでの治安が悪くなり目をつけられたくない。
(ふむ……2人きりでも中々動かんのか。まあ、わらわには関係ないことじゃが)
 さてさて、どうなるやら、と刹那は軽く肩をすくめた。

 ジュースとサンドイッチを黙々と食す少年達。会話は無い。いや、何度かドブーツは話そうとしているが、後一歩が足りないらしい。
 その空気を感じ取ったのか、どうかは分からないが。アルミナはステージに上った。
「イブ。そろそろリハーサルしていい?」
「ハイ、チョウドイイ頃合デショウ」
 リハーサル? と首をかしげたジヴォートとドブーツの耳に、やさしい歌声が届いた。しばし聞き入っていた2人だが、やがてドブーツが口を開いた。

「俺は動物が怖い」
「っ!」

 突然の言葉にジヴォートは驚き、同時にポケットへ手を入れた。
『動物が大好きなあの子は、その記憶に怯えて素直に触れる事さえ出来ない』
 声が頭の中で響く。

「見れば、触れれば、アイツのことを思い出す。そして後悔を思い出す。あのとき止めていれば、俺がいなければ、俺が……。
 ……だけど今分かった。俺が一番後悔しているのは……お前が一番辛い時にその気持ちを受け止めてやれなかったことだ」
 ドブーツはそこで一旦切った。呼吸を整える。それから、必死に頑張って作った笑みを浮かべた。
 初めて会ったとき。話しかけてくれたのはジヴォートだった。だから二度目は自分からだ。

『俺、ジヴォートって言うんだ! お前……じゃなかった。君は?』
「俺はドブーツ・ライキ。お前は?」

 友として在るために。もう一度交わそう。

 ジヴォートは、ずっと力を入れていた唇を介抱した。そしてポケットから弾丸を取り出す。
「シンクロショット、か?」
「ああ……ここにあいつのの記憶が入ってるらしい」
 息を呑んだドブーツに、ジヴォートは笑った。泣く一歩手前のような顔で

「お、れはジヴォート・ノスキーダ……

 そっちのお前は、なんていうんだ?」

 そっちの、と弾丸を見下ろしたジヴォートに、ドブーツは彼の意図を悟った。そうだな、と頷く。あいつもいないと意味がない。
 首元に手をやり、かけていたチェーンから金属の板を取り外して、ジヴォートに見えるようにテーブルに置いた。
 そこには、こう書かれていた。

『ネクト』

 2人の、友の名前が。


「「ごめんな……それと、ありがとう」」
 もう、俺達は大丈夫だから、安心してくれ。


 どこからか。犬の鳴き声が聞こえた。



* * *



 全暗街、『佐々布修理店』前。
 小さな身体で大きな声を張っているレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)がいた。
「イコプラ大会やってるよぉ。飛び入り参加大歓迎! イコプラ初心者も、持ってない方も参加OKだから、気軽に声かけてねぇ」
 ジヴォートは「お?」とそちらを見た。ドブーツはレナリィを見て
「……素晴らしい商品だな。イベントの宣伝も出来るとは」
「一応言っておくけどよ。あいつはレナリィ。れっきとした機晶姫で、商品じゃないぞ」
「なっ! わ、分かっていたが、冗談というやつで」
「まっ恥かしがるなよ。俺も最初は間違えたしな。はっはっは」
「笑い事か!」
 笑顔でレナリィの方に手を振るジヴォートの頭をドブーツがはたく。そんな様子に、手を振り返したレナリィも笑った。
「そうです。上手上手……レナリィ? 楽しそうですね」
 近くで初心者にイコプラを教えていた今回の大会主催者、佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)が顔を上げた。今回はイコプラ大会の模擬テストとして小規模開催だったのだが、観光客も寄ってきてくれてそこそこ賑わっていた。
(レナリィの宣伝のおかげですね)
 街の人たちも中古のイコプラを手に来てくれた。優勝商品は修理無料券。観光客には不要かもしれないが、街の住民にとっては嬉しい景品だったのかもしれない。
「えっとね。あっちにジヴォートさんたちが」
「おや……ほんとですねぇ。ふふ、とっても仲がいいみたいですね」
「でしょぉ?」
 何事かぎゃーぎゃーと言い合っている様子に、牡丹も口元を押さえてくすくすと笑った。

「ほらっお前が騒ぐから牡丹たちが笑ってるだろ」
「誰のせいだと」
 ぜーはーと肩で息をするドブーツは、思い出していた。そういえば、昔からこうやって振り回されまくっていた、と。
(……体力つけないといけないな)
 ケロっとしているジヴォートを見て、トレーニングの必要性を覚えた。
「よしっじゃあ俺達も参加しようぜ、イコプラ!」
「はぁっ? しかし俺はそんなもの持ってないぞ」
「貸し出しやってまーす」
「だってさ」
「いやっしかしだな。予定というものもあって」
 止めてくれと一行の代表者であるイキモを見れば

「おおーっこれが噂のいこぷらというものですか! 素晴らしいですな」
「分かりますか? どうです? あなたも参加してみませんか」
「よろしいのですか! 楽しみですなー」
 もうすでに目を輝かせて参加登録していた。なるほど、たしかに親子だとドブーツは思い知る。
 イキモが参加したということで一行は続々と会場へと向かっていく。そんな中でドブーツだけがまだ抵抗していた。
「むーん、まだドブー君は」
 美羽はそんなドブーツに不満げな顔をした。ベアトリーチェがなだめる。
「まあまあ美羽さん。……ほら、見てください」
「あ!」
「ふふ……これでネクトさんも安心ですね」

『なあなあ。俺達の間だけの呼び名考えようぜ』
『僕たちだけの?』
『ああ。……たとえばお前はさ』


「ほらっ行くぞ! ドーツ!」
 懐かしい響きに、ドブーツは目を丸くし、こけかけ、笑われ、笑った。

『うん、ジヴ君』
「ああ、今行くよ……ジヴ」

「よっしゃ、勝負だ! 俺が勝つ!」
「私だって負けないもんね!」
「ルール説明するよぉ。不正は許さないからねぇ」
「ここをこうしてこう……ふん。完璧だ」
「ふふ。なんだか燃えますな。本格開催する時はぜひ連絡ください。お手伝いさせていただきたい」
「わぁっありがとうございます!」
「美羽さんもジヴォートさんもドブーツさんもイキモさんも、みなさん頑張ってください」
「大会はトーナメント式だよ。受付で引いた番号順になるからねぇ」

「ではただいまより、第一回全暗街イコプラ大会を開催します!」

 そこには、笑顔が溢れていた。