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恵みの儀式

「少し行き詰ったかな」
 湯るりなすにて恵みの儀式の研究を行っていたアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は一緒に研究をしていた契約者たちに断りを入れて施設の外に空気を吸いに着ていた。
「初めまして、この村の情報管理をしている佐野和輝だ」
 ため息をついていたアゾートにそう言って話しかけるのは佐野 和輝(さの・かずき)。彼自身が言う通りこの村の情報管理を一手に引き受けるものであり、同時に粛清の魔女ミナのもとで動くものでもある。
「?……ボクに何かようかい?」
「いえ……高名なあなたがこの村に何のようで着たのか興味がありまして」
「ふーん……それを答える前に聞きたいんだけど、後ろの子はなんだい?」
 和輝の態度にうそ臭いものを感じながらアゾートはそう聞く。
「すまない。アニス……この子は少し人見知りなんだ」
「そうであるならわざわざボクとの挨拶につれてこなくてもよかったんじゃないかな」
「それはそうなんだが……少し事情があってな。今はできるだけ一人にしたくはないんだ」
 少しだけ雰囲気を変えて和輝はそう言う。
「なるほど……先ほどの質問の答えだけど、この村にあるシステム『恵みの儀式』に関する調査・研究だよ」
「ふむ、他言無用を厳守できるなら協力することが可能だが、どうする?」
 情報を管理しているものとして協力できることがあると和輝は言う。
「そうだね、調べる方向性の参考になるかもしれない。情報があるならもらうよ」
 行き詰っていたこともありアゾートはそう言う。
「では、此方が保有している情報を渡そう……ああっ、対価という訳ではないが、結果について此方に報告をして欲しいな。もしかすると、新しい情報を渡せるかもしれない」
「研究結果について特に自分で秘匿するような気はないよ。村長に全て伝える予定だから……情報を管理するキミなら知れるはずさ」
「なるほど……では、情報を渡そう」
 そうして和輝から伝えられるのは繁栄の魔女・粛清の魔女に課せられた枷についての情報(詳しくはマスターページ参照)。
「貴重な情報をありがとう。……うん。どういった方向性で調べるか決まったよ」
 そう言って挨拶もしかしかに和輝のもとから去るアゾート。
「……アニス。アゾートについて何か分かったことはあるか?」
 和輝は後ろから出て前に出てきたアニス・パラス(あにす・ぱらす)にそう聞く。
「うーんと……悪い人じゃない……かな? 嘘もついてないと思う」
 感受性の高いアニスがアゾートを観察した結果を伝える。
「スフィア」
「身体情報や彼女の行動履歴を調べましたが特に問題は見つかりません」
 和輝の呼びかけに聞き返すこともなくスフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)は端的にパートナーの求める答えを返す。
「賢者の石の研究に関する熱意には並々ならぬものがあるようですが……それも特にこの村に害をなす類でもないようです」
「うん。『賢者の石の人』ってアニスでも知ってるくらいだもんね」
 スフィアの言葉にアニスはそう反応を返す。
「研究者としてある程度名の知れている相手だ。俺が渡した情報から新たな事実が導ければ良いが」
「あの魔女もあの事件から接触を見せませんからね」
「手がかりといえば……」
 ちらりと和輝はアニスを見る。その胸元にはペンダントのようなものがある。アニス自身いつの間に手に入れたか分からないペンダントだが、つけていると安心するとこの村にいる間はつけていた。
(おそらくアニスの記憶に混乱が見られる前村長の死の時……前村長が持っていたものだろうが……)
 このペンダントが大事なものであるのは分かる。だが、これは恵みの儀式の真実につながるものではないという予感もあった。
(……今はとりあえずアニスの精神安定に役立っていてもらおう)
 そう思い、和輝はアニスたちをつれ情報整理のため自分たちの拠点へと戻るのだった。


「アゾートさん。おかえり。息抜きはできた?」
 湯るりなすに研究の為に借りた一室で、戻ってきたアゾートに清泉 北都(いずみ・ほくと)はそう声をかける。
「有意義な時間がすごせたよ。方向性も決まったし、一先ず一つくらいは分かることがありそうだ」
 アゾートと北都がそうして話す中、白銀 昶(しろがね・あきら)は帰ってきたアゾートからする匂いに鼻をぴくぴくさせていた。
「(北都……アゾートから嫌な匂いがする)」
 パートナーを引き寄せて小さな声でそう伝える昶。
「(もしかして前の仮面の女?)」
 昶の言葉に心当たりのあった北都はそう聞く。
「(いや……覚えてる匂いとは正確には違う。今アゾートからするのは女の匂いだ。だが、無関係とも思えない)」
 昶の言葉に頷き北都はアゾートに話しかける。
「アゾートさん。休憩中誰かに会わなかった?」
「あったよ。この村の情報を管理してるって人に」
「……どんな人でした?」
「あまり信用できるようなタイプの人じゃなかったと思うよ。ボクを利用としていたのは確かだと思う」
 でも……とアゾートは続ける。
「彼が持ってきた情報は信頼できるかな。それに悪い人でもなさそうだ」
 自分を利用しようとしていた相手にその評価になるのは彼のパートナーを話す時の雰囲気のせいだろうかとアゾートは思う。
「どちらにしろ、キミ達に案内してもらったアルディリスの遺跡での情報と、彼の情報。あとはここの温泉をもう少し調べれば一つの答えが出そうだよ。ありがとう」
 アゾートと共同で儀式の研究をすることになった時、北都たちがアゾートに提案したのは遺跡都市アルディリスの調査だった。自分たちがあの遺跡で分かったことを実地で伝え、アゾートが新たな発見をしないかと案内した。
「礼はいらないよ。僕たちも真相に近づきたいから。それに……あの魔女の気持ちは少なからず誰かに知ってもらいたかったし」
「それはどうして?」
「それは……」
 あの遺跡で粛清の魔女の想いに触れた北都が感じたのは共感だった。
 誰かに役に立てるという想い
 ただそれだけを糧に精一杯生きていた小さきころの自分の記憶を北都は思い出していた。
「とにかく、あの『ミナス像の祈りのシステム』を作った奴らが恵みの儀式に関係していたのは間違いないと思うぜ」
 都市の中心部にあったミナス像。それには人々の祈りを二つの場所に伝える機能があった。一つは繁栄の魔女ミナスの部屋。もう一つが衰退の魔女ミナの部屋。
「その人たちの研究施設が見つかればいろいろ分かりそうなんだけどねぇ」
「今はそういった人たちの存在があったと分かっただけでも十分だよ。彼の情報と合わせて一つ確信できたこともあるし」
 そう言ってアゾートは続ける。
「それじゃ、もう一度温泉の調査に戻ろうか。多分次で一つの真実に近い仮説が立てられると思うよ」


「さてと……これで一つの仮説が立てられるかな」
 アゾートは試験管に入れた各湯(恋愛成就の湯や金運の湯など)の成分を調べ終えてそういう。
「アゾートさん。儀式の調査でどうしてこの温泉の湯を調べているかよく分からないのですが……」
 途中から研究に参加した御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナーである御神楽 舞花(みかぐら・まいか)はアゾートにそう聞く。
「最初からそうじゃないかと思っていたことだけど、この温泉の各種様々な効果は全て恵みの儀式……繁栄の力によってもたらせているものだよ」
 研究の結果、それが確実になったとアゾートは言う。
「どうしてそう言えるのでしょうか」
「第一に、この温泉にある湯は全て同じ成分だよ。それなのにその効能はそれぞれの湯で違う」
「……プラシーボ効果というものでしょうか?」
「それに近いかもしれないね。ただ、それだけじゃない。そこに繁栄の力が加わってくる」
「そうなると?」
「繁栄の力はあらゆるエネルギーに変換できる力だよ……だからこそボクも利用できないかと思ったわけだけど……それはつまり魔力や体力はもちろん、運気といった見えない力にも変換できるということだよ」
「もしかしてこの温泉は……浸かった人の願いを感知してそれを叶えるために必要なエネルギーを与える効果があるということでしょうか?」
 アゾートの説明を受けて舞花はそう結論を出す。
「それほど大きな力を与えるわけではないけどね。『願いの湯』とでも言うのかな」
「……けれど、それでは温泉のことは分かっても儀式のことについてはまだよく分かっていないんですね」
 少しだけ残念そうに舞花は言う。
「そうでもないよ。これまでに与えられた情報と、この温泉の効果の調査結果で一つの仮説が立てられた」
 残念がることはないよとアゾート。
「恵みの儀式にはけして変えることのできない『ことわり』の部分と、人に作られた『仕組み』の部分がある」
 温泉の効果は契約者にも1000分の1程度だが効果があったこと(もしも願いを読み取る機能が儀式の一部であるなら契約者がよほど強く願わなければ効果は現れない)や、魔女に課せられた枷があまりにも人が儀式を管理するのに都合が良すぎること。
 他にも小さな理由はあるが、主にそのような点からその結論に達したとアゾートは言う。
「……では、もしかして繁栄の魔女が死んだ人のことを忘れてしまうというのは……」
「繁栄の力は『可能なことは全て技術さえあれば可能にする力』だよ。……魔女が私欲で人を生き返らせようとしないようにだろうね」
 条件はあるがこのパラミタで人は生き返る。無論簡単ではないが……なんにでも変換できる力をいくらでも借りることができるのならそれは普通よりも簡単だろう。そしてそれは都市を発展させようとする人たちにとってはマイナスでしかない。
 都市を発展させる為に使われるはずの力が別のことに使われることを防ぐ為だろう。……魔女の枷に人を生き返らせてはいけないとないのはあるいは自分たちは生き返らせてもらおうと考えていたからだろうか。
「それでは……もしかすれば魔女の枷はなくすことが……?」
「仕組みを作った人たちの研究施設が見つかれば可能かもしれないね」
 ただと続ける。
「既に消された記憶が元に戻るわけじゃないけどよ」
「……それでも、今はよりかは希望があります」
 これ以上ミナホの大切なものが奪われない……そうできる可能性が分かっただけ舞花は嬉しくなるのだった。