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魔女と村と音楽と

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魔女と村と音楽と

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アーデルハイト

「ふむ……ここがニルミナスじゃの。しかし……これはそういうことなんじゃろうな」
 ニルミナスの北部にある入り口にて。アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は少しだけ寂しそうな表情で頷く。
「ここから見える準備が音楽学校の準備のようじゃの」
 事前に報告にあったとおり音楽学校は村の北部に作られているようだ。既に土台部分はほぼ完成に近づいている。
「アーデ。いらっしゃい」
 村の様子を観察しながら村の入り口をくぐったアーデルハイトに声がかかる。
「ルカルカか。おまえが出迎えかの」
「ええ。アーデと知り合いってことでね」
 そうして挨拶を交わしながらルカルカ・ルー(るかるか・るー)は考える。
(……ミナスのことをどう打ち明けようかしら)
 以前に話を聞き、ルカルカはアーデルハイトとミナスが顔見知りであったことを知っている。けれどそのミナスは十年前に死んでしまっていた。
「……ミナスはもうこの村にはいないのじゃろう?」
「っ……どうしてそれを?」
 どう切り出すかを考えている間にアーデルハイトのほうからそう切り出される。
「ミナスはいたずらな面があったからの。そのミナスが『村が大きくなったら招待する』と約束していたのじゃ。だとすれば私が驚くくらい大きな村にしてから招待するはずじゃ」
 村の良し悪しはまだ分からない。けれど、自分が驚くほど大きな村ではないのは確かだとアーデルハイトは言う。
「村を出て行ったのか死んだのかは分からぬが……ルカルカの様子を見る限り死んでしまったのかの」
「ごめんなさい。本当はミナスの墓に案内したかったんだけど……それがどこにあるか知らないの」
 ミナスの夫であった前村長であれば知っていただろうが、彼はもういない。ゴブリンキングやコボルトロードでさえ知らないらしい。前村長が死に、ミナホがその記憶を失った今、ミナスが眠っている場所を知るものはもういないのかもしれない。
「おまえが謝ることでもないじゃろう」
 気にすることはないとアーデルハイトは言う。
「アーデは……悲しくないの?」
 逆に気を使われていることにルカルカはそう聞く。
「さて……の。私にもよく分からんのじゃ。……あのミナスが死んだ、それが信じられぬのかもしれんの」
 だから今は悲しむとかそういう段階ではないと。
「とにかく今はこの村を……ニルミナスを案内してはくれぬか」
「……そうね」
 そこでルカルカは一つ息を吐く。そして場を改めるようにして言う。

「ニルミナスヘようこそアーデ。村を案内するわ」


「ついたわアーデ。ここがニルミナスにおける契約者たちの拠点の宿。『ウエルカムホーム』よ」
 村の北部から一直線。村の中心部に近いところにあるウエルカムホームまでアーデルハイトを先導してきたルカルカはそう言う。
「そしてこの子が……」
 ウエルカムホームで待っていた穂波をルカルカは紹介しようとする。
「その子のことは知っておるよ。美奈穂はじゃろ? 最後にあったときから変わっておらぬのぉ」
「? いや、この子はミナホじゃなくて穂波……でも、確かに似ているような気も……」
「ふむ、美奈穂ではないのか。……よく見れば目の色が違うの」
 穂波を観察してアーデルハイトはそう言う。
「はじめましてアーデルハイト様。藤崎穂波と申します。今回、あなたの視察をお手伝いすることになりました」
 そう言って丁寧にお辞儀をする穂波。
「ふーむ……藤崎ということはやはりミナスとあの男のムスメじゃな。どうりで美奈穂に似ているわけじゃ」
 アーデルハイトの得心の言った様子とは裏腹に穂波は寂しそうな顔で首を振る。
「いいえ、私はおじいちゃん……藤崎将と実際の血の繋がりはありません。ミナスさんとの面識もないんです」
「どうやら少しばかり面d……複雑な関係のようじゃな」
「……本音出てるわよ。とりあえず此処から先はこの子と他の契約者が案内してくれるわ」
 ルカルカはそう言う。
「お前はこぬのか」
「本当は付いて行きたいんだけどね。アーデを案内したいって人が多くて……流石に大人数でぞろぞろと視察するのはいろいろ大変でしょ?」
 だから今回分担して案内することになったとルカルカは言う。
「そういうことなら仕方ないかの」
「私も残念なんだけどね。また今度機会があったらゆっくり村を一緒に回りましょう」
 ルカルカはそうしてひとまず別れの挨拶をしてアーデルハイトたちのもとを離れる。
「それではアーデルハイト様。参りましょうか」
「うむ。よろしく頼む」


「ふぅ……なんとかアーデルハイトさんがくるまでに間に合いましたね、主」
 ニルミナスの村。比較的東部にある場所。芦原 郁乃(あはら・いくの)が所有する廃屋……もとい住処の中で蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)はそう言う。
「少し焦ったよ。……これでよし……っと」
 マビノギオンの言葉に頷きながら郁乃は廃屋……もとい廃墟の入り口に立て札を立てる。『郁乃の家』。
「しかし主……本当にここどうしますか?」
 郁乃たちの村の拠点であったこの家はさんさんたる有り様だ。ゴブリンたちの集落に家はあるから済む所に困るわけではないが、いろいろと思い出のあるこの家をこのままにしているというのもマビノギオンとして思うところあった。
「ちゃんと考えるよ。……あ、マビノギオンお酒ちゃんと出来てるよ。キングのおみやげにしようか」
 だいぶ前に寝かせておいた果実酒。それが廃屋の中で見つかる。
「……本当ですね。ちゃんと飲めそうです」
 偶然なのかなんなのか。果実酒はいい状態で見つかる。
「郁乃さん、いらっしゃいますか?」
 そうして過ごしている内に家の外から約束していた時間通りに穂波の声が掛かる。
「いろいろ考えることはあるけどさ。今はとにかく案内しようか。私達が今住んでいる場所を。この村とはもう切っても切り離せない場所を」
「そうですね。アーデルハイトさんはミナスさんと知り合いだったようですし。キングとの邂逅には意味があると思います」
 この村にはもうミナスの人となりを知っている人間はいない。知っているのは森のゴブリンやコボルトたちだけだ。……あるいはミナスの書でもあった自分もとマビノギオンは思うが、魔導書として存在する前であったことのためか、あるいは儀式の影響か。ミナスに関する記憶はマビノギオンの中にはなかった。
「それじゃ、行こう。ゴブリンたちの集落に」

 郁乃のその言葉を始まりに行われたミナの森とゴブリン集落の案内。その最後にアーデルハイトはゴブリンキングと二人きりで話をしていたが、その内容は二人以外誰も知らない。