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バレンタインは誰が為に

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バレンタインは誰が為に
バレンタインは誰が為に バレンタインは誰が為に

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「地球の父さん・母さんに送ったカードとチョコは、届いたかなぁ?」

 一方、そんな戦いがあったとは知らぬまま、高崎 朋美(たかさき・ともみ)高崎 トメ(たかさき・とめ)も、丁度買い物を終えて、帰路につく所だった。
「チョコレートもええけど、お饅頭とか大福餅とかの和菓子も、ほっこり心があったこぅなりますわな」
 バレンタインデーとは言え、寒々しい日々である。
 こんな日は炬燵に限る、ということで、家族の皆で炬燵でほっこりするための準備として、バレンタインデー用のチョコレートや、和菓子を袋一杯に買い込んだのだ。
「朋美、あんたもはよぉ、ええ人みつけて……あったこぅなんなはれや、えぇ?」
「聞こえませーん」
 いい加減その攻撃にも飽きた、とばかりの態度で、朋美はつーんと視線を逸らした。
「ボクは家族みんなでいれば、あったかいもん」
 そう言って、朋美は僅かに表情を緩める。
 特別に「バレンタインだから」なんて言わなくても、「ラブ」はいつでもいっぱいあるものだ。「バレンタイン」とう「日」は、きっかけや目安みたいなもので、ラブを確認するだけの機会であるだけ。朋美はそう言ってトメに親愛を込めて微笑んだ。
 バレンタインらしくはないが、確かにこれもラブには違いない。心温まる光景ではあるが、ヘイトに侵された暴徒達には、そんなラブの違いなど知ったことかとばかりに襲い掛かって来た。勿論、一人身にはそんな光景なんて縁がねえよ、というヘイトも混じっていたからに相違ないであろう。
「なんや、殺伐とした気配が襲いかかってきますなぁ?」
 それを、歴戦の防衛術で巧みに捌きながら、トメは溜息をつくのに、朋美がそういえば、と思い出すように首を傾げた。
「なんだっけ、さっきラジオでやってたけど、ぶらっく・ばれんたいんって人が、チョコが貰えない僻みのパワーで、リア充爆発しろって暴れてるらしいよ」
「人じゃねえ、精霊だ! それに僻みじゃねえ!」
 朋美の言葉に、唐突に現れたのはぶらっくだ。色々とつっこまずにはいられない男である。律儀にこの暴挙へ至るまでの経緯を説明し、改めてステッキを構えて暴徒達へ指示を出そうとしたらしいぶらっくだったが、それより早く「バレンタインの精が忙しすぎて……って、それはそのご苦労様に、あたしらがきちんと感謝しやんとあきませんなぁ」とトメが気安い調子でその肩をぽんぽん、と叩いた。
「一緒においでなはれ。みんなで楽しゅう、お茶とお菓子で、まったりいい時間をすごしまひょ」
「は?」
 突然のことにあっけにとられているぶらっくの反応をどう思ったのだか、トメは構わず
「俺の場所はない? いやいやあんさん一人くらい、どうちゅうことはないわいな」
 とマイペースである。
「そうですよね」
 と、そこへ現れるや否や同意したのは主催者(と勘違いして)ぶらっくを追いかけてきたフレンディスだ。
「そんなにお忙しいのに、こんな祭りを主催して下さるとは、頭が下がります」
 こちらは更に斜め上の勘違いが含まれているが、最早ぶらっくはツッコミどころを見失って「へ?」だのと滑稽な反応を返すばかりである。
「というわけで、感謝チョコを差し上げたいと思います故、どうぞ、お受け取りくださいませ」
「いつもありがとう!」
 そう言って、朋美からフレンディスから(ついでにトメから)手渡されたチョコやら菓子やらに目を白黒させていたぶらっくは、うっかりありがとう、と口走りかけて、はっと気付いて飛び離れた。
「何勘違いしてんだ、そういうことじゃねえし! そんなんでほだされねえし!」
 そう言ってなんとか逃げ出したが、気分は優れないようだった。何か根幹から崩れてしまいそうな気がしたからである。その光景を見ながら、ぴゅあは意味深に笑みを深めて、からかうように肩を竦めて見せた。
「絆されかけててよく言うのですぅ」
「違ぇ!」
 条件反射のような叫びはしかし、気のせいか余り力がないように思えた。


 そんな、ぴゅあとぶらっく二人が言葉を戦わせている中、それを打ち消す勢いで、キーンという独特のハウリングと共に流れて来たのは、ラジオの声だった。緊急ニュースの放送最中だったが、ヘイトに立ち向かうにはラブを放出しなければ! ということで、再び番組が当初のコーナーに戻ったようだ。
 ただし、「視聴者からあの人への愛を叫ぼう!」という趣旨のコーナーは目的を変更したようで、音量をめっぱいに上げたマイクから、詩穂の声が至るところのラジオスピーカーから流れ出た。
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)ちゃんが大好きです!』
 その第一声から続いたのは、詩穂の熱烈なアイシャへの愛のメッセージだ。公共の電波だろうがなんだろうが、構うことはないという勢いである。
『カッコイイからと、かかわいいから、みたいに「――だから」好きってのは、本当の愛情じゃないよね。
 そう、女の子「だけど」好き』
 熱心に語る声は、不特定多数へ聞かせる語調であるが、当然届けたい相手は一人しかない。 
『はじめて私たちが出会った時のように、やっと普通の女の子に戻ってきてくれたアイシャちゃん。
 隣の並ぶに相応しい詩穂になりたいから、アイドルとしての詩穂以上に、女の子としての詩穂をみんなも応援してくれると嬉しいです☆』
 そう締めくくった後、詩穂はがっとマイクを握り締めると、声を限りにその愛を外へと振り絞ったのだった。

『大好きだよ、アイシャちゃん―――!!』




 そんな愛の叫びを聞きながら、こちらも負けていられませんね、と歌菜は奮起したものの、そこではた、と気付いてその頬を赤らめた。
(愛を叫ぶ……って、冷静に考えたら、物凄く恥ずかしいです! ど、どどどどうしようっ)
 今更になってそのことに思い至った歌菜は、軽いパニックと共に同行する一同を見やって「そうだ!」と手を叩いた。
(一人で叫ぶから、恥ずかしいんだ。けど……)
 それは中々良い案に思えたが、問題はその相手である。ちらりと一度恋人の方を見たが、一瞬にして真っ赤になってぶんぶんと首を振った。
(羽純くんに一緒に……と頼むのも、恥ずかしすぎますっ)
 そして、混乱すること数秒。恥ずかしさとパニックはいよいよマックスになったようで、同じ女性である筈のアニューリスの存在を思い至るよりも先に、がっしとディミトリアスの腕を取っていた。男性と認識されていないのかもしれない。
「ええと……ディミトリアスさん! 一緒に愛を叫びましょう!」
「……俺が?」
 指定されて、案の定ディミトリアスは目を瞬かせた。流石に羽純もそれは言う相手が違うんではないかと思ったが、それにツッコミを入れる余裕もあまり無さそうだ。
「その間は、ヒルダたちが守るわ!」
 一度は頷くと、まずはヒルダが庇うように前へと出、その後方で丈二も構えを取り、歌菜を守るように羽純も位置についたところで、ディミトリアスは困惑しながらも口を開いた。
「一万年経とうが、今も変わらず、アニューリス……君だけを愛している」
 天然だの不憫だのと密かに渾名されているらしいディミトリアスの、言葉は呆れる位にド直球であった。これで照れる気配もなければ躊躇うこともないあたりがディミトリアスである。それを頬を染めすらせずに受け止めるアニューリスも大概だとは思うが。
「この先たとえ何があっても、何年経とうとも、俺は君だけのために生きて、君と共に死ぬ」
 重い。と一同の心中は突っ込みを入れていたが、ヘイトのほうもなんだか妙なダメージを受けているようで、ちょっと動きが鈍っている。正しく表現すれば「引くわー」だろうか。勿論当人達は知ったこっちゃないだろうが。
「重かろうが軽かろうが、ラブはラブであります! 成敗するであります……!」
 兎も角、更にヘイトたちを煽ることにもなった二人の様子に、ヒルダも奮起して、いつの間にか暴徒の中に紛れ込んでいた吹雪や色花たちと激闘を栗hロゲテいると、二人のラブなそれにあてられたのか、素直な決意はぽろりと口から滑っていた。
「この戦いが終ったら……チョコを丈二に渡すんだっ!」
「えっ」
 それに、思わず手を止めたのは丈二だ。その意味を理解するのに時間はさほどかからなかったが、その数秒間は案外致命的だった。
「……!!」
「おや、お見事」
 その僅かな隙に枝々咲 色花(ししざき・しきか)の放ったチョコレート弾は、アニューリスを庇ったディミトリアスの顔面へと綺麗にヒットしたのだった。ちなみに飛沫の方はアルケリウスが食べたようで、アニューリスには欠片ほども汚れ気配が無いあたりは、何のかんの流石と言うべきなのだろうか。
 しかし、どうやら丈二達のわだかまりは解けたようだが、溶けたチョコでディミトリアスはドロドロである。
「ディミトリアスさんの犠牲は無駄にしません!」
 それに再び熱く奮起したのは歌菜だ。気を取り直してくるりと姿勢を正して、羽純に正面から向き合うと、矢張り襲ってくる羞恥に顔を真っ赤にしながら、それでも声を振り絞った。
「……羽純くん、大好きッ」
 心を込めた最大限の告白のつもりだったが、予想に反して羽純の反応は鈍かった。
「それでは足りないんじゃないか?」
「……え?足りない?」
 思わぬことを言われて、歌菜が戸惑っていると、羽純は面白がっているのを悟られないように口元を隠しながらディミトリアスをチラリと見やった。
「あの告白を聞いただろ? ……あれに負けないぐらいじゃないと、パワーが足りないんじゃないか?」
 そう言われてしまうと、歌菜も出来ないとは言えず、色々考えたが、情熱的な言葉は沸いて来ないのか、色々と考える端からそれは口から漏れて出て行った。
「時々ちょっと気紛れで意地悪だけど……優しくて、あったかくて……美人さんで……傍に居るとドキドキして……」
 それが一つ一つ告白だということにも気付いていないのだろう。放っておくとこのままどこまで行くかわからない告白を聞きながら、羽純は目元を緩ませた。
(ああ、本当に可愛いな……)
 こういう些細なこと全てが、可愛らしくて愛しい。堪らなくなって、羽純はその体を抱き寄せると、その唇をあわせた。驚きとあわせて真っ赤になっている歌菜に微笑んで、羽純はそのまま上唇をそっと食んで振動が伝わるような距離のまま、染み込ませるように囁いた。
「歌菜、愛してる」
 低く響いた声に、歌菜が抗えよう筈が無い。頬が熱くなるのを感じながら、その腕を恋人の背中に回すと、自分からも深く唇を合わせていく。そうなると最早二人だけの世界だ。羽純は、衆人観衆何するものぞと、見せ付けるように更に深く唇を重ねる。と言うか本当に見せ付けているというよりは、そこが彼らのステージの上であるかのように世界が広がっており、ヘイト達はまるで手が出ない有様である。
「く……なんだこの光……ッ」
「まぶしーですぅ。すごいラブの光ですねぇ」
 ちなみにその光には、さすがのばれんたいん達も、眩しそうに目を覆わんばかりだ。それを地上でダイレクトに受けているヘイトサイドの吹雪や色花には、精神的なものを越えて物理でもダメージを与えられているような心地である。

「く……、このままでは我々が影響を被るでありますね」
「……仕方ありません、一度退却しましょう」

 そう言って、吹雪と色花はその場を逃……いや、後にしたのだった。