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バレンタインは誰が為に

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バレンタインは誰が為に
バレンタインは誰が為に バレンタインは誰が為に

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 一方こちらはヒラニプラの一角。

 恐らくシャンバラ中でも此処ほどヘイトに満ちた場所は無いであろう。
 そんな年中無休、大絶賛仕事中、な面々の固める教導団本部では、爆発しかかるヘイトオーラと、団長への畏れからなる自制心との戦いで満ちていた。
 バレンタインと言う行事に関心がない者や、妻帯者、あるいは恋人のいる者でも、わざわざ休暇をとるような同僚が出たりと、周囲がバレンタイン一色に浮かれる最中に、黙々と仕事に向かうというのは、ヘイトが沸くのも当然と言うもので、人一番無縁だと自認する叶 白竜(よう・ぱいろん)にして、じわじわとヘイトの黒いオーラが滲んでいる。
「もうちっと気を緩めろよ。眉間にシワ寄ってるぞ」
 呆れたように言ったのは世 羅儀(せい・らぎ)だ。元々アジアの山深い山村の少数民族の出身であるため、そういう行事に全く縁の無い白竜に比べて、羅儀の方は日本式のバレンタインデーのノリは理解しているためか、割合に平然としているようだった。
「そんな顔してると、何事かと思われるだろ……あ、ほら来たみたいだぜ?」
 小言を言いかけた羅儀は、無機質な空間に鮮やかな色彩が入って来るのを見て、白竜の肩を叩いた。
「ツライッツさんとチェイニがリア充してるってのに、俺らはなんだって仕事してるんかねぇ」
「しょうがないでしょ。リーダーの運転最悪なんだからほっとけないし。どうせ暇なんだから良いじゃない」
「最悪……って、そこまで言わなくても良いだろう」
 周囲から浮いた明るい声に、待ち人の来訪を悟って、白竜は顔を上げた。クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)と、彼女の率いる“ソフィアの瞳”調査団の面々だ。
 仲間同士の気安さか、普段とはまた少し違った雰囲気のクローディスに、我知らず白竜は表情を緩めていたが、当の本人が振り向くと思わず視線を書類へと落とした。その態度に呆れた溜息をつきながら、クローディスを白竜の方へ誘導すると、そこそこに顔馴染みの面々を連れて少し離れた席を勧めた、が、その行動の意味合いを肝心の当事者達がまるで判っていないようで、揃って首を傾げると、それが当たり前と言うように、仕事の話へ入ってしまうのに、一同は盛大に溜息を吐き出したのだった。

 そんな溜息をつかれているとは露知らず。
 バの字も滲む気配の無い会話は続いていた。
「ペルムの領海で、つい最近発見された遺跡の調査を依頼されている。場所も場所だからな、警備の必要性が高そうなんだが……お願いできるだろうか?」
 クローディスの問いに、白竜は間を置かず頷いた。
「自分の役割は、あなた方が安全に探索できるよう努めることです」
「頼りにしてるよ」
 言葉は硬いが、そんな態度も慣れたもので、クローディスは少し笑うと仕事上の顔から少し砕けて姿勢を緩めた、ところ、不意に白竜は「それ」を見つけて目を瞬かせた。その視線に気付いて「ああ、これか」と机に置いたのは矢張りチョコレートのようだ。
「ここに来る前に貰ったんだ。それまでバレンタインだってことをすっかり忘れてたよ」
 直前まで遺跡に潜りっぱなしだったからな、とクローディスは笑ったが、バレンタインとは恋人同士のイベントと言う認識が蘇って、微妙な何かが過ぎるのに白竜が軽く困惑していると、それには気付いていないようで、クローディスは「この時期はチョコがかさばるんだよな」と呟いて、そういえばと首を傾げた。
「君は貰ったりはしないのか?」
 その言葉に、白竜は更に微妙に困ったような顔をすると「貰わないと言いますか、貰うわけにもいかないと言いますか」と言い回しを探すようにして、暫く沈黙すると、溜息にも似た声で吐き出しはじめた。
「情報科という立場上……家族や恋人のような「大切な人」は作れないので」
 その相手がテロに狙われるかもしれない。人質にされる事態が起こるかもしれない。それを考えれば、危険と判っている立場に、誰かを据えるべきではないのだ。そう、珍しく本音で漏らされた苦い声に、クローディスは「……残念そうに聞こえるのは、私の願望が過ぎるかな」と独り言のように言った。
「作れないというのは、作りたくないのとは違うんだろう?」
 虚を突かれたような顔で瞬きする白竜に、少し笑ってクローディスは続ける。
「大切な人を失ったり、傷付ける恐怖や苦痛は、私も知っている。だから作れない、というのも分かる。だが、恐れて突き放した所で、その恐怖から逃れられるわけじゃない。それに……そんな風に拒んでばかりではあんまり、寂しいだろう?」
 何処か自分にも言い聞かせるような口調で言ったクローディスは、ただ耳を傾ける白竜に「それに大切な存在というものは、どうしたって出来てしまうものさ」と明るい調子で言うと、ふと、軽く悪戯っぽいような、困ったような顔でクローディスは首を傾げた。
「君のそう言う………範囲の中に入れて貰えているのじゃないか、と思っていたが、私の自惚れだったか?」
 その言葉を数秒かかって飲み込んで、白竜が口を開きかけた、その時だ。

「非リア充の叫びを確認……ッ! これはリア充の気配でありますか……ッ!!?」

 ばーん! という豪快な音と共に、ドアを蹴破る勢いで飛び込んできたのは吹雪と色花である。どうやら二人の気付かないうちに、相当に周囲に溜まっていたヘイトが呼び寄せたらしかった。その中で一番ヘイトを渦巻かせていたのは羅儀であったとかなかったとか。
 それはさておき。
「……食らうと良いのです……!」
 吹雪の派手な登場に皆があっけに取られていた瞬間。その影に密かに隠れていた色花の工事用ドリルが炸裂した。勿論、バレンタインの精たちの力の影響下にあるおかげで、全てはチョコレート化しているのだ、威力はない。が。
「あ――……」
「……すいません」
 油断大敵、火がなんとやら。
 吹雪と色花は一撃必殺、疾風迅雷。どさくさ紛れにとっとと逃げ仰せ、クローディスと白竜は、見事にチョコレート塗れとなって、羅儀や調査団の面子から爆笑を買ったのであった。





 丁度その同じ頃。
 シャンバラの片田舎の小さな街であるトゥーゲドアでも、バレンタインデーの盛り上がりの真っ最中だった。
 元々観光業の盛んな土地であるだけに、その手の行事へのアンテナは感度が高いようで、更には超獣事件以来、恋愛成就のスポットとしてもじわじわと知られていることもあって、商魂たくましい人々によってアピールが激しいようだ。
 とは言え、果たして可愛いチョコに紛れたフライシェイド型……ざっくり言えば巨大なトンボの形をしたチョコレートなど、果たして売れるものだろうか、と作ってきた沢山のチョコレートを抱えたタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は首を傾げた。
 あれから、それなりに時間が経って、あの時の騒動が嘘のように街は賑やかさを取り戻しているようだ。中央のストーンサークルは相変わらず健在であり、今ではその地下も観光名所として誰もが入れるようになったらしい。ただその一方で、訪れた変化もある。不自然に溜まりこんでいた大地のエネルギーがは正しい場所に還ったため、作物の出来などは矢張り当初かなり悪化したようで、様々な苦労があった、とは聞いている。だがこうして人々の顔に陰鬱な所が無いのを見ると、ほんの少しタマーラの顔も和らぐ。
 そうして、てくてくと歩いていること暫く。
 大人たちの駆け引きやあれこれとは全く無関係に、子供達が町外れで集まっているのを見つけて、タマーラはこっそりと近付いて物陰から覗き込んだ。人口に対して子供は少ないようで、以前も見た顔ばかりだ。年長の子が下の子たちの面倒を見ている形で、屈託無く遊んでいる様子には、地球の某土地でよく見られるような、あの子に貰ったあげた、というバレンタイン特有の光景は見当たらない。単にまだ浸透していないからと言う可能性もあるが。バレンタインの戦争など知るよしも無いといった顔の子供達に目元を緩ませていたタマーラは、その中にディバイス・ゲートの姿も見つけた。あれから少し身長も伸びたのだろうか、年下の少年少女たちに優しげに接している所を見ると、子供達の間の見えない壁のようなものは殆どなくなっているようだ。
 安心して気が緩んだのか、そんなタマーラに気付いて、ディバイスが顔を上げた。
「こんにちは!」
 笑顔でその手を招くのに、タマーラはほんの僅かに微笑を浮かべて、応じてディバイスたちの下へと足を寄せた。
「バレンタイン、だから……チョコレート、持ってきた」
「わあ、ありがとう!」
 喜ぶディバイスがその量を見て周りの子供達も呼んだので、ちょっとしたチョコレートパーティのような光景となる中、自然会話は近況の報告会のようなものになった。何のかんのと、あれから子供達は仲良くやれているようで、とくにディバイスは様々なことがあったからだろう、少し大人びた部分が出来たことで、年長達に混じってその存在感を強めているらしい。
「最近変な夢も見るけど……クローディスさんたちが、その原因を探しに行くって言ってたから」
 多分大丈夫だよ、と笑うのに「そう……」と答えたタマーラは、そのことについてではなく、単純に今のディバイスの成長や穏やかな笑みに嬉しくなって、その言葉はするりと漏れてて出た。
「……よかった」
 その意味はきちんと伝わったようで、ディバイスは嬉しそうな、照れくさそうな表情で微笑んだのだった。


 ……なんでこんなにほのぼので終ってるの? と思われそうなので注釈を入れておくと、実際は街中はそれなりにヘイトが沸いて惨事になっている場所もあるのだが、それをお子様達の前に晒すのは野暮と言うものである。そして子供達を巻き込むのはどうやらぶらっくの望むところではないらしい。
「こう見えて優しい所があるんですぅ」
「うっせえ黙れ」
 ぴゅあのからかい含めた言葉に、ぶらっくは苦い苦い顔で吐き捨てたが、当然ぴゅあの方もそれで突っつくのをやめるほど良い性格はしていない。
「そしてツンデレなんですぅ」
「黙れつってんだろ!」


 上空でそんなやり取りが行われているとは知らず、そういえば、どディバイスは首を傾げた。
「ええと……おにいさん……おねえさん? あの人は?」
 その言葉に、タマーラは僅かに顔を顰めて、こっそりと溜息を吐き出した。

「デート……って、言ってた」
 



 その噂のタマーラのパートナー、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は、丁度その頃空京のお洒落なカフェテラスで絶賛デート中だった。
 ただし、その相手の顔が蒼白になっているこの状況をデートと呼ぶなら、である。

(うう、なんなんスかこの状況……周りはなんかヤバイッス。っていうかオレの状況がヤバイッス……)

 心中で呟きながら視線を上げると、先日のハロウィンでも出合った相手がチョコレートを差し出してくるのである。見目は悪くないというか、正当に評価するとして容姿はかなり整っている部類だ。手つきも上品だし、均整の取れた体つきといい、決して魅力的でないわけではないのである。ただ、どう見ても男の方である。それでいてにっこり笑う顔などはまた強烈に迫力を滲ませるオネエサマなのである。つまりおかまさんである。まだ恋とかデートとかにほのかな憧れがあったりする純情無垢(?)な少年にはなかなかにハードルの高い相手なのである。
「はい、アーン」
 そんな少年の葛藤を知ってか知らずか、いやむしろ大いに理解しているだろうに、語尾にハートをつける勢いで、指先に摘んだチョコレートの薄いハートのチョコレートを口元へ運んでいく。ちなみにそれは、パートナーたちと一緒に作った、ビター、ミルク、ホワイト、ストロベリーの4色チョコレートである。中々に手の込んだものだが、やはりそれはそれ、これはこれである。あわあわと微妙な顔をしているチェイニに、ニキータはくすくすと笑いながら、指先をくるりと回してぺっとと唇にチョコレートの先を当てた。
「ああん。早く食べてくれないと、このチョコ薄いから溶けちゃうわ」
 今度こそきっちりと語尾にハートマークのついたその声は、どちらかというとチェイニには脅しのように聞こえたようで、慌てて口を開いてぱっくと口に入れた。
(何がビミョーって、このチョコがチョー美味いのがまたビミョーッス……っ)
 その反応に、ニキータのほうは「可愛いんだからぁ」とハートマークが飛びっぱなしのラブオーラがぴゅあのパワーとしてカウントされているが、笑えばいいんだか泣けばいいんだか、と言う顔つきをするチェイニにとってみれば、とてもではないがラブとは言いがたい。寧ろヘイトである。
「そういえば、調査団の方は最近どうなの?」
「えっ、あー……相変わらずッスよ。リーダーはあちこち首突っ込むの好きッスから。最近はだーいぶ慣れてきたッス。今度はなんか余所の国行くとかで――……」
 その場に本人がいれば、好きでつっこんでいるのではないと言っただろうが、本人は自分の所属の事を聞かれた嬉しさで、あれやこれやと近況を面白おかしく話はじめた。それだけを見れば、楽しげなデートにも見えるから不思議である。
 そんなわけで(?)周囲は暴徒の方もラヴサイドの面々も、これがどういう状況なのかいまいち把握がしきれないようで、ターゲットとして認識していないらしく、ちらちらと視線は送っては来るもののの、手出しをする気配はない。

 それを良いことに、ニキータはチェイニにとっては拷問のような「はい、あーん」を、会話の合間合間で繰り返したのだった。