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2024春のSSシナリオ

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2024春のSSシナリオ

リアクション

 ・桜の下のプロポーズ

 目には見えなくとも、どこかで人は季節の境界を感じ取る。冬から春にかけては、それはやはり桜だろう。
 開花宣言から数日が経ち、空京神社の桜も今が見頃だ。薄く色づいた花弁が、境内の各所で人々の目を楽しませている。
 ビニールシートの上に座り、シエル・セアーズ(しえる・せあーず)は頭上いっぱいに広がる桜を見上げながら春の空気を思い切り吸い込む。
「もう、すっかり春だねー」
「うん、この前まで寒かったのに、あっという間に暖かくなったね」
 シエルの隣に座った神崎 輝(かんざき・ひかる)も、うららかな陽気の下で春の訪れを感じていた。そよぐ風に乗って舞う花びらの中、少し前より薄手の長袖服を着た人々が境内で時を過ごしている。桜の下を散歩したり、輝達のようにシートに落ち着きゆっくり花を眺めていたり、願掛けに来たり、恋人同士でのデートを楽しんでいたり。
 輝達のこのお花見もまた、ちょっとしたデートと言えるだろう。シエルは恋人で、今はこうして2人きりなのだから。
「きれいだねー! 他のお花も大好きだけど、桜はまた特別だよね」
 周囲に座る人々はあまり気にせず、シエルはのびのびと楽しそうだった。もとより、2人は未成年で飲酒はしないし、花見だからと羽目を外すような性格でもない。シートの真ん中でおしゃべりをして過ごすだけなので、殊更に配慮することもないのだが。
 彼女は持って来た水筒からお茶を注ぐと、それを輝に渡してくれる。
「うん、毎年見てるはずなのに、本当にびっくりするくらいきれいだよね」 
 そう応えながらコップを受け取り、輝も桜を改めて見上げる。彼もまた、他のお花見客の事はあまり気にならなかった。
(せっかく2人きりなら、普段言えないことも言えちゃうかな……?)
 コップを持った手にお茶の温かさを感じながら、ふとそんなことが頭に浮かぶ。パートナー達と一緒の時には言えないことも、この桜の下、この雰囲気の中なら話せるかもしれない。
 ――結婚したい、ということを。
 そう思った途端、なんだか少しだけ緊張した。隣のシエルを意識しながら、輝は何と言って気持ちを伝えようか考える。
(いつまでも一緒に楽しく暮らせるように、これからもシエルのことを護り続けていきたい……とかかな……)
 でも、それで伝わるかというと、微妙な気がした。恋人になって長いし、もう一歩先に進みたいという意味には取られないかもしれない。
(難しいなぁ、こういうの)
 一度考えるのを止めて、咲き誇る桜を見物する。眺めの良いところを選んだだけに、近くだけではなく遠くに咲く桜も良く見えた。
 それを見ていると、難しく考える必要もないのかな、という気がしてくる。
(もう、いっそストレートに……)
 
(やっぱ、輝といると楽しいな)
 その頃、シエルもまた輝と同じようなことを考えていた。
 桜を見て、他愛ない話をしているだけで特別なことは何もない。けれど、彼と一緒にいると楽しいし、いつまでもずっと一緒にいたい、と自然に思う。
 それをここで伝えたい、と思うのだけれどこういう時に何て言えばいいのか分からない。今の気持ちに合う言葉が出てこなくて、何となく言いあぐねてしまう。
(……『結婚したい』……なのかな。確かにそう思ってるけど、うまく言い出せないな……。うーん……)
 たとえ内心ででも、『結婚』と具体的に言葉にすると頬がちょっと熱くなる。それが一番言いたいことなのだと、本音なのだと知っているから尚更だ。ずっと恋人同士だったから、流石に今更言いづらい。
「えっとね、輝……」
「し、シエル……」
 輝に名を呼ばれたのは、シエルが気持ちを打ち明けようとしたのと同時だった。
 桜からお互いの顔に目を戻し、そして2人は同時に言った。シエルは、結婚とはっきり言わなくても、なるべく気持ちが伝わるように。輝は――
「私これからも、輝とずっと一緒にいたいな」
「ボクはこれからもずっと、シエルを護り続けたい」
「え……」 
 ほぼ同じ意味であることは、すぐに分かった。輝は更に、恥ずかしそうに少し視線を下げて言葉を続ける。
「結婚したい、と、思ってて……」

 どう言ったらいいか分からなくて、輝は思い切ってストレートに告白した。赤くなりながらシエルを見ると、彼女はびっくりまなこで輝を見つめていた。何だか、ものすごくびっくりしているように見える。どうしたんだろう、と思っていると、シエルは一瞬泣きそうな顔になってからこくこくと頷いた。
 今度は、ものすごく嬉しそうだ。
「う、うん……! 私もだよ!」
 力強く、彼女は言う。
 2人の持つそれぞれのコップに、ひらひらと花びらが舞ったのはその時だった。