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2024春のSSシナリオ

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2024春のSSシナリオ

リアクション

 ・とある事件の後日談――NO.××――

(9時か……)
 警察署の廊下で、長椅子に座ったザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は壁に掛かった丸いシンプルな時計を見上げた。外が夜の闇に覆われたこの時、短針は『9』の文字を差している。
(流石に腹が減ったな)
 デパートを出る前、バーで祝勝会をするという話を小耳にしたが今から参加する気にもなれない。
 近くのコンビニで食料を調達するべく、ザミエルは長椅子から腰を上げた。
「遅いですねー、レンさん」
 その背中を見送りながら、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は足をぶらぶらさせてそう言った。彼女の隣にはメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が座り、その更に隣にはプレゼント用に包装された四角い箱が置いてある。デパートで、88円の卵を買った後に買いに行った、レン・オズワルド(れん・おずわるど)へのプレゼントだ。
 メティスは思う。
 今日1日を振り返ると、正直「いい1日」ではなかった。
 でも、悪いことばかりでもなかった。
 そう思うのは、誰かのことを想って贈り物を買ったからだ。
 これがあるから、今日という日を悪い1日だったとは言いたくない。
 勿論、苦労もしたし嫌な目にも遭ったが、それでも――

 ――笑い声が、耳に入る。彼と共に居る限り、その声から解放される事はない。笑う事を自分に課し、それを破ったら天罰が下ると思っているんじゃないか。そう考えてしまう程に、彼は笑う事を止めようとしない。というか、ぶっちゃけ、うるさい。
「全く……猿轡をしたくなるな」
「猿轡したら取調べが出来ませんよ、警部。警察が黙秘推奨してどうするんです」
「紙に書かせるとか端末に打ち込ませるとか色々あるだろう。ほら、それとか」
「手錠してますからね。出来なくはないですけど、手間ですよ。それにこれは俺のです」
 取調役の警部と、記録係の部下がそんな事を言い合っている。取調室に立ったレンは、警部の向かいに座った男に話しかけた。
「あの少女が口にした言葉について、言っておきたいことがある」

              ⇔

 ――2月某日、土曜日。
 空京に新しくオープンしたデパート、その地下2階で事件は起こった。買い物客達が、薬物によって変異した兎1200羽に襲われたのだ。兎といってもその危険度は洒落にならず、契約者ではない一般客に多大なる被害を齎した。地下2階は首謀者により封鎖され、逃げる事も叶わない空間の中、居合わせた契約者達によって兎達は倒され、犯人(つまりこの男)も逮捕されて事件は収束したのだが――
 解放された関係者達が警察に連絡先を伝えてそれぞれの帰路に着く中、レンとノア、ザミエル、そしてメティスは事情聴取に応じる為にパトカーに乗って警察署へ移動した。他の皆と違って聴取を後日にまわさなかったのは、やはり、気になることがあったからだろう。
 逮捕される前、契約者達に囲まれて男が語った真実の中に、レンは違和を感じ取った。それについての確認と、彼には加えて言いたいこともあった。それが、男が犯した罪と、これから償っていく罰についての話である。

「俺は刑事じゃないし、人を裁くには法律というのも理解している」

 男は警察署に着くと、すぐに留置所に入れられた。人員は有限であり、まずレン達から事情聴取をしようという事になったのだ。もとより、男は既に動機を喋っていた。犯行の方法についても、殆どが判明している。取調室で刑事達が行うことは、あの現場での発言を最初から繰り返してもらう事と、犯行過程を話させて『情報からの予測』と真実の照らし合わせをする事だ。その為には、事件の解明に近い場所にいたレンから話を聞こうと刑事達は判断した。留置所に入れている間に厄介な笑い声が止まないかという思惑も多分にあったようだが、何はともあれ先に事情聴取を受けたレンは刑事達に申し入れ、こうして男の事情聴取に立ち会っている。

「……ただ、軽い罪にはならないことは理解しておけ。彼女の言った通り、確かに兎を1羽殺しても罪は軽い。その数が1000を超えても兎は兎だ」

 ノアとザミエル、メティスの事情聴取はレンよりも早く終わったらしかった。ノア達は兎から逃げた後は治療スペースで手伝いをしていた時間が長かったし、メティスの活動は主に封鎖の外からだったからだ。メティスには避難誘導した時の状況について、シャッターの状態についての確認をしたようだがそう時間が掛かる質問でもない。

「だが、今回の事件はその兎の手によって多くの買い物客が負傷した。身体を食いちぎられて永遠に四肢を失った者も居る。怪我をした人間が100人居れば、それ即ちお前が傷害事件を100件犯したということだ」
 話しながら、レンは治療スペースに運ばれてきた負傷者の様子を思い出していた。正確な数は判らないが、100人は超えていただろう。
「動物虐待なんかの、軽い罪で終わる話じゃないんだよ」
 あの時、少女は男が数年で自由になってしまうと言っていた。たった数年で罪が許されるなど、兎達が可哀想だと。
 しかし『たった数年』では終わらない。それだけの数の傷害容疑であれば、もっと重い罰が科せられるだろう。
 それだけ言うと、レンは話を聞いて1つだけ腑に落ちなかった点を男に確認することにした。
「……どうして、実験と称して彼をあの場に呼んだ?」
 笑い声の続く――幸いな事にもう狂ったような笑い声ではない――部屋で問いを投げる。
「偶然居合わせた俺達は仕方ない。だが、彼だけはお前が明確な意志であの場所に呼び寄せた」
 刑事達も口を挟もうとしない。笑い声の他、聞こえるのは部下がキーを叩く音だけだ。
「お前、本当は『誰かに止めてもらいたかった』んじゃないのか? ……人が死ぬことを頭で理解する一方で、心はそれを否定する力を見たかった」
 この問いも、記録されるのだろう。だが、それは別に構わない。これは個人的な問いであると同時に、個人的な問いではないのだから。
 ただ、男には現実に意識を向けて欲しかった。笑い声の絶えない、歪んだ彼岸の世界から。
「……違うか?」
 ――気のせいだろうか。耳に届き続けていた笑い声が一瞬途絶えたような気がした。そして、それ以上の答えは得られなかった。

              ⇔

 午後11時。ザミエルは長椅子に深く腰を下ろし、煙草に火を点けていた。空中に霧散する煙を見ながら、今日1日を振り返る。
「…………」
 男のやった事は、胸糞悪いの一言に尽きる。ある意味、変異兎に手を掛けるよりも胸糞悪いことだ。
 少女――ピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)が怒ったのも無理はないことだろう。だがあの時、彼女が見せた表情にザミエルは一抹の不安を感じた。
 男が連行された後に、ピノは誓いにも似た言葉を発した。いやそれは、紛れもなく誓いだったのだろう。
 ザミエルは知っている。
 たった1つの言葉が、残りの人生を決定してしまうことがあることを。
 言葉は時に支えとなり。
 時に、人の心を縛る呪いともなる。
 幼いピノの誓いが、将来の彼女を縛る枷にならないか心配だった。
「糞ったれ……子供に変な物を背負わせるなよ」
「あ! レンさんですよ! レンさーん!」
 レンが戻ってきたのはその時だった。手を振って駆けていくノアに続いて、メティスも長椅子から立ち上がる。2人は笑顔を浮かべていた。だが、ザミエルは到底笑う気にはなれなかった。レンの表情も、明るくはない。
「お疲れさまです、レン」
 労いの言葉をかけるメティスの隣で、ザミエルは彼に問い掛ける。
「犯人とどんな話をしたんだ?」
「……現実を思い出させただけだ」
 返ってきた答えはその一言で、肝心の内容は分からない。しかし、少し寂しそうに笑う彼を目の当たりにすると、それ以上を問うのが憚られた。つい、舌打ちが漏れる。
「…………。そうだ! レンさんレンさん!」
 やはり意味が分からなかったのだろう。彼の言葉を聞いて不思議そうにしていたノアが、これ以上の重たい話はノーサンキュー! とばかりにバタバタと両手を振った。
「……何だ?」
 何事かと注目するレンに、彼女は明るい声で言った。
「レンさんにプレゼントがあるんですよ!」
「プレゼント?」
 唐突な報告に、レンは驚いた様子だった。その後、今日は何の日だったかと思い返そうとしているような顔になる。いくら記憶を探っても、兎事件以上の何も特別な事は思い出せないだろうが。……何せ、あれから2ヶ月以上が経っているし年も越しているのだ。
 ほらほら! というようにノアがメティスを振り返る。
「今日が終わる前に、精一杯の感謝の気持ちを伝えましょう!」
 感謝? と、ますます心当たりの無さそうなレンに、メティスはプレゼントを差し出した。
「デパートでのゴタゴタで結局渡しそびれてしまったんですけど、クリスマスプレゼントのお返しです。3人で相談して、システム手帳にしようと決めました」
 色々考えたが、第一線で働いている男性には実用性のある品が喜ばれるだろう。そう考えて選んだ品だった。どんな手帳を贈るかを完全に任された結果、メティスは機能性とデザインを重視したものを選んだ。ラッピングされているから、ザミエルもノアもそれがどんなデザインなのかは分からない。
「クリスマスプレゼント……そうか。すっかり忘れていたな」
 そう言って、レンは笑う。お返しを貰おうと思ってのものではなかっただろうし、それはまあ忘れるだろう。
「はい。私達もすっかり忘れていました」
「ん?」
「……いえ、ありがとうございます」
 感謝の気持ちを込めてメティスが微笑むと、ノアもとびきりの笑顔を浮かべてお礼を言った。
「そうですよっ! ありがとうございます、レンさん!」
 昼に凄惨な事件があったことが信じられない程の能天気な笑顔に、ザミエルはつい笑ってしまった。
「お前を見てると、思い悩んでもしょうがねぇって気がしてくるな」
 苦笑するザミエルを見上げ、ノアはちょこんと首を傾げた。
「……?」
 何だろう、何かが引っ掛かる。具体的に言うと、何か馬鹿にされた気がしないでもないような。
 ――でも。
「とにかく、これで皆が笑顔ですね!」

 0時まであと少し、1日の締め括りはみんなで笑顔で。