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なし

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蒼空学園へ

ぬいぐるみだよ、全員集合!

リアクション公開中!

ぬいぐるみだよ、全員集合!

リアクション


■ VS ポッキー・ハウリング ■



 状況にいち早く反応し、対処に動いたのは酒杜 陽一(さかもり・よういち)だった。
 目の前の店に飛び込む。
「すみません、ご協力を!」
「つ、ツチブタぁあ!?」
 素っ頓狂な声を出した店主に、ぬいぐるみというデフォルメに、一瞬でツチブタと何故わかったのかなんていう疑問は瑣末であり、陽一は自分が最近行われた全学最強決定戦での波羅蜜多実業高等学校代表であることを明かし、自分の身分を証明すると店主から後払いで箒とビニール紐を貰い受け、ショッピングカートを引っ掴む。
 箒を櫂(かい)代わりにショッピングカートに動力を与える陽一は息を吸い込み、口を開いた。
「危ないから、退けろッ!」
 クライ・ハヴォック(大声)の警告を受けて、惑うぬいぐるみ達が慌てて道の端に寄り、さながら海を割った導者の如く、ショッピングカートに乗り込む陽一は叫んだことで膨れ上がった腕力に物を言わせて、ぬいぐるみが船頭しているとは思えないスピードでショッピングカートが路上を走りだした。



「(シェリーさん、聞こえますか? 舞花です)」
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は偶然にも誘拐を目撃し、そして呪い魔法に巻き込まれていた。
 馬のぬいぐるみになった自分の体を呆然と見下ろしてからの立ち直りは早く、舞花は次の瞬間には行動を起こしていた。
「返答は、無し、ですね」
 テレパシーでのコンタクトを試みたものの、反応は返ってこない。気絶しているのか、死んでいるのか、単純に送信できないだけなのか。テレパシーが使えるかどうかそういえば知らなかったと思い直して舞花は気持ちを切り替える。
 ふと、聞こえてきた笛の音になんだろうと耳を澄ました舞花は、勝手に動きだした体にぎくりと身を強ばらせた。
 音の誘いに、意思とは関係なく体が応えようとしている。
「洗脳?」
 体だけではなく思考へと作用する笛の音の強制力に無抵抗なままというわけにもいかず、マインドシールドで精神的な攻撃から己を守れないかと対処を試みつつ、事が知り合いの誘拐だけではないのを舞花は確信した。
 ぬいぐるみ達の混乱に耳を傾け、会話の内容を整理し、兎にも角にも状況の把握に務める。
 耳に届く、路上を滑走する車輪の音に後方を振り返った舞花は、箒で路面を漕ぎショッピングカートを器用に操作するツチブタに、その狙い澄ますようにまっすぐと向けられた顔に、気づけば駆け寄っていた。
「乗せて下さい!」
 体当たりする勢いで地面を蹴ったお馬さんに陽一はショッピングカートの向きを変え、ショッピングバスケットを乗せる部分で舞花を受け止める。
「誘拐事件が発生しています。ぬいぐるみになってしまったのもその事件が関連しています」
 言う舞花に頷いた陽一は頷き、箒で地面を穿ちショッピングカートのスピードを上げた。



「見つけました。あっちです!」
「先回りするぞ!」
 舞花の声に陽一は己の拳にスキル、アイアン・フィストを乗せる。
 更なる推進力を得てショッピングカートは先回りに成功し、ポッキーの逃走経路上に躍り出た。
 精神統一に一度自分を落ち着かせていた舞花は、己の内の水面に刺激の一滴(ひとしずく)が波紋を描いて落ちたのと同時にショッピングカートを飛び出した。
 『覚醒』を果たし迫り来るお馬さんにポッキーは抱えている破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)投げ出さず、逆にしかりと抱く腕に力を入れる。
 舞花の接近は止まらない。止まる理由もない。
 ぱかぱかと音のない文字を弾けさせて駆ける舞花は両腕を前に突き出す。
「おとなしくして下さい!」
 いざ、ショックウェーブ! 両腕を基点に発生した衝撃波は覚醒によって威力が底上げされていた。
「ぐっは」
 たかがぬいぐるみと舐めたままその場をやり過ごそうとしたポッキーは、想像以上に重い一撃に、なんて強烈なと両目を剥く。
 見事奇襲に成功したものの妙に消耗が激しく舞花はがくりと膝を落とした。
 舞花が奇襲に出るのと同時に陽一もショッピングカートの上から飛び降りて箒を構え地面を疾駆し、ポッキーの足元に辿りついていた。
 下から上に、掬(すく)い上げるというより、突き上げる要領で箒を握った陽一はポッキーの股間めがけてそれを穿(つきぬ)けと言わんばかりに力の限りで突き出した。
「――ッ!?」
 なんとも大胆な急所狙い。
 生命の危機が痛みと化して脳天を直撃したようだ。
 舞花の襲撃に死角になっていた足元からのダイレクトアタックにポッキーは呼吸すら痛みで忘れた。
 状況を忘れた。
 周りが見えなかった。
 ――シャーーンッ!
 お股の痛みで膝から崩れたポッキーに向かってトドメとばかりに慣性の法則で滑走したままだったショッピングカートが激突する。
 買い物かごを置く台座部分が顔面Hit!
 それでもまだポッキーはシェリーを離さなかった。
「執念深いな」
「ぬいぐるみの癖になんてふざけた……」
 まだやるかと箒を持つ陽一の声に、顔を怒りで赤らめたポッキーが立ち上がる。
「いいからとっとと離してやれよ」
「あァ? ――ぶっ」
 聞こえてきた第三者の声に、怒り震えて振り返ったポッキーの真っ赤になっている顔に向かって小柄なリスのぬいぐるみは唐辛子の粉末が入った紙袋を叩きつけたのだった。



 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)はリスのぬいぐるみになりました。しかも、周りのそれより一回りくらい小さな。
「は? え?」と、状況が良く飲み込めず目を瞬(しばた)かせるかつみの横で、すぃ、とウサギと子犬のぬいぐるみが動き出した。
「エドゥ! ナオ!」
 ひらがなの名札を目に止めて、かつみはそれがパートナー達だと知る。
 呼ばれたウサギのぬいぐるみになってしまったエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)は、隣りの子犬のぬいぐるみになった千返 ナオ(ちがえ・なお)に抱きついてその場で踏ん張った。ナオは困惑げに体を捩りエドゥアルトに助けを求めるような仕草をする。どうやらナオの方が影響が強い様であった。
 こちらにおいでと誘う笛の音が煩わしく頭を左右に振ったエドゥアルトは、走り去る二人組を目撃する。彼等が抱えている女性たちも。
「かつみ」
 自分が呼ばれた意味を理解して、かつみは近場の飲食店に駆け込んだ。
「あ? リス? こらまて泥棒!」
「あとで払いに来る!」
 厨房やらテーブルの上から香辛料――唐辛子や胡椒などを掴んで持ち帰り用の紙袋に詰めたリスのぬいぐるみは自分の名札を示して名前を伝え、店主の制止を振り切って外に出た。
 動ける内にと互いに手を取り合うパートナー達に「行くぞ」と声をかける。



「エドゥさん。かつみさんから連絡です」
 音に洗脳されかけて、ぼぅっとしかけるナオを気にしてか精神感応で作戦を伝えるかつみ。パートナーの介入により笛のノイズが幾分和らいでいるのに気づいたナオは隣りのエドゥアルトを見上げた。
 ふたりとも先に行くかつみの背中を追うので必死でナオ経由で渡されるかつみの考えに協力できるか自信を持てない。先に体が意思と反して笛の音を求め、抵抗する意識をも飲み込もうとしているのが綿しか詰められていない空虚な体でもわかり、怖気(おぞけ)に生地の表面をざわめかせていて落ち着かず、かつみとはぐれないようにするだけでやっとだったからだ。
 でも、とウサギと子犬は向かい合い、頷き合う。
 やるしかないのだ。
 チャンスは、陽一がポッキーの股間を突いた、その一瞬。
 エドゥアルトとナオは地面を蹴ってポッキーの背に飛び上がって張り付いた。幸いぬいぐるみの重量はあまりに軽くポッキーは気づいていない。
「執念深いな」
 陽一の言葉に不快感を露わにするポッキーが抱えているシェリーをナオは確認する。少女は気を失っているようだった。
「ぬいぐるみの癖になんてふざけた……」
 準備が整ったナオはエドゥアルトをまっすぐに見た。
 ポッキーの背中にしがみつきながら、かつみの合図を待つ。
「いいからとっとと離してやれよ」
(今です!)
 ナオの頷きに合わせ、エドゥアルトと二人、気を失っているシェリーの顔面に飛びついた。
「あァ? ――ぶっ」
 叩きつけられ破けた紙袋から、唐辛子の粉やら胡椒やら香辛料が飛び出してポッキーの顔に大量に降りかかった。
「あ、くそッ、なんだ、これ」
 唐辛子の粘膜への刺激は正直情けの何も無い。一切合切無い。
「目ぇ、ブェックション、目がぁぁ。目があぁぁ。ブェックションッ」
 そして、胡椒との相乗効果が生み出す結果は果たしてどうだろう。
 悲惨という言葉が相応しい。
「俺たちを元に戻せよ!」
 涙と鼻水とよだれと唐辛子と胡椒類でどろどろになっているポッキーに追い打ちをかけるべく顔面をボカスカと布の手でかつみは叩き続ける。
 叩かれる度にばふんばふんと舞い上がる香辛料。
 かつみの追撃に、これはたまらないと、ポッキーが投げ出すようにシェリーを手放した。
 香辛料から自分達の体で顔にへばりつくことで守ったエドゥアルトとナオがそれを察して、少女を受け止める。
 この機を逃すまいと陽一がビニール紐を両手でピンと張ってポッキーの足元に走りこんだ。
「あ、くそ!」
 くしゃみは連発、目も開けられない。
 ポッキーは足元に巻かれた紐の感触に、カッと頭に血を昇らせ、怒鳴るとビニール紐が絡まる片足を乱暴に振り上げた。
 ビニール紐を掴んでいた陽一――ツチブタが空を舞う。
「ふざけんなよ、ふざけんなってば!」
 小柄故に、むんずと鷲掴みにされたかつみは簡単にポッキーの顔から引き剥がされた。
 ぎゅむっとされているので、手も足も出ない。しっぽは出てるけど。
「水かけて皺々にしてんやんぞ!」
 舌打ちとともに吐き捨てるとポッキーはかつみを捨てて、横たわってウサギと子犬に介抱されているシェリーを足を使って探し出し、阻止しようとするエドゥアルトとナオから強引に少女を奪い取った。
「くそ、前が見えねぇ」
 薄目にするのもきつい。
「しかもなんか頭がガンガンするしぃ?」
 吐き気に似た不快感にポッキーは顔を歪める。
 シェリーを持ち直し、追いかけるぬいぐるみを足を払って打ちのめし、ポッキーは逃亡を続行した。
 残されたのは、ポッキーに足蹴にされて道路の遠くまで飛ばされた陽一とナオ、それを介抱するエドゥアルト。
 疲弊しきってその場から動けない舞花。
 香辛料とくしゃみの被害を受けながら奮闘し結果ぼろぼろになったかつみ。
 ……かつみは、洗ったほうがいいのかもしれない。
 かつみ以外の面々は、一仕事終えたと横たわる姿に、つい、そう思ってしまう。



 ぬいぐるみの行進に混ざりながら、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)は、「ふぅん?」と鼻を鳴らす。
 狐樹廊は名前が示す通り、空京の地祇であり、空京で事件があれば顔を出すことがあり、結果、この騒動に巻き込まれ、今や笛の音の虜と化していた。
 すっかりと狐のぬいぐるみにされて、パートナーがたぬきか何かにされればちょっと表現に規制かかるんじゃないかと懸念されるような組み合である。
 普段の独特な雰囲気が抜けて、愛嬌っぷりを纏う狐樹廊。
「全く困りますね」
 この状況は好んで頼んだわけではない。
「こういうのはお返しするのが陰陽師としての礼儀というものでしょう」
 馬鹿正直にも相手が名乗り上げた事が幸いであった。
 呪詛は相手の顔と名前がわかれば遠くからでも掛けることができるので。
「どんな症状が出るかわかりませんが、いつまで走ってられますかねぇ」
 可愛いぬいぐるみだが、考えていることは恐ろしかった。