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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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挿話1 エズネル


 もう千年以上も昔の話だ。


 星が、遥かな上天で、聞こえない銀の鈴を高らかに鳴らしているかのような夜だった。
 こんな穏やかな夜は、少女エズネルはたびたび、丘の上で寝た。
 以前、集落の大人に引きずり回された時についた足の痣は、まだ紫に変色しているが、ぶたれた時の頬の跡はだいぶ消えた。星明りの中で確認して、そっと微笑む。もう遊びに来たキオネが心配そうな、悲しい目をすることもこれからは少なくなるだろう。そう思うと、嬉しかった。
「……」
 ふと、ずっと右手を握りしめていたことを思い出し、開いた。

 小石かな。でも、凄く綺麗。石みたいに重くない。

 その、石の破片に似たものは、片手で握っているには微妙に大きさが過ぎるので、両手で持ち直した。
 よく見ると、細かくちらちらと輝くものが散りばめられている。

 まるで、お星さまの光が降り注いだみたいね。



 ――この丘の中には、何かがある、と大人たちが言っているのを聞いたことがあった。
 ずっと昔のお墓かもしれない、とか。
 だからエズネルは、この丘の一隅に扉のようなものがあるのは知っているけど、中に入ろうと思ったことはない。

 でも、ついこの間。
 丘の横腹の斜面の土、小さなエズネルですらその小さな手を入れられないほどの狭い隙間に、何かがきらきら細かな光に輝いているのを見つけて。
 ずっと、それは何だろうと思いながら穴を覗き込んで見つめていた。
 丘の中にはお墓があるのかもしれないけど、その綺麗な煌めくものは、怖いと感じなかった。
 むしろ、じっと見つめていると心が落ち着いてくる。

 ……いつの間にか、エズネルは眠っていた。
 ほんの転寝だった。けれど目覚めた時、エズネルはまだ何か、とても懐かしい匂いに包まれている気がして、醒めた気がしなかった。
(……)
 だが我に返り、その時、すぐ傍に何か落ちているのに気付いた。
 あのきらきら輝く欠片だった。


 動かしてみなくても、日の光を浴びなくても、欠片の中にある小さな輝きはちらちらきらきら光る。
 ……生きてるみたい、だね。ふふ。



 またしてもエズネルは、眠りに吸い込まれるかのように眠りにつき、夢の中にいた。
 夢の中で丘は、穏やかな日の光を浴びて生い茂る柔らかな若草を、吹き渡る爽やかな風に揺らしていた。

 丘の上には、巨大な樹が立っていた。
 青く透き通るような、不思議な大樹だった。
 枝が風にさわさわと鳴る。エズネルがそちらに一歩踏み出すと、樹はふわりと、その全身を揺らすように枝を風に揺すった。
 まるで誰か、人が、エズネルに気付いて振り返ったかのような所作に思えて、一瞬彼女はたじろぐ。だが、大樹の気配は穏やかで、あの日の転寝の夢と同じ、懐かしく優しい空気を感じた。
 大樹に、エズネルは「母」を感じた。もうこの世にいない母を。
 伸びた枝は、幼子を抱き上げようとする母の腕のようだ。エズネルはその根の元に縋るように寝ころびたいと思った。母の膝に頭を乗せるように。
 そして母なる大樹は、それを許してくれるような気がした。微笑んで、頷いて。
 ただいっときの、母の心、子供の心を。
(お母さん)



 そうして、母の膝で眠る幼子の心のまま、エズネルは目を覚ました。
 まだ夜明けには早い。
 丸くなって眠る胸元に、例の欠片がちらちらと光っている。
「そうか、これは、樹の種なのね」
 声に出して呟くと、まるでそれは当然の事実のように、すとんと胸に落ちた。

 夜が明けて、キオネが遊びに来たら、この種のことを話して一緒に丘の天辺に植えよう。
 毎日水を上げて、種から芽が出て大きくなるのを一緒に見ようって言おう。そう思いながら、エズネルは再び目を閉じた。