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ロウソク一本頂戴な!

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ロウソク一本頂戴な!
ロウソク一本頂戴な! ロウソク一本頂戴な!

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■ 1日目(3) ■



 キマク、商店街。
 ザンスカールの濃い森の匂いから一転、砂の混じる乾いた風にバスから降りた子供達は口々に「おー」と声を漏らしていた。孤児院に一番近い集落でも、ここまで店は並んでおらず、大荒野にこういう――経済の流通が発展し集中している――場所がある事自体に驚いているらしかった。都会に行かなければ店なんて並んでないだろうという、田舎的な感覚である。
 以前にパラ実占領計画に場所と名を知られた商店街である。その時の契約者の働きと知名度を使って貧相な土地ながらそれでも経済発展を展開させるに成功しているらしい。
 人々の賑やかさに子供達から見れば既にここは都会と認識したかもしれない。
「こんにちは」
 商店街で待ち合わせをしようと決めていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)の登場に、此処は同じ大荒野かと周囲を物珍しそうにきょろきょろと見回している子供達は、ハッと我に返って横二列に並び直った。

竹に短冊七夕祭り 多いは嫌よ ローソク一本頂戴なー くれなきゃ顔をかっちゃくぞー

「ちゃんと歌えるな。じゃぁ、まずは俺から、はい、どうぞ」
 俺から、との陽一の台詞に子供の何人かが首を傾げる。
 バスから降りているもののそこから離れない破名やキリハを見るに、子供達の引率をしているのはシェリーらしい。子供の代表として先頭の位置に立っているシェリーに陽一は向き直る。
「お店の店長さん達にも話をしてお願いしてあるから、ぐるっと回っていけばいいぜ」
 陽一から目配せで示されて、振り返ったシェリーは商店街として密集する店の数に目を向ける。
「ぐるって……お店全部?」
「ああ」
 理解した子供達が一斉に「やったー!」と叫んだ。
 我先にと駆け出していく弟妹達をシェリーは慌てて追いかけていった。



「よし、はじめるか」
 子供達が商店街の向こうへと消えていったのを確認して、陽一は残った大人組にちょっと離れていて欲しいと場所を譲ってもらう。ついでにティータイムにくつろいでとこれからまだ移動等がある彼等を労った。
 陽光もぎらぎらとしている中、アブソリュート・ゼロで魔力を呼び灼熱の大地に厚い氷の層を作り出す。ひんやりと淡く揺らぐ白もやも涼やかな氷が出現したのを黙っている破名の目の前で、事前に準備していたチョコレートの塊を保管していた冷蔵倉庫から持ちだした陽一はそれを氷の上に置いた。
 縦横高さ約一メートル程の巨大な塊。
 ツチブタ型の立体チョコレート。
「陽一?」
「ほら、大きなチョコの塊に思いっきり齧り付きたいって子供の頃思ってたし、良い機会かなって」
 今でもそう思っているから余計、実現させてみたくなった。
「丸かじりか?」
 軽く目を瞠る破名に陽一は頷いた。
「そういう食べ方、させたことないだろ。もしかして駄目とか言わないよな?」
 他人だからこそ許される特別というものがある。
 破名が保護者という立場から難色を示す前に、何事も経験だとマザーの孫であるバスの運転手が口添えた。キリハも同意見だと破名の注意をチョコへと向けさせた。
「そうですね。こんな大きなチョコレートを前に『食べるな』はきっと恨みを買ってしまいますよ」
 気づけば、子供達は全員戻ってきていた。ツチブタチョコレートを目にし、破名へと期待の眼差しを向けている。
 食べたいと目で訴えられて、破名は悩んだ。
 実際の所、巨大チョコレートの丸かじりは良いのか悪いのか破名は判断できなかった。そんな事で悩んでしまうくらいには破名もまた経験が少ないということかもしれない。
 きっかけは地球の事を調べていたキリハではあったが、今日が特別だと子等に教えたのは破名である。
 逡巡の後、破名は陽一を指さした。
「礼を言え」
 許可が降りて子供達は歓声を上げた。
 ありがとうと感謝して、どうやって食べればいいのかを陽一に請う。



…※…※…※…




 タシガン、某所。古い洋館。
 各地に点在する館の中では比較的小さい建物だが、だからと侮る無かれ。
竹に短冊七夕祭り 多いは嫌よ ローソク一本頂戴なー くれなきゃ顔を…… ――え?」
 扉が開いてなければ、無理に開けてはいけないと約束しているので、洋館の前で囃子唄を合唱する子供達は、軋みながら開いた扉に、きょとんとした。
 出迎えてくれたのが誰かはすぐに理解しても、どうしてそんな表情をしているのかが、理解できなかった。
 歌声に陰気な表情で扉を開けるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、何か様子が違うことに気づいた子供達に沈鬱と続ける。
「実は少々困った事になってな。最近買った屋敷なのだが、悪い吸血鬼が住み着いて……」
「ブルーズこまってるのー?」
 足元で獣人のフェオルが質問を投げる。
 受けて、ブルーズは頷いた。
「まぁ、まだ明るいし今から悪さもしないだろう。そうだったなロウソクを貰いに来たのだったな」
 頷いて、お菓子は用意していたかなとブルーズは玄関の扉を開けて、皆を招き入れる。
 比較的小さい屋敷と言ってもそこはタシガン。玄関を開けたホールは広く、左右に展開している階段と天井近くに並ぶ窓。窓は古さを物語るように曇り、差し込む陽の光は弱々しい。
 と。
 最後の一人が門を潜り終えた瞬間、破名の体が黒い影に掻っ攫われた。
「くろふぉーど!」
「ふはは、我が屋敷に足を踏み入れた愚かな者達よ……この男を無事返して欲しければ試練を乗り越え、我が元に辿りついてみせるがいい!」
 影は声高く宣言するとマントを「ばさぁ」させて、破名を連れて二階の奥の部屋へと消えていった。
「ああっ大変!! 悪い吸血鬼に破名が攫われてしまったぞ!!」
 黒い影――悪い吸血鬼に扮した黒崎 天音(くろさき・あまね)がその場から消えたのを確認して、ブルーズが叫ぶ。
 突如発生した人攫いイベントに驚き戸惑う子供達にブルーズは発破をかけた。ある程度上の年齢であるシェリーと守護天使の少年ニカは咄嗟にキリハを確認する。魔導書は何のアクションも起こさずひっそりと形を潜めるているのを確認し、これは打ち合わせ済みかと察した二人はブルーズを見た。
「どうしたらいいの?」
「助けにいかなければならない」
 シェリーに問われ、むぅ、と考えこむブルーズを子供達が囲んだ。
「どーすればいいの!」
 助ける方法があるのかと囲まれ聞かれてブルーズは「これを、だな」と、顔の描かれたボール(ゴーストボール)を詰めたバスケットを見せて「このボールをぶつけて、やっつけるんだ!」と子ども達を屋敷の奥へ続く進路に誘導し、通路の端々から飛び出してくるおどろおどろしい屋敷に相応しいお化けに扮装しているオートマタ達へと、子供達にこれを投げて退治するんだとブルーズが怖がる子等にボールを渡していく。
 言われるままに手に持ち投げつけると脅かし役達は迫真の演技で倒されてくれるので、このボールさえあればと子等は認識し、怯えた表情が一転勇ましいものへと変わる。
「では救出に向かおう!」
 ブルーズの声に「おー!!」と子供達が片手を高々と振り上げた。
 天音から「子ども達がびっくりして怪我をしないよう気をつける役目、任せるよ」と言われているのもあるが、元々の性格だろう、ブルーズの配慮は隅々まで行き渡っており、気づけば子供達は張り切ってお化け退治という任務に夢中になっていた。
 屋敷の奥へと進むごとにブルーズのバスケットからボールを奪うまでにこのアトラクションにのめり込んでいる。
 一際大きな扉を開けて、待っていたのは、左右にスパルトイを従えた″悪い吸血鬼″だった。
「悪いのー!」
「やっつけるのー!」
 一目見てやるべきは何かを悟った子等がブルーズからボールを貰い受け、それぞれに力いっぱい投げつけた。
 最初に倒れたのはスパルトイ。
 近衛の従者を失った吸血鬼へと向けられたボールの集中砲火。
「む、無念……」
 破名を攫った吸血鬼は胸を押さえてよろめくと壁の向こうへと消えた。同時に中庭へと続く扉も開く。
「わるいの、やっつけた?」
 見上げて聞くフェオルに、ブルーズは頷く。
「破名はこの先だぞ」



「やぁ、待ってたよ」
 扉の先には椅子に腰掛けた天音と破名が待っていた。
 中庭は手入れの行き届いた小さな薔薇園。
 古く曇った硝子越しではない陽光は燦々と降り注ぎ、だからこそ先程の冒険が際立つように印象に残り、子供達の顔は悪者をやっつけて保護者を助けだしたという誇りに輝いている。
「待て。何をするのか覚えているか?」
 さっそくと駆け出そうとした子供達に破名は本来の目的を思い出させる。

竹に短冊七夕祭り 多いは嫌よ ローソク一本頂戴なー くれなきゃ顔をかっちゃくぞー

 ハッとした顔で、慌てて二列に並び囃子唄を歌う様子に、そんな子供達のひとりひとりを眺めて天音は楽しんでくれてよかったと頷き、片手を自分と子供達の間にあるガーデンテーブルへと差し向けた。
「ロウソク1本、どうぞ」
 細めのロールケーキを立てて生クリームでデコレーション、真っ赤な苺で炎に見立てて、人数分、キャンドル型ケーキは、揃っている。



「本当にお屋敷を買われたのですか?」
 こそっと聞いてきたキリハにブルーズは緩く首を振った。
「実際買うかどうかの話に行き着く前に、学舎で打ち合わせをしていて、ちょうど通りかかった……」
 薔薇の学舎校長ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が、ならばうってつけの物件があるから貸そうという話になったらしい。
 うってつけ過ぎて少し手を加えただけで打ち捨てられた洋館よろしく随分と凝った外見と中身になってしまった。
 歌ってお菓子を貰うイベントにもう一工夫をと考える天音に、
「また、無駄に張りきって……」
 と思ったていたが、ものっそい勢いでケーキを平らげていく子供達に中々に楽しんでくれたみたいだと、蝋燭に見立てたロールケーキや、これからお持ち帰りしてもらう丁寧にラッピングされたキャンドル型キャンディを手作りしたり用意したブルーズは甲斐はあったかと破名と二人ただ椅子に座り子供達を眺めているパートナーを見遣った。