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夏祭りの魔法

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夏祭りの魔法
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「予想はしてましたけど、やはりカップルが多かったですね」
 泉 小夜子(いずみ・さよこ)は、もらって来た飲み物を片手に椅子へ腰を下ろした。
 屋敷のダイニングホールは、今日は休憩所として開放されている。椅子と机が並べられ、自由に飲める飲み物も用意されているので、ちらほらと夜店の戦利品を堪能している人々の姿がある。
 そんな中、小夜子はパートナーであるエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)と共に一休み中だ。
「まあ、あんな招待状を頂けば、みなさんカップルでいらっしゃいますわね」
 小夜子はちょっと残念そうに、ののとパトリックから届いた招待状の文面を思い出す。「ぜひ、大切な人とおいでください」。
 本当は小夜子も、大切な人と来るつもりだったのだけれど、都合がつかなくなってしまったのだ。だが折角お誘いを頂いたのだからと、エンデと二人でやってきた。
 夜店はあれやこれやと楽しむことが出来たが、やはりカップルに囲まれているとどうしても、少しだけ、気になってしまう。大切な人と一緒に来られたらよかったのに――とか。あるいは。
「エンデさんにも、素敵な人が見つかるといいのだけど……」
 未だ良縁に恵まれない、パートナーのこととか。
 突然話の矛先を向けられたエンデは、ごほごほと盛大に噎せた。
「さ、小夜子様、いきなりなにを……」
 何とか呼吸をととのえたエンデは、抗議の視線を小夜子へと向ける。すると自然、小夜子のその、すくすくと育った豊潤な肉体――の特にその一部――が視界に入ってしまう。小夜子がまとっている涼しげなノースリーブのワンピース、その胸元に大きく開いたスリットからこれみよがしに覗いているたわわなふくらみ。どうしても、自身の、どう贔屓目にみても小夜子と比べてしまえば控えめなそれと比べてしまって、ため息しか出ない。
「私はその……小夜子様に比べてスタイルが、よくないので、殿方には……」
 思わず弱音が口を付く。小夜子はそんなパートナーの言葉に一瞬口ごもる。
 決して胸のサイズが全てではないのだけれど、ここで自分が言っては嫌味のようだし。不特定多数から色めいた視線を貰うことと、自分にとって唯一の人と出会うことは別問題のはずだけれど、エンデが気を揉んでいるのはそういうことではないのだろうし。
「エンデさんは十分可愛いんだから、もっと自信を持つべきです。スタイルは……そのうち育ちますよ」
 なんとか言葉を選んで元気付けようとしたが、肝心なところは結局誤魔化した。
「小夜子様、私はけしからんスタイルの方が殿方に好かれると、経験的に分かっているんですっ!」
 やはりエンデは納得いかなかった様子で、むすっと口をへの字に結ぶ。それから、手にしていた飲み物をことんとテーブルに置く。
 そして。
「全く、けしからん胸ですね!」
 おもむろに小夜子の背後に回り込むと、後ろから抱きつくようにしてその柔らかな胸をぐわしと掴んだ。そのまま、鬱憤を晴らすかのようにもみもみと両手で揉みしだく。
「 きゃあ、エンデさんっ、そんな揉まないでくださいよ! 服、服がずれちゃう……」
 唐突なエンデからの攻撃に、小夜子は慌てて胸元を押さえようとする。元々大胆なシルエットの洋服だ。派手に動かされれば、容易にポロリがあり得る。
 しかしエンデは攻撃の手を緩めない。小夜子の悲鳴が、ホールに響き渡った。
 ――合掌。


 セルマ・アリス(せるま・ありす)オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)のふたりは、揃って浴衣に身を包んで祭りの会場へとやってきた。
「セルマも浴衣、似合ってるです!」
 自らも古典的な花柄の浴衣に身を包んだオルフェリアが、セルマに微笑みかける。落ち着いた藍染の浴衣を纏ったセルマは、無邪気にはしゃぐ伴侶の姿に目を細めた。
「おまつりは、普段売っていないようなものがいっぱいあって、楽しいのです」
 オルフェリアは、語尾に音符が飛びそうな弾んだ口調で言いながら、あちらを見たりこちらを見たりしている。
 そのうち、セルマがひとつの屋台の前で足を止めた。
「わたあめ、食べるか」
「はい!」
 その嬉しい提案に、思い切り頷くオルフェリア。セルマは、店番をしている機晶姫にわたあめ二つ、と言いつける。
 いくらかの小銭を受け取ったはっぴ姿の機晶姫は、器用に綿飴の機械の中で割り箸を回して、ふわふわの綿飴を二つ、あっという間に作り上げた。二つとも受け取ったセルマが、そのうちの一つをオルフェリアへ差し出す。
「うわぁ、ふわふわですー」
 はむ、と幸せそうな顔で砂糖菓子の雲にかぶりつくオルフェリアを横目に、セルマも一口かぶりつく。
 引き延ばされた砂糖の繊維が、ふわりと舌の上で溶けていく。
 もたもたしていると溶けてベタベタになってしまうのを知っているから、出来るだけ速やかに食べてしまおうと思って居ると。
「ねね、セルマのも一口くださいな」
 突然、オルフェリアがセルマと、セルマの持っている綿飴との間に割り込んできて、食べかけの砂糖菓子をぱくりと唇に挟んで、持っていってしまった。あまりに突然の出来事に、セルマは制することも出来ない。
「……二つ買った意味がないだろ」
 セルマの手元から失敬した綿飴の一部を、もぐもぐとご機嫌で食んでいるオルフェリアに、呆れ気味のツッコミを投げかける。するとオルフェリアははにかんだように笑って、人差し指を一本、唇の前に当てる。
「間接キッスです……でも、これはオルフェとセルマさんの内緒なのです」
 そう言ってふふ、と頬を染める妻の姿に、セルマはごほん、と雑念を振り払う様にひとつ咳払いした。
「あ、セルマ! オルフェ、金魚すくいがしてみたいのです」
 その間にもオルフェリアは、新しい興味の対象を見つけたらしい。ぴっ、と一体の屋台を指差してセルマの方を振り向く。その指が指す先には金魚すくいののれんを下げた屋台。
「金魚すくいもあるのか……試しにやってみるか」
 オルフェリアの誘いにのって、セルマは金魚すくいの屋台に向かう。
 こちらではののの友人が店番に当たっていた。先ほどと同じように小銭を渡して、ポイを二枚受け取る。
「よーし、負けないのですよ」
 よいしょと浴衣の袖をまくるオルフェリアの隣にしゃがみ、セルマも静かに袖をたくし上げる。
 二人の指先が水の中に何度か沈んで、ぱしゃんと金魚が跳ねた。
 そして結局一匹だけ、オルフェリアが手にしたビニール袋の中で泳いでいる。
「……」
 その、袋の中でついと尾を翻している小さな金魚を見詰めていたオルフェリアが、不意に黙った。そして、もじもじと言葉を探して、ようやく、あの、とセルマの袖を引く。
「セルマ、オルフェは誰も置いて行かないカムパネルラになるって言ってましたよね? 金魚を見て思ったのですが、人魚姫は最後、好きな人と一緒になれず、泡となって消えてしまうのです」
 余りに唐突な話の飛躍に、セルマは一瞬頭が着いていかなかった。けれど、オルフェリアが一生懸命なことは解って居るから、黙って聞いている。
「オルフェ、あの最後が好きではないのです。だって、人魚姫さんが可哀想ですから……だからオルフェはあの結末を変えたいのです。でも、結末を変えるのは容易じゃないのです……セルマは、こんなオルフェと一緒について来てくれるですか?」
 セルマを見上げるオルフェの瞳が、不安そうに揺れている。
 まったく、金魚の姿からそんなことまで想像するとは、と妻の想像力に舌を巻きながら、セルマは左手でオルフェリアの左手を取った。
「勿論だよ。野暮なこと聞くね、何のためにこれがあると思ってるの?」
 言いながら、オルフェリアの薬指にはまっている指輪を撫でてやる。すると、セルマの左手の指輪もきらりと光る。
「それはともかく……人魚姫の結末は人魚姫が思いを遂げられず、王子を殺す事も選べなくて起こった結末だったよね。それなら人魚姫の想いが成就してれば大丈夫なんじゃない?」
「セルマが居てくれるなら、オルフェの願いは全部叶ってるのです!」
 セルマの言葉に、オルフェリアはぱっと笑顔を浮かべる。そして、セルマのつけている指輪を確かめるように、ぎゅっと手を握った。
「……言っておくですが、オルフェ「天然」さんって言われますが、これは自覚的に言ってるですからね」
「あ、一応天然の自覚はあったんだ……そっちに軽く驚いたなんてそんな……」
 悪戯な笑顔を浮かべながら釘を刺すようなオルフェリアの言葉に、セルマはついと視線を泳がせる。
 しかし、もう、と唇を尖らせるオルフェリアの姿に、すぐ表情を緩める。
「冗談だよ。オルフェはそのままで全然かまわないと思う。俺は泡になんかさせないよ、オルフェを」
 ぽん、とオルフェリアの頭を撫でてやりながら言うと、オルフェリアはこくりと頷いた。
「ずっと、一緒ですよ」
 オルフェリアは嬉しそうに笑って、すっと手を差し出した。
 その手を取りながら、セルマも微笑む。
「うん、一緒だね」
 この絆が終わることのないように、と祈りながら、二人の手が重なった。