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夏のS-1クライマックス

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夏のS-1クライマックス
夏のS-1クライマックス 夏のS-1クライマックス

リアクション


【二 選手として、或いはスタッフとして】

 今大会のルールでは、各試合は時間無制限の一本勝負である。
 つまり本来であればラウンドガールなど不要な筈なのだが、運営サイドは敢えて、泉 美緒(いずみ・みお)にラウンドガールを任せた。
 美緒がリング上で掲げるパネルの表側には前の試合の結果が、裏側には次の試合のマッチアップがそれぞれ大きく記されている。
 美緒と一緒になってラウンドガールを務める者が居た。
 フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)である。
「凄く、お似合いですよ、フィリシアさん」
「ありがとうございます……でも、ラウンドガール用コスチュームって、こんなに沢山、用意してあったんですね」
 リングから退場し、花道からスタッフ用テントへと戻る最中、フィリシアは感心したように美緒と自身が纏う衣装を交互に眺めた。
 地下闘技場には数多くのラウンドガールが所属しているらしく、その体型も千差万別である為、様々なサイズの専用衣装が用意されている、という話であった。
「それにしても、ラウンドガール急募のお話に応じて下さって、本当に助かりました。私ひとりじゃ、ちょっと恥ずかしいかなって思ってましたから」
「えぇっと、実は……もともとラウンドガールをやりに来た訳ではないんですけどね」
 フィリシアは苦笑しながら、頭を掻いた。
 実のところ、彼女は夫のジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)と共に、バカンスを楽しもうとこの砂浜へ足を運んでいただけに過ぎなかったのだ。
 それがどういう訳か、ジェイコブはS−1クライマックスの選手として出場することになり、一方のフィリシアは運営スタッフからラウンドガールにスカウトされるという流れになり、今こうして、美緒と一緒に肩を並べて歩くことになってしまっていた。
 尤も、フィリシア自身は決して悪い気分などではなく、寧ろ積極的に、ラウンドガールとしての務めを果たそうという気分になっていた。
 土壇場になると、案外その気になるタイプのようであった。
「御主人の試合は何試合目ですの?」
「確か、6試合目ですね……あ、これはどうも、相手が悪いかも知れません」
 美緒に問われ、フィリシアはスタッフから渡されていたスケジュールに視線を落とし、表情を曇らせた。
 ジェイコブが選抜予選で当たる相手は、地下闘技場でも有名な選手である魔女っ子ヒートだったのである。
 美緒も、その名は知っていた。
 大会運営スタッフであり、同時に出場選手でもあるヴァンダレイ・シルバが要注意選手だと警戒していた人物だ。
 幾らジェイコブといえども、一筋縄ではいかないかも知れない。
「まぁ……負けてもともと、ですわ。夫は、プロレスとしての実績は無いに等しいんですもの」
 当初から休暇で海水浴に訪れていたフィリシアにしてみれば、早々に夫が敗退したところで、そのまま再びバカンスに戻れば良いだけの話である。
 恐らくジェイコブは本気で試合に臨もうとするだろうが、この辺は矢張り、男と女の感性の違い、というものであろう。


     * * *


 選抜予選、第二試合。

「さぁ続いては、第四師団のメイド隊長、朝霧垂と、グレート・ザ・極道の一戦だよッ!」
 理沙の紹介に続いて、セレスティアがこれからリングに上がる朝霧 垂(あさぎり・しづり)清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)のプロフィールを簡潔に読み上げる。
 垂は左腕を失ってはいるが、それでも敢えてリングでの戦いに臨もうという猛者だ。
 一方のグレート・ザ・極道こと青白磁は、ひたすら睨みだけを利かせて相手を威圧するという寡黙なレスラーというギミックでの登場である。
 両者とも、非常に癖の強い選手であるが、お互いに強烈な個性を放っているからこそ、そこで初めて輝くものがあるのかも知れない。
 尚、この試合では主審判の正子ではなく、副審判としてスタッフ参加しているラブ・リトル(らぶ・りとる)がレフェリング担当することになっていた。
「んもう……結局正子ったら、試合には出ないってんだし……勿体ないわよねぇ……」
 実のところラブは、自分が審判として参加する代わりに正子を選手としてS−1クライマックスに出場させることを目論んでいたのだが、正子は頑として受け付けず、あくまで審判に徹するとして、今もスタッフ用控えテントに退いていた。
 何だかんだいって、正子は蒼空学園校長という公の立場に就いている以上、この手の大会には出場する訳にはいかない。
 下手に優勝でもしてしまえば、校長という立場を利用したとの見方も取られかねず、そうなれば蒼空学園にとっても良い結果を生まなくなるのである。
 正子のそうした政治的な判断を、ラブは全く理解出来なかった。
 そこは矢張り、個人としての発想しか出来ない者と、トップに立つ者の思考の差というものであろう。
 ともあれ、試合開始である。

「おっしゃー、いくぜーッ!」
 開始早々、垂はグレート・ザ・極道の周囲を縦横に走り回り始めた。
 一方のグレート・ザ・極道は体力の消耗を避ける為、敢えてリング中央に陣取って垂の高速移動からの攻撃を警戒するのみである。
 垂は、グレート・ザ・極道の反応が鈍いと判断し、リングをおよそ三周したところで背後を取るや、そのままロープ際まで押し込んでいく。
 グレート・ザ・極道はそのままトップロープ上を回転するようにエプロンサイドへと押し出されたが、その際に垂が仕掛けたタランチュラによって、磔のような格好で両腕をロープに絡め取られてしまった。
 このままカウント4ぎりぎりまでぐいぐい締め上げてやろうと企図した垂だが、不意に目の前が暗転した。
 グレート・ザ・極道が口に含んでいた海水を至近距離から浴びてしまい、そのままリング内に転がるようにして退避せざるを得なかった。
「ぐわぁッ、畜生ッ!」
 海水による毒霧で両目を封じられた垂は、右手の甲で必死に瞼の裏の海水を拭い取ろうとするも、そこへタランチュラから脱出したグレート・ザ・極道が背後に忍び寄り、尻もちをついている垂の背中に強烈なヤクザキックを叩き込んできた。
 これは、流石に効いた。
(盛り上げる為に中盤辺りから派手にいこうかと思うておったが、これはそうも、いうてられんかいのう)
 グレート・ザ・極道は、思考を切り替えた。
 タランチュラから脱出する際、一度リングサイドに降り立っていたのだが、その時に、砂浜が剥き出しの場外から何かを拾って握った拳の中に隠していた。
 それは――打ち上げられていた海藻であった。
「どわわッ……な、何しやがるッ」
 ようやく目が回復してきた垂の背後から、グレート・ザ・極道は海藻で首を絞めにかかった。
 第二試合で早くも登場した凶器攻撃に、観客からは歓声とブーイングが半々となって響き渡った。
(お客の反応は、まぁまぁ悪ぅはないのう)
 グレート・ザ・極道の凶器攻撃は相手を倒す為ではなく、試合を盛り上げる為の手段に過ぎない。
 そこは垂もよく理解しており、然程のダメージは受けていないものの、敢えて苦しげな表情を浮かべて、必死に抵抗する仕草を見せた。
 ペースを掴んだグレート・ザ・極道は、この後も裏拳や地獄突きで追い込んでから極道ボムで3カウントを狙いにいったが、垂が片腕であることを考慮し、敢えて受け身の取り易い角度で落としたこともあって、勝利には繋がらなかった。
「やってくれんじゃねぇかよッ!」
 派手に叫びながら、垂はタックルで突っ込んでいき、そのまま肩口にグレート・ザ・極道を担ぎ上げた。
 所謂、F5の態勢である。
「うらぁーッ!」
 勢いをつけて担ぎ上げたグレート・ザ・極道の体躯を回転させ、場外へと放り出した。
 垂もすぐさま後を追って場外へと飛び降りる。

 だがここは、ラフファイトを得意とするグレート・ザ・極道の独壇場であった。
 グレート・ザ・極道は垂が接近してきたところで、今度は砂浜の中に埋もれていた貝殻を握り、垂の側頭部へと叩きつける。
 垂が怯んだところで、今度は場外ブレーンバスターだ。
 とはいっても、柔らかな砂浜が剥き出しの場外だから、然程のダメージは無かったのだが。
 尤も、観客席からはグレート・ザ・極道の反撃に対してブーイングの嵐が吹き荒れている。この反応、決して悪くない。
(後はもう、成り行きかのぅ)
 自分が勝っても良いし、垂が勝っても良い。
 グレート・ザ・極道としては勝敗よりも、ヒールとして観客を沸かせることが出来ただけで満足している部分もあった。
 しかし最後まで、ヒールはヒールらしくしなければならない。
 垂の髪をむんずと掴んで、半ば引きずるようにしてリングインすると、もう一発、極道ボムを仕掛ける態勢に入ろうとした。
 だがここで垂はグレート・ザ・極道の腕を払い除け、敢えて助走を使わず、至近距離からのフランケンシュタイナーを敢行した。
 下手に踏ん張れば、両者とも怪我をしてしまう――グレート・ザ・極道は咄嗟の判断により、垂のフランケンシュタイナーには逆らわず、そのまま引っこ抜かれる格好で頭からマットに突っ込んだ。
 これが、意外に効いた。
 垂はグレート・ザ・極道がすぐに動けないのを悟り、息を荒げながらも体固めに入った。
「1、2、3……ッ!」
 ラブが小さな体に負けないよう、派手に腕を振り上げてマットを叩く。
 カウントが3つ入り、垂の勝利が確定した。

 3つ目のカウントを耳にした時、グレート・ザ・極道はふと、観客席に視線を転じた。
 見ると、観客席の最前列に陣取っていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、何をやっているんだかといわんばかりの表情で、呆れたように小さく肩を竦めている姿が見えた。
(まぁ、負けは負けじゃい)
 ラブに右手を抱えあげられて勝ち名乗りを受けている垂を尻目に、グレート・ザ・極道はゆっくりと上体を起こしながら、僅かに苦笑を浮かべていた。


     * * *


 ―― 選抜予選、第二試合 ――

 ○朝霧 垂 (7分36秒、体固め) グレート・ザ・極道●