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夏のS-1クライマックス

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【四 選抜予選、後半戦へ】

 いよいよ満を持して、ヴァンダレイ・シルバの登場である。
 対戦者は、忍者超人 オクトパスマン(にんじゃちょうじん・おくとぱすまん)
 ルーシェリアと悠里は、ヴァンダレイに対しては単なる巨漢の格闘家という認識しか持っていなかったが、オクトパスマンの異様な外観には流石にどん引きしたようで、オクトパスマンがリングインしてくるや否や、まるで逃げるようにして場外へと去っていってしまった。
 ルーシェリアと悠里の超セクシーレオタード姿から一変して、顔面に生きた蛸を張り付けた謎の怪人の登場である。
 場内が物凄いブーイングに包まれたのも、無理からぬ話であろう。
 逆に、外見的には単なるごついおっさん程度でしかないヴァンダレイがリングインすると、何故か拍手と歓声が沸き起こった。
 これにはヴァンダレイ自身が随分と面喰らっていたが、つまりそれ程までに、オクトパスマンに対する観客からの風当たりが強かったともいえる。
「スミスミスミ〜ッ! 予選から本命と当たれるとはなぁ〜ッ! こいつは最高の舞台だぁ〜ッ! 悪魔のファイトをしっかり見せつけてやるぜぇ〜ッ!」
「……まぁ、何でも良いから、さっさと始めようじゃないか」
 幾分呆れた様子のヴァンダレイに対し、オクトパスマンは試合開始前からテンションMAXである。
 この試合のレフェリングを担当する正子も、何ともいえない表情ながら、ひとまずはゴングを要請して試合を開始させた。
 オクトパスマンは、ゴングが鳴るや否や、ヴァンダレイに突進して場外戦を挑もうという作戦だった――が、この時点で既に、オクトパスマンは大きな失敗をしてしまっていた。
 実のところオクトパスマンは、ヴァンダレイを場外から海中に引きずり込み、自身の最も得意とする水中戦を仕掛けようと考えていた。
 ところが、リングが設営されているのは波打ち際から数十メートル離れた砂浜のど真ん中である。
 場外から即、海へと入れるというオクトパスマンの発想は完全に外れており、もうこの時点で彼の作戦は全てが誤算だらけであった。
 そもそも、リングサイドの一面を波打ち際に寄せてしまえば、その一面だけ、観客席が設けられないことになってしまう。
 そんな不細工な設営を、大会運営スタッフがやらかす筈もないのは、少し考えれば分かる話であった。
 しかしオクトパスマンは、その辺りのことを何も考えていなかったきらいがある。
 その為、場外戦に突入した早々に、いきなり想定していた舞台へと移動することが出来ず、ヴァンダレイからの猛反撃を喰らってしまう有様であった。
 慌ててリング内に逃げ戻ったオクトパスマンだが、このリング内こそヴァンダレイの独壇場である。
 何とか必死に地獄突きやオクトラッシ(連続チョップ)などで反撃を試みるオクトパスマンだったが、必殺のヴァンダレイ・キック一発で敢え無く沈められてしまったのは頂けない。
 この、たった一発のヴァンダレイ・キックで大の字になってしまったオクトパスマンから、ヴァンダレイは片足で踏みつける格好で3カウントを奪った。


     * * *


 ―― 選抜予選、第四試合 ――

 ○ヴァンダレイ・シルバ (1分06秒、体固め) 忍者超人 オクトパスマン●


     * * *


 所謂、秒殺という形で勝負がついたヴァンダレイとオクトパスマンの試合結果を、美緒とフィリシアがそれぞれボードに掲げてリング内を歩いて廻る。
 このふたりのラウンドガールが掲げるボードの反対側には、次の対戦カードが記されてあった。
 正子に代わって次の試合のレフェリングを務めるラブは、これから自分が裁こうとする試合が何となくきな臭い方向に進むのを、半ば直感で感じ取っていた。
 まず青コーナーサイドの入場ゲートから、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)がフリル付きの可愛らしいワンピース水着姿で登場。
 ここまでは、まぁ、良かった。
 問題は、この後である。
 赤コーナーサイドの入場ゲートから姿を現したのは、白装束覆面姿の典韋 オ來(てんい・おらい)と、ツナギにシープマスク(羊の仮面)という姿のエレーン・ルナ・マッキングリス(えれーんるな・まっきんぐりす)のふたりであった。
 試合に出るのはエレーンだから、典韋は単なるセコンド要員という登録での参戦に過ぎない。
 だが、入場からして、この異様な雰囲気である。
 対戦者であるライゼが落ち着かない様子を見せているのも、仕方の無いところであろう。
 やがて典韋とエレーンがゆっくりとリングインしてきたところで、何かマイクパフォーマンスが始まるのか、と誰もが予感した矢先、不意にエプロンサイドに別の人影が現れ、そのままするするとリングの中に入り込んできてマイクを握った。
 自称『運営監督』兼『悪徳マネージャー』のローザ・ビショフこと、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)であった。
「コンニーチハ、パラミタジーンッ! ワタシハァ、GMノ、ローザ・ビショフデースッ! アナタガタ、ニホンゴ、ワカリマスカッ!?」
 パラミタ人に対して日本語分かるかと問いかける辺り、かなり怪しげな色物マネージャー米国人という立ち位置だが、これが観客にはバカ受けして、歓迎の意味でのブーイングがあちこちから飛んできた。
 掴みはOK。
 悪徳マネージャー・ローザは内心でほくそ笑みつつ、訳の分からない台詞を連発して客席を挑発する。
 次いでローザマリアは、合掌して怪しげな文言を唱えている典韋にマイクを向けた。
 それまで典韋は入場の段階から、
「婆羅門の審判を受けよーッ! 婆〜羅〜門〜ッ! 婆〜羅〜門〜ッ!」
 などと意味不明な台詞を延々と唱えてきていたのだが、ローザマリアからマイクを受け取るや否や、いきなり狂ったように吼え始めた。
「良いかッ! こいつがッ! エレーンだッ! ケルトの戦闘機械だッ! よぉ〜く見とけッ! そんじょそこらのレスラーとはなぁッ、レェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェベルッがッッッ! 違ぇんだよッ!」
 やっぱりやばそうな連中だった――ラブは内心で溜息を漏らしながらも、しかしレフェリーとしての仕事はしっかりと務めなければならない。
 エレーンがマスクを外し、ツナギを脱いだところで典韋とローザマリアがリングサイドへと退き、対戦者のライゼが一旦コーナーポストへと戻る。
 その瞬間、不意にエレーンがツナギを手にしたまま、背中を見せたライゼへと襲いかかった。
 エレーンは背後からライゼの頭部にツナギをすっぽりと被せて視界を奪い、エプロンサイドに引きずり出してから問答無用で断崖式アサイDDTを炸裂させた。
 このいきなりの凶暴なラフファイトに対し、観客席からはブーイング7割、歓声3割の反応が返ってきた。
 一方でラブは慌ててゴングを要請し、ようやく試合を開始。
 だが既に、最初の奇襲でかなり戦意を喪失しているライゼは、反撃の手が弱い。
 本来、垂のセコンドとして参加する筈だったのが、何かの手違いで選手登録してしまったというのが、今回ライゼがS−1クライマックスに参戦したそもそもの経緯である。
 その為、エレーンからのラフファイトがライゼの出鼻を完全に挫き、モチベーションを相当に落とし込んでしまったのは否めない。
 それでもライゼは何とか反撃すべく、アナコンダバイスや飛びつき三角締めなどを狙うものの、それらはことごとくエレーンの低空ドロップキックやブローグ・キックなどで返り討ちに遭い、これまた一方的な展開になりつつあった。
「あらら……こりゃちょっと、マッチングが悪かったかしら」
 悪徳マネージャーとして試合に介入するまでもなく、ライゼの半ば自滅に近い形でほとんど勝利は間違いないという状況に、ローザマリアはリングサイドで内心、困り果ててしまった。
 最早こうなってしまっては、次の試合で思う存分エレーンの凶暴ギミックを炸裂させるしかない――そう判断したローザマリアは典韋に目線で合図を送り、この試合ではふたりとも介入しないことにした。
 エレーンもローザマリアの意向を素早く察し、ライゼとの試合は秒殺で終わらせ、次の試合で本領発揮することで観客を喜ばせるという方向に切り替えた。
 実際、ライゼはテキサスクローバーホールドで、敢え無くギブアップ。
 盛り上がらないと思われる試合は、逆に秒殺で仕留めることでエレーンの強さを際立たせ、観客席を沸かせる――この瞬時の判断と方針変更が功を奏し、ただのつまらない一方的な試合から、秒殺試合という展開での非常に盛り上がった空気を演出することに成功した。
 ローザマリアのこういった辺りの機微は、流石であるといって良い。


     * * *


 ―― 選抜予選、第五試合 ――

 ○エレーン・ルナ・マッキングリス (2分26秒、テキサスクローバーホールド) ライゼ・エンブ●