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森の聖霊と姉弟の絆【前編】

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森の聖霊と姉弟の絆【前編】

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【3章】探索者ご一行


「了解しました。ああ、はい、集落にも連絡していただけるんですね。よろしくお願いします。はい、それでは」
「……誰から?」 
 携帯での通話を終えたカイに、リトが問いかける。
「舞花さん。誘拐された人の名前とかを教えてもらったよ」
 カイは歩きながら、舞花から得た情報を一行の面々に伝える。エースたちから図書館で調査した事柄についての電子データがHCに送られてきたのは、その少し後のことだった。
 そして幸いなことに、それ以降も道中では特に目立ったトラブルはなく、一行は今件の廃屋を眼前にしている。
「ここが悪党の拠点なのね!」
 相変わらず妙な意気込みを見せているリトだったが、その様子を鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が複雑な表情で見つめていることには気付いていない。
「けど多分、ソーンはここに居ないわ」
 極めて冷静にルカルカ・ルー(るかるか・るー)はそう言う。しかし、リトはムキになって反論した。
「そんなの入ってみなきゃ分らないよ! 私は絶対にソーンを許さないんだから!」
 すると見かねた貴仁が間に割って入り、リトを宥めるように言葉をかける。
「その怒りはわかりますが、感情的になりすぎですよ」
 どうにもリトが危なっかしく思えたため、貴仁はその護衛として一行に参加していた。ソーンの行方やその面影を見たらそのまま飛んでいってしまいそうなリトをいかに制御するか。彼女の心境を考えれば怒るなとは言えないが、少しは落ち着いてほしいところだ。――そう、貴仁は考えていた。
「まあ、とりあえず入ろうぜー?」
「ちょっと、少しは警戒しなさいって」
 こちらは白波 理沙(しらなみ・りさ)とそのパートナーのランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)。考えるより先に行動するタイプのランディを理沙が諌めているが、果たしてどれ程聞く耳を持っているのかは分らない。
「特に物音とかは聞こえてきませんね」
 同じく理沙のパートナーである早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)が廃屋の玄関前で聞き耳を立てるも、内部から聞こえてくる音はない。
「ほら、やっぱり大丈夫だって。まあ、中にそんな重要そうなものを置いてると思えないんだけどなぁ……入らないことには始まらないだろ?」
 そう言ってランディは廃屋の扉を押し開けようとする。
 その時、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がはっとしたように声を上げる。
「危ない!」
 間一髪。セレンの言葉を受けて思わず後ろに跳び退ったランディの目前で、細い鉄製の矢が降り注いだ。
「大丈夫ですか!? ランディさん!」
 姫乃が驚いて尻餅をついているランディに駆け寄る。幸いにも矢はランディの獣耳の先を掠めただけで、大事には至らずに済んだようだった。「だから警戒しなさいって言ったでしょ」という理沙の言葉にも、苦笑いを浮かべて謝罪する余裕があるようだ。
「扉を開けたら弓矢の雨か……。でも、おかげで先に進めるな」
 玄関口に突き刺さった鉄の矢を引き抜きながら、カイが言う。しかし、セレンはその言葉に首を横に振って、再び一行に警戒を促した。
「残念ながら、今ので警報がなったみたい。来るわ」
 そう言い終わらないうちにセレンの目前で廃屋の扉が勢いよく開いて、見張り役らしいロボット兵が襲い掛かって来た。
 しかし元々戦闘用に造られたのかも怪しいその機械が、セレンに勝てるはずなどなかったのだ。
 ロボット兵はそのアームに取り付けられた杖をセレン目がけて振り下ろしたが、かわされた隙を突かれてあっけなく撃沈した。いつものビキニとは違う露出度の低い服装も相まって、敵を撃退したセレンの背中には大人の余裕が感じられる程であった。
「ロボットに尋問って効果あるかしら?」
 見張りを見つけたら【その身を蝕む妄執】を使用するつもりだったが、果たして幻覚を見せられるものなのか、恐怖を与えることが出来るのか、よく分らない。
 すると、その様子を見守っていた常闇 夜月(とこやみ・よづき)が「ちょっと宜しいでしょうか」と口を挟む。
「その杖に【サイコメトリ】を使ってみたいのですが、良いですか?」
 セレンが取り押さえたロボット兵の持ち物を指さして、夜月は言った。銃でも剣でもなく杖を装備しているという不自然さに加え、以前ソーンが杖を持ち歩いていた事実が彼女に行動を起こさせたのだった。
 夜月は杖を手に取ると、目を閉じて意識を集中させていく。

 見えてくるのは蛍光灯の明かりに照らされた無機質な部屋。デスク上のコンピューター。そして、鉄格子。

 ――助けてくれと、その口で言うのですか?
 何と愚かなのだろう。
 醜くも命乞いをしてくる男の形相を眺めていると、吐き気と同時に可笑しさがこみ上げてくる。ああ、この男がこれほど必死に他人に縋ったことが、かつてあっただろうか。村長などという下らない肩書きを振りかざし、よそ者だというそれだけの理由で僕らを虐げていたこの男が、いまや何と哀れな姿になっていることか。
 ――そう言って来た者を全て見捨てて、突き放して、貴方たちは生き延びてきたのでしょう?
 そうだ。こいつらは真っ先に逃げ出した。彼女を無理やりあの島に繋ぎ留めたまま、他の多くの住民を見殺しにしたまま、こいつらは自分が助かるためだけにこの島へと移住したのだ。
 その汚い手で僕の白衣に触れるな。同情を引くようなセリフなんて、お前たちの口から発するな。反吐が出る。
 あの人の名前を呼ぶな。お前が殺した彼女の名を、僕が唯一尊敬し、憧れている彼女の名を汚すな。
 僕はお前に生かされたんじゃない。ハガルに――僕の唯一の肉親、姉であり母であり恩師である彼女に育てられ、生かされていたんだ。
 ――だからもう二度と、その口で彼女の名を呼ぶな!
 差し上げましょう、彼女の苦しみを。ああそうだ。同じように、その右足を折ってあげましょうか。
 それにしても、杖の先で打ち据える度に絶叫するのはどうにかならないものか。この程度の痛み、どうってことないでしょう? ああ、煩くて嫌になる。
 ――住む場所を与えてやった恩を返せと、村唯一の医者である彼女の足を折ったのは貴方方でしょう。閉じ込めて薬の開発をさせている間に、村長としての責務を果たすどころか逃亡とは。ああ、本当は彼女を責めた人間を全員、誘拐してしまいたかった。現在まで生き残っていたのが貴方たちだけとは残念ですよ、本当に。
 
 心に浮かんだもののうち、どれだけの言葉を吐き出したのかは分らない。分るのは、我に返ると同時に嘲笑が顔を満たしていくこと。自分自身もこの男たちと同様に、醜く汚れていることだ。
 だって、ハガルを救えなかったのは自分も同じなのだ。あの時もっと早く島に帰っていれば、違う結果になっていたかも知れないのに。
 ようやく完成した薬を指で示しながらこの腕の中で意識を失った彼女を、助けることが出来なかった。
 全て、手遅れだった。