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 Episode27.異郷の祭りにて
 
 
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、エリュシオン、ルーナサズの祭にアイシャ達を誘った。
 大通りはビールやその他の酒類、つまみなどを出す露店でひしめいていたが、少し横に入ると、他にも色々な露店がある。
 ビアガーデンの一角に腰を落ち着け、楽しんでおいで、と言ってあとは動こうとしないオリヴィエ博士を置いて、詩穂はアイシャと共に祭で賑わう街を歩く。
 露店の他にも、普通に営業している店もあり、詩穂は雑貨屋を見つけてアイシャを呼んだ。
「此処、セルフィーナのお土産があるかも。入ってみようよ」

「皆様と、楽しんできてくださいね」
 留守番することにしたセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)は、詩穂達にお土産を頼んだ。
「売っていたらで構いませんが、買ってきて欲しいものがあります。
 たまに売っているのを見かける万華鏡、わたくしは、あれがとても大好きなのです。
 色とりどりで綺麗ですよね。もしも見つけたら、買ってきてくださいませ」
 万華鏡は、人の心に似ている、とセルフィーナは思う。
 多様に見えても、自らの内にあるものしか映し出せない。
 逆に言えば、これだけ多様に見えても、全ては自らの内にあるものなのだ。
 暗に秘めたメッセージに、詩穂達は気付いてくれるだろうか。
 一緒にいるから幸せ、という、外側のことではない。自分達が幸せだと思うこと、それが大事なのだと。

 万華鏡は置いていますか、と壮齢の店主に聞いてみると、幾つかの品を出してくれた。
「わあ、これ、すごい」
 細長い筒が、見事な細工の龍の形の彫刻だった。
「これはドワーフの作品だよ。
 昔は、龍鉱石の買い付けに、多くのドワーフがこの街を訪れていてね。ここ十年程は見なくなってしまったけど……」
 店主の説明を聞きながら中を覗いて見ると、中の細工もとても綺麗だ。
 一目で気に入って、詩穂はそれをセルフィーナのお土産にすることに決めた。


 広場では、楽団が奏でる音楽に乗って、集まった人々が好きなように踊っている。
 明るく、軽やかなメロディーに、詩穂もアイシャに手を差し出した。
「詩穂達も踊ろう!」
「はい」
 アイシャも頷いて、その手を取った。
 踊るアイシャの楽しそうな笑顔を見て、詩穂は嬉しく思う。
「最初は使命だとか何だとか険しかったのに、久しぶりに会ったら、表情が豊かになったね」

 祭を満喫しながら、詩穂は待っていることがあった。
 アイシャからの言葉だ。
 自分は、既に想いを伝えた。だから、アイシャから切り出してくるまで、このことに触れるつもりは無い。
 以前アイシャは、シャンバラの女王として、自分の意思は無いのだと言っていた。
 けれど、もう今は違うのだ。
 ここでアイシャから何もできないというのなら、人間としての意思も無いと思うしかない。
 二人で共に歩む。そういう約束だった。
 自分だけが意思を示しても意味がない、詩穂はそう思っている。

「詩穂? どうかしましたか」
 アイシャが不思議そうに首を傾げている。
「何でもない。
 ねえ、そろそろルグスを買いに行こうか。このお祭のメインイベントだよ!」
 二人は、露店でひとつずつルグスを買い、それを広場で放つ。
 飛ばす前に詩穂は、ルグスにペンダントを掛けた。
「詩穂? それは……」
 見覚えがある。問われて、詩穂は笑った。
「アイシャちゃんのも、ちょうだい」
 手を出して、首を傾げつつも言われるままに渡したアイシャのペンダントも一緒に掛ける。
「もう、要らないの。“代わり”は」
 そう言って、ルグスを飛ばす。
 それは詩穂とアイシャ、互いの写真が入ったお揃いのペンダントだった。
「物より思い出、って言うのとは違うかな?
 でも、これからはいつでも会えるから……だから、必要無いんだ」
 アイシャは、ペンダントをつけて空へと浮かんで行く詩穂のルグスを見送る。
 そして自分も何かをルグスに付け、同じように空へと飛ばした。
「? 何を飛ばしたの?」
「私は……詩穂にいつも貰ってばかりだったから。私も何か、贈りたいと思ったのですけど」
 実は、昼間の雑貨屋で、詩穂に贈ろうと選んだ物があったのだが。
「でも、物なんて要らないですね」
 いつでも、会えるのだから。
 二人は、空に浮かぶ無数のルグスを見上げる。もうどれが、自分達の飛ばしたものなのか解らない。

「……ありがとう、詩穂」
 詩穂を見つめて、アイシャは礼を言った。
「アイシャちゃん?」
「ごめんなさい、上手く言えません……。
 私の中に、沢山の思いが溢れていて、自分では、上手く探すことができないの」
 自由になって、世界が広すぎて、今、アイシャは呼吸をすることすら新鮮な程。
「……うん、解るよ」
 大丈夫、と詩穂は頷く。
 二人、微笑みあって、もう一度空を見上げた。
 少しずつ、ルグスが優しい炎に包まれ始めている。