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アリサ・イン・ゲート -Rest Despair

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アリサ・イン・ゲート -Rest Despair
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 そこをすでにキャンプとして言うべきなのか。
 そこは難民居住区とでも言い換えるのが正しいだろう。
 プレハブの簡易住宅が並び、かつての風晒のテント組で寝転ぶ人々はいない。
 仮住居の街とはいえ、砂埃にまみれる不衛生な生活から一変し、多くの難民たちが最低限ではあるが衣食住の保証がされている。
 【ノース】が援助金を捻出し、外世界の彼らの融資と資材提供もあって50万世帯という難民の街が出来た。
 資金の調達という側面ではパラミタ十字教団の募金活動も見落としてはならない。難民キャンプを始点として、教団の布教活動は瞬く間に広がり、【ノース】に多くの信徒を獲得したことがある。
 収縮する世界において、救いを説く教義が誰もが抱く消滅への恐怖と不安の隙間に浸透したのだろう。その証拠に、難民キャンプで支援団体が真っ先に建てたのは教会だった。初めは病人を集めて看病する広い建物として作られたが、結局その様式は外世界で言うカトリック教会を模したものだった。
 教団のマリアたるアリスティア・マグダリアスの役目も命を尊ぶ奉仕者から、救いを説いて人々を宥める宣教者へと変わっていた。
 はたから見れば胡散臭い変わり身だが、難民の多くが彼女に救われており、今もまだ奉仕者たらんとする姿勢は変わらない。
 より胡散臭いというならば、それはキングと呼ばれる教団の創設者たる男だろう。アリスティアとは違い表には出ずに、資金集めと教団を【ノース】の公認宗教にするために躍進していた。布教という側面から見れば彼の努力があったからだろう。努力の甲斐あってか、パラミタ十字教団は【ノース】の一大宗教となっていた。
 「約束されし救いの地へ」という合言葉に込められた思いには、多くの人々が【第三世界】からの脱出とパラミタという新たな楽園を望む心が現れている。
 ただ、難民たちにおいては、いつ来るかわからない終焉からの救いよりも、一時の空腹を満たす食事を求め、教会横の炊き出し場所に並んでいた。

 炊き出しのスープが配られているプレハブの脇、資材の入った木箱に難民の少女を座らせて、彼女の髪をとく清泉 北都(いずみ・ほくと)
 お洒落になれるというのはどんな女性にとっても嬉しい事であり、少女もまた上機嫌だった。
 揚々と給仕をサボっている北都の耳をつまみながらにリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)が言う。
「いつまでやっているんです? あまりやり過ぎるのも髪を痛めてしまいますよ」
「注意を口実に耳をいじらないでよぉ……」
 出していた犬耳と尻尾を縮ませて講義する北都にリオンの加虐心が疼いたが、このままだと犬の手でパンチが来そうだったと自重した。
 北都は櫛を仕舞い、少女の肩に手をおいて終わりの合図をする。
「そういうわけでここまでだよぉ」
 少女は立ち上がると髪の具合を確かめて「ありがとう!」と言った。
「あと、これ。破れを裁縫しておきましたから」
 リオンが配給の服を渡す。少女は親に言われて配給の服を取りに来たのだが、服に穴が開いていた。北都が少女の相手をしている間にリオンが服を縫い繕っていた。
 リオンにも「ありがとう!」と礼を言い、少女は住居へと帰る。
 夕焼けに少女は振り返り、
「またね、犬のおにいちゃん」
 などと、手を振ってくれた。北都は少し気恥ずかしくなる。
 リオンが言う。
「子どもはいいですね。無邪気で」
「ほんとにねぇ。大人は髪を梳かすことより、説教を説かれるほうが好きみたいだけど」
「北都には珍しい皮肉ですね。私も大人たちの態度には言いたいことはありますが」
 今はまだ少ないが、大人たちの一部は十字教団に対して盲信的だった。その数は今後徐々に増えていくだろう。そしていつかあの子どもまでもが『パラミタには行けない』という事実を知らないまま、教義に取り憑かれる。そう思うと二人ともやるせなかった。
 だからといって、救いを求める人々に真実を教える訳には行かなかった。
 茜色の空を北都は見上げる。
「せめて、この世界の崩壊さえ止まってくれればなぁ……」
 遠く【ノース】の空に列をなす鳥の群れが南に向かっていた。

 鉄色の鳥達が彼らの心をより不安にさせた。