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【アガルタ】未来へ向けて

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【アガルタ】未来へ向けて

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★未来へ向かう01★


 天井に青い空が映し出される。その天気は実際の地上のものを反映している。
「……ふむ。どうやら晴れてくれたようだね」
 街の天井を見上げたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、膝の上に乗った猫の背を撫でた。
 アガルタの上空の空は気まぐれだ。それでも今日という日が晴れたのは、街の人々の想いが通じたか。
 真意は定かでは無いが、準備を手伝ってきたメシエとしても晴れたのは嬉しいことだ。

『にゃあカフェの手伝いをしてあげようか。
 祭り当日は花火まで地下のお店で猫達と戯れよう』
『……手伝ってる?』
『オープンテラスにするのに椅子や机は運んであげるよ。油断するとリリアが色々と手伝いたがるからね』
 そんな会話を店主のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)としたのは数日前のことだ。

 メシエはリリアが立ち上がろうとしているのを視界の端で捕らえ、それよりも早く立ち上がる。
「リリアは大人しくしていなさい。私が運ぼう。猫たちの部屋でいいのかい?」
「はい、お願いします。女性の方が紅茶ですので」
 妻であるリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)の動きを遮り、厨房から顔を出したエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)からお盆を受け取る。
 リリアとエオリアは顔を見合わせ、少し苦笑した。実は先日、リリアが妊娠していることが分かった。まだまだお腹も目立っていないが、それ以後というもの、メシエの過保護っぷりが増したのだ。
(安定期になるまでは色々と注意しなくては)
(たしかに安定期に入るまでは当然だというのは一理あるけど。産めよ増やせよ地に満ちよな種族。どんどん増えるわよっ)
 考え方の違いは種族の違いもあるかもしれないが……男女の差というのもあるかもしれない。
(でもメシエにあまり心配掛けさせたくないから大人しく言う事聞いておこうかしら。
 だってその方がメシエも働いてくれるし)
 過保護さには呆れつつも、リリアは甘えておくことにする。

「あら? どうしたの?」
 そんな手持ち無沙汰な彼女の元には、いつも以上に猫たちが擦り寄ってくる。お腹の子どものことがわかるのかもしれない。
「ふふふ、もしかしてお祝いしてくれてるの? ありがとう」
 優しく頭をこすりつけてきた猫にお礼を述べつつ、入口のベルが鳴ったので客を出迎えに行く。案内ぐらいなら、とメシエも渋々許可してくれているのだ。
「いらっしゃい。ゆっくりとしていってね」
 案内した後、入れ違いに会計を済ませたカップルには、線香花火を手渡す。
「良かったら夜におふたりでどうぞ」
 祭を楽しんでいってくれたらいい、そんな想いを込めて。

「モンブランが2つ。クッキーに……カップルさんが来られたんですね。じゃあタルトも……そろそろ新しいの作らないといけませんか」
 一方で厨房にいるエオリアは大忙しだった。そこにリリアが顔を出す。
「エオリア、さっきのお客さんが栗きんとん持って帰りたいって……いけるかしら?」
「ちょっと待ってください……はい。大丈夫ですが、箱何かありましたっけ?」
 数を確認して、それから首を傾げる。そのまま渡すのはさすがにと思ったのだろうが。
「探したんだけど、こんなのはどう?」
 リリアは店の飾りで余った紙を使って栗きんとんを可愛らしく包む。あとはそれを紙袋などにいれれば、ひとまずは大丈夫そうだ。
「ということで、メシエ。買ってきてくれない?」
「やれやれ。そういうことはエースに、といいたいが仕方ないね」
 エオリアは料理を作らなければならないので動けない。リリアにそんなことはさせたくない。そしてエースはこの場にいない、となればメシエが動くしかない。
「すみません、よろしくおねがいします」
 そうしてなんとか3人で店を回していく。
 祭ということもありいつも以上に客が多い中、いつもより少ない人数でまわすのは大変だ。エースはどこにいるのかというと。

「……地下の方は大丈夫かな?」
 地上にいた。
 エースは数日前のメシエとのやり取りを思い出し、少し不安に駆られる。が、足元から聞こえた鳴き声に気持ちを切り替える。
「うん。そうだね。俺たちは俺たちで頑張ろう。地下のことは皆に任せてきたんだしね」
 実は今回、臨時出店として地上に来ているのだ。
 店の周囲、だけでなく鑑賞スペース周辺を緑色のツタが覆っている。まだ魔物避けの壁が完全に出来ていないので、警戒しつつ、花々を飾り付けてある。
 これで危機をいち早く察知すると同時に、訪れた人たちに「綺麗なところだね」と喜んでもらいたいという気持ちからだ。
 そんなとき、植物達がその震動をいち早く察知した。だがそれは警戒ではなく――。

 エースが顔を上げてその影を確認した。同時に、彼のカバンから一匹の猫が飛び出す。
「ごましおっ? なんでここに……ってそうか。土星くんに会いにきたんだね」
 苦笑しつつごましおを抱き上げたエースは、遠くに見える巨大な影。移動式住居へと手を振った。
「花火の時には来てくれると思うから、それまで大人しくしておくんだよ」
「にゃっ」



***


 無事に北アガルタに着いた移動式住居の中心部で、土星くん 壱号(どせいくん・いちごう)は息を吐き出した。祭開始数日前からこうして送迎を始めているのだが、毎回緊張してしまう。
(また誰かを乗せて運べる日が来るやなんてな。夢……かと思ってまうわ)
 住居に人を乗せる。その喜びを土星くんが噛み締めていると

「よーし、いまだよ、セレちゃん!」
「おうっなのだ!」
『なななっなんやなんや! って、またか』
 土星くんに襲い掛かる――網。またか、とつい漏らしてしまうほど網に捕らわれることに慣れてしまったのかと気づいて一瞬落ち込んだ土星くんだったが、すぐさま怒鳴った。
『何やっとるんや、小娘どもがー』
 土星くんを虫取り網で捕まえたのは、我らが代王セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
「ねね、土星くん。一緒に遊びに行こう?」
 美羽が誘う。土星くんは網の中から這い出ながら、首を横に振った。
『悪いねんけど、わしはまだ仕事があるから無理や』
「えー」
 ぶーぶーと文句を言われ、土星くんは『とりあえず昼飯は一緒に行ったるわ』と2人を促す。
「そんなに忙しいんですか?」
『この後補給したら場所移動するし、ここらへん砂多いから整備もこまめにしとかんと』
 甲板へと向かいながらベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)にそう説明する。
「むう。土星くん、行かないのか?」
『なんや小娘。お前さん、カウントダウンの仕事に来たんやろうが。遊ぶ気マンマン……ああ、いつものことか』
「遊びじゃないぞ。視察だ、視察」
「そうだよー。視察もかねてるんだよー」
『あー、はいはい。分かったっちゅーねん。ったく、しゃあないな。手が空いたら、案内したるわ』
 約束をとりつけ、機嫌が向上したセレスティアーナと美羽を横目に見てかすかに口元を緩める土星くん。そんな表情をしっかりと見たベアトリーチェとコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は互いに目を合わせ、少し苦笑した。
 相変わらず素直になれない球体である。

『おやっさん、席あいとるか?』
「ん? ああいらっしゃい」
 土星くんが案内したのは、住居の甲板部分(小さな家が並んでいる)にある屋台だった。出迎えたのは、おやっさんと呼ばれるには少々若い佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。
 どうやら親父さんと呼ぶのがこの屋台でのルールのようだ。
 テーブルとイスが並んだだけの簡素な店ながら、そこからはとても食欲をそそるおでんの香りがしていた。
『ちょっと冷えてきたからな。こういうのがええやろ?』
「おおっおいしそうだな! よし、オヤジ? ちくわとシュウマイをとってくれなのだ」
「手羽元もあるんだ。じゃあ僕はそれとたまごで」
「私はー、大根と厚揚げ! おつゆももらっていい?」
「はいよ」
『わしはいつもので頼むわ』
「あ、いいなぁ、そのいつものって何?」
「ふふふ。常連さんなんですね。……あ、セレスさん、そのままだとこぼしてしまいますよ」
「ほぐぐぐほ」
「……セレス様、落ち着いてください。誰もとりませんから」
 急いで食べているセレスにベアトリーチェが注意をし、護衛の陽一が苦笑する。
 弥十郎はそんな一行の食べっぷりを満足げに見ながら次々に食材を仕込んでいく。時にはテイクアウトの客がやってくる。
「佐々木さん、お持ち帰りで欲しいんですがありますか?」
「ありますよ。あとできれば親父と呼んでほしいな」
 などとにこやかに対応していた。

「おら、そこどけよ。俺の席だろうが」
 が、聞こえてきた声に彼の眉が少し動いた。目が声のほうに向く。
 大柄な男性が、座っておでんを食べていた老人を見下ろしていた。どうもあとからやってきた大男が文句をつけているようだ。
 機嫌よく食べていたセレスの顔がむっとした。何か彼女が言う前に、弥十郎が口を開いた。
「お客さん、こっちの席が空いてるんでこっちどうぞ」
「んぁ? 俺はここで食いてぇって言ってんだ」
 どうやら酔っているらしい大男の顔は赤く、時折舌が回っていない。
 話が通じないことに、弥十郎はそっと息を吐き出してから男へと近づく。一歩、近づくたびに弥十郎から発せられる……圧が増えていく。
 そしてぽんと男の肩を叩き、何事かささやく弥十郎。顔は笑ったままだ。

「お前もおでんの具にしてやろうか」

 聞こえたのは傍にいたものと、よほど耳の良いものだけだろうが、少なくとも酔っ払いの男にはハッキリと聞こえた。赤い顔が青くなっていき
「す、すみませんでしたー」
 代金を置いてすたこらと去って行ったのだった。


 今日の教訓。
 屋台の親父は怒らすべからず。


 一つ学んだところで、土星くんとセレス一行は分かれ、セレスたちはもう少し住居内を散策した後、地下へと向かうことにした。


***


「ぐぬう。今回のはさすがにきつそうでござるが」
 唇を噛み締めるのは、上田 重安(うえだ・しげやす)だ。険しい目つきは歴戦の勇士を思わせる雰囲気だが、今の台詞だけで大体の事情が察せられた。

 まあつまり、今日も今日とて料理(対戦)中である。

 今日の相手は、巨大な烏賊(イカ)。
 長年料理し続け、命の危機にさらされ(?)てきた彼だからこそ、そのイカの強さが分かる。
 これも日々の戦いの成果――いや、これは喜んでいいのでござろうか。

 重安がそんな不安に駆られている頃、様子をチラ見した経理のコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は平和ね、と呟いていた。
「吹雪がいないと静かね」
 イスに腰掛けて背伸びをする。まあ静かといっても、相変わらず賭けは行われており、自分の利益のために重安の集中を崩そうと大声を上げている客達が大勢いるので、騒がしい。
 が、それはもはや日常なのでコルセアにとっては静かな部類だ。
「ぬ、おおおおおおおっ」
 重安の声が遠のく。空高くできらんっと輝く星が見えたが、コルセアは気にしない。
 平和を満喫しているコルセアだったが、気を抜いてしまったのが間違いだったのだろうか。
 イカと戦っていた重安がいなくなった今、当然イカを止める人もいないということで……にょきっと窓を覆う吸盤。割れる窓ガラス。
 しかしながら、コルセアは慌てることなく持っていたペンで触手を突き刺す。痛みで触手がひっこむ。
 そんなとき、連絡が入った。ちらと名前を見ると吹雪の名がある。

「……さあて、少し休憩しようかしら」

 悪い予感を覚えたコルセアは外で暴れて逃げ出したイカも、吹雪からの連絡も聞こえないフリをすることにした。
 それがいい判断だったのかどうかは分からない。

 だが巨大イカは、なんと地上まで逃走してしまったのだった。


 地上部。アガルタ食堂の屋台。
「今日は特別な食材をいっぱい用意したであります!」
 気合を入れているのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だ。隣には食材の一つだろうか、巨大なタコがいる。
「我に任せるといい。賭けを盛り上げてみせようぞ」
「頼んだであります! そして賭けで儲けるのです」
 喋ったところを見ると、食材ではなくイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)のようだ。

 今回は2人でこの鑑賞スペースでアガルタ食堂の味を広めるべく、店を出しているのだ。

「ふっふっふ。腕によりをかけた食材たちであります。ちゃんと料理するでありますよ」
 吹雪の言葉とともに、食材たちが飛び出してきた。イングラハムがファイティングポーズをとる。
「我を重安と同じだとは思わないことだ」
 不敵な笑みを浮かべるイングラハム。何か策でもあるのかもしれない。

 そして吹雪はというと、
「アガルタ食堂、今日の料理人はこのタコであります!
 賭けに参加する人はこちらでお願いするであります」
 普通の料理はスタッフに任せ、賭けの管理をし始めた。だがそのすぐあと、悲鳴が響いた。

「イカよ、巨大なイカよー」
「なに。しかし我が料理して……ぬああああっ」
 振るわれた白い触手がイングラハムを遠い彼方へと吹き飛ばしてしまった。
「うむむ。あのイカには見覚えが。いけないであります! 料理しなくては」





「わっわわわ、な、なんなのだこいつらは」
 目の前に現れた食材たちに、セレスティアーナが慌てる。だが他の面々はひどく落ち着いたもので
「これは……食堂のっぽそうですね」
「だろうな。他にこのような事態を起こす店がそうそうあるとは思えん」
「まあ、美味しそうですわね。では私が料理を」
「止めてくれ。ライラの料理は――」
「何か?」
「はわっはわわわ、ら、ライラ様あれは一体」
 ドブーツ・ライキ、ライラ・フライラ、ラン・パックラ、が冷静に(ランだけ慌てている)話し合う。
 コハク、ベアトリーチェ、美羽が一歩前に出て彼らを庇う。

「セレスティアーナ様、お下がりください」
 護衛の陽一が、そのうちの一体を倒し、ライラも参戦し、なんとか場を治めることに成功した。
 まるでギャグまん……奇跡のように怪我人はいないが、建物などに損害は出てしまった。

 もちろん、その被害請求先はアガルタ食堂であり、吹雪は支払いのために経理のコルセアへ連絡する。

「……おかしいであります。コルセアが出ないであります」

 コルセアの予感は的中していたのだった。

 この日の売り上げは、プラスマイナス0であったらしい。