なし

リアクション

　１０年後、２０３４年。

「セレン、手紙よ」
　セレアナ・ミアキス（せれあな・みあきす）が郵便受けに入っていた二通の手紙の一つをセレンフィリティ・シャーレット（せれんふぃりてぃ・しゃーれっと）に差し出した。
「……これって、もしかして……」
　受け取ったセレンフィリティはまじまじと差出人と宛名の見覚えがありすぎる悪筆を確認しながらセレアナを見た。
「１０年前にイルミンスールで書いた手紙ね。今日まで無事に生きて手紙を受け取る事が出来て良かったわね」
　セレアナはこくりとうなずいた。あの時、軍人という職業故に受け取られるかどうか分からないと思っていただけに受け取る事が出来た今はとても感慨深い。
「そうね。というか、受け取れて当然よ。あたし達がそう簡単に死ぬわけないんだから（何よりセレアナを残して死ぬつもりはないんだから。これからも）」
　セレンフィリティは生きているのは当たり前と言う力強い調子で言った。
「その通りよ、セレン（セレンを残して死ぬような事はしない。私のためにもセレンのためにも……）」
　セレアナは即答しつつ胸中で未来体験薬で見た自分が死んだと思い込んだ愛する人のあまりにも悲惨な姿を思い出していた。あれはもしもの世界だが必ずしも起きないとは言えない。だからこそ彼女だけでなく自分も生きなければと。
　何はともあれ
「開けてみましょうか」
「そうね。何書いたんだっけ」
　セレアナとセレンフィリティは手紙を開封して読んだ。

　手紙開封後。
「……読む必要は無かったかもしれないわね」
　セレアナは流麗な文字で綴られた手紙を読み進めながら予想出来、当たり前過ぎる内容にくすりと口元に軽い笑みを洩らした。
　その内容に
「……（今も１０年前と同じように手のかかるセレンに呆れたり時には喧嘩もして口もききたくないような時もあるけれど、それでも私達は二人でいることを選んでいるわ）」
　セレアナはそっと胸中で返事を返した。１０年前の自分に。
　そして
「１０年後の今もこうして生きて二人でいるのだからこれからも……」
　１０年前のあの時のようにずっと続く事を願った。

　一方。
「えーと……これ、なんて書いてんの？」
　感慨に耽るセレアナとは対照的にセレンフィリティは手紙を広げた途端、ミミズがへべれけに酔っぱらってブレイクダンスでも踊っているような滅茶苦茶な悪筆ぶりに目が点になっていた。
「……これって字よね……書いたのは覚えているけど……何を書いたんだっけ」
　セレンフィリティは必死に並んでいる文字らしき物を判読しようとするが不可能。
　結果
「……セレアナ、これちょっと読んで貰ってもいい？」
　セレンフィリティは頼りになるセレアナに力を借りる事にした。
「えぇ、いいわよ」
　自分の手紙を読み終わったセレアナは安請け合いな調子でセレンフィリティから手紙を受け取り読み始めたというより解読を始めた。
「…………（予想はしていたけど……悪筆すぎてまるで読めない……かろうじて文字らしきものが書かれているのは判るけど……本当に１０年前は酷いわね……それに比べて今は幾らかはマシになったけれど……こんな悪筆な子が今度の人事で准将に昇進して旅団長になったなんて……何だか不安ね）」
　セレアナは顔色を曇らせ文字らしきものが並んでいる程度しか解読出来なかった。ちなみに昇進したのはセレンフィリティだけではなくセレアナも昇進し少佐になった。相変わらず副官のままだが。
「……セレアナ」
　少し期待の顔で訊ねるセレンフィリティ。
　しかし
「……悪いけど、お手上げね。その時の事本当に何も覚えていないの？」
　セレアナは手紙を返しつつセレンフィリティの期待には答えられない事を伝え、逆に当時の記憶を訊ねる。
「ん〜、覚えてないわね。その時、あたしセレアナに何か言ってなかった？」
　セレンフィリティは受け取った手紙を見つつ溜息を洩らし自分が覚えていない記憶をセレアナが覚えていないか逆に質問で返す。
「……確か、セレンは手紙の効果を使って未来を見て……１０年後も二人一緒だったとか言っていたわよ」
　セレアナは記憶を辿り、自分が知る限りの事を教える。
「あたし、そんな事言っていたのね……なら、それにちなんだ事のはずよね」
　言った本人のセレンフィリティは全く覚えていない上にセレアナの言葉を手掛かりに彼方に飛んでいった記憶を捕まえようとするも
「……だめ……思い出せない……」
　一欠片も捕まえる事は出来ず
「もう思い出せないならそれでいいや……何かの拍子で思い出すかもしれないし」
　挙げ句、開き直る始末。
「……はぁ（やっぱりこうなるのね。この辺りは昔も今も変わらないわね）」
　セレアナは疲れたように溜息を吐き出した。
　ここで
「あっ、セレアナ、今日は確か絵音達と久しぶりに会う約束していたわよね」
　セレンフィリティは今日の大事な約束を思い出した。
「えぇ、もうそろそろよ」
　と、セレアナは時間を確認した。
　そして、二人は急いで支度を調えた。
　程なくして中学三年生となった絵音達、元あおぞら幼稚園の園児達が会いに来た。

　再会の時。
「久しぶり、セレンお姉ちゃん！」
　中学三年生となった絵音が幼稚園時代からの親友スノハを連れて現れた。その横には他の元あおぞら幼稚園児達がいた。
「久しぶり、絵音。元気そうね」
　セレンフィリティはにこにこと元気に挨拶を返した。
「変わらず二人は仲良しなのね」
　セレアナは変わらず絵音の隣にいるスノハの姿をとらえ微笑ましげに。
「当然だよ、ね、スノハちゃん」
「そうそう」
　絵音とスノハは互いに顔を見合わせにこにこと笑い合う。
「セレンお姉ちゃん達は昔と変わらず綺麗だねぇ」
　絵音は変わらず美女のセレンフィリティ達を憧れの目を向けた。
「絵音も美人さんになってるわよ」
　セレンフィリティはにこにこと昔の面影を残しつつも可愛くなった絵音を褒め
「あら、ありがとう」
　セレアナは褒めてくれた絵音に礼を言った。
　それよりも
「何よりこうしてセレンお姉ちゃんとセレアナお姉ちゃんに知り合う事が出来て良かった。こうして今も仲良くする事が出来て……初めて会った時は迷惑掛けちゃったけど……」
　絵音はセレンフィリティ達と出会い今日まで交流が続いてる事に感謝していた。
「そうねぇ。スノハと喧嘩して誘拐されて大変だったわね」
　セレンフィリティはクスクスと今ではかなり昔だが昨日の事のように思い出せるあの誘拐事件を思い出した。
「……もう、昔の事だよ。そんな事よりセレンお姉ちゃん達の方だよ。軍人さんって大変でしょ」
　絵音は恥ずかしい思い出に顔を赤くして逸らすなり成長と共に理解したセレンフィリティ達の仕事に心配するようになった。
　しかし
「心配ありがとう。でも大丈夫よ、あたし将軍になったんだから、カッコいいでしょ！」
　セレンフィリティはドヤ顔で自慢を始めた。
「ふふん、ねーちゃんに負けねぇからな。俺は大きくなってすごい奴になるからな」
　昔何かと勝負を吹っ掛けてはセレンフィリティを負かしていたウルトは現在も負けん気を見せていた。
「ふふん、それは楽しみね。このあたしに勝とうなんて百年早いわよ」
　セレンフィリティはふふんと胸を張って負けず嫌いを見せていた。
「もう、子供相手に何やってるのよ」
　セレアナは変わらずの大人げなさにあちゃーと思い溜息を吐き出していた。
「本当に変わらないね」
　成長しますます聡明そうな少年になったシュウヤが友人ウルトとセレンフィリティのやり取りに呆れていた。
「そうね。シュウヤは将来の事何か考えているのかしら？」
　セレアナはシュウヤに聞いた。
「何になりたいというのは無いけど、自分の知らない色んな事を知りたいかな」
　シュウヤは変わらず読書好きな彼らしい答えを出した。
「それはいいわね。シュウヤならきっと立派な大人になるわよ。賢いから学者とか博士とかかしら」
　聞いたセレアナはくすりと笑みながらシュウヤならなれるかもしれない未来の職業を挙げた。
「かいかぶりすぎだよ。でも……初恋の人にそう言われるのは嬉しいかも……あの頃はあなたに憧れて一緒にいられる事が本当に嬉しくて……今も……」
　シュウヤは恥ずかしそうに言うなり幼い頃に抱いていた不確かな感情の名前もすっかり分かり
「……」
　セレアナは静かに聞いている。
「軍人として頑張っているし凄いと思うし憧れてる。でも素直にずっと幸せでいて欲しいと願ってるよ。セレンお姉ちゃんと」
　シュウヤは昔の自分をすっかり受け入れ前に進んでいた。
「……ありがとう」
　セレアナは成長した昔自分に恋心を抱いてくれた少年に礼を言った。

「ねぇ、これ何？　手紙？」
　キーアが偶々置いてあるセレアナの手紙を発見した。
「そうよ。１０年前に書いた手紙。そう言えばみんな来年は高校生になるのよね。将来の事で色々気になる頃だろうし、１０年後の自分に手紙を書いてみたらどう？　無論、強制はしないけど、１０年後の自分があの時と比べてどう変わったかを手紙を通じて知るのも悪くないかなと」
　セレンフィリティが手紙の説明と共に未来の自分への手紙書きを勧めると
「それ面白そう！　アタシは色んな所を冒険する人になりたいなぁ。今はそんなに遠くに行けないけど大人になったらもっと遠くに……」
　キーアが真っ先に将来の自分を思い描いた。
「キーアらしいわね」
　セレアナは冒険好きがますます成長し拍車が掛かった様子のキーアに軽く笑みを洩らした。
　ここで
「セレンお姉ちゃんはどんな手紙を書いたの？」
　絵音が言い出しっぺのセレンフィリティに手紙について訊ねた。
　すると
「……」
　セレンフィリティはギクリと硬直してから
「届いたんだけど……なくしてしまって……（悪筆が原因で読めないとか言えるか！）」
　テキトーな笑いを浮かべて答えつつこっそり自分の手紙を回収。あまりにもひどい手紙を子供に見られたら大人としての面目が立たないので。
「……はぁ（まぁ、見せられないわよね）」
　セレアナは呆れの溜息を吐き出すだけでセレンフィリティを追い詰めるような事は言わなかった。
　自分の手紙から興味を逸らすため
「準備するからみんな書く内容を考えるのよ！」
　セレンフィリティは率先して絵音達の手紙書きの準備を始めるのだった。