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 今の自分がある為に

 望んだのは過去。
 シャンバラ教導団に入学したきっかけ――同時期にシャンバラへ渡った知人が教導団への入学願書を手に入れた事から便乗して入学したのだった。


 ◇   ◇   ◇


「はぁ……はぁ、い……生きてる、私……」
「……カーリー、あたしも……生きてる……」
 教導団の訓練で、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はそれぞれ両膝に手をついて呼吸を整えていた。入ったばかりの教導団、入学試験で合格し、訓練に臨んだがそれはゆかりとマリエッタの想像を遥かに超える過酷なものだった。その様子を校舎の影から見ていた2人は過去の自分達を見て改めて思った。
「……よく生き残ったと思います、これ……」
「いつ脱落するか、綱渡りだったよね……」
 訓練というよりも、むしろ篩いにかける有様としか言いようのない日々に、ゆかりとマリエッタも周囲から見れば脱落は時間の問題と思われていたらしい。あの頃はそんな周囲の目を気にする余裕もなく、毎日の訓練とカリキュラムを必死にこなす事で頭が一杯なのだった事を思うと、しみじみと呟いてしまうのだった。

 地球に居た頃のゆかりは、国立大学法学部の学生だった。輝かしい未来が約束されたような環境ではあったが、どこか充ち足りない日々を感じていたのも確かだった。その原因の一端はこれといった目標がなかった事だ。
「シャンバラに渡る前は、何となくで日々を過ごしていました……マリーと契約してシャンバラへ渡って、教導団に入学して……今ならそれが解ります」
 ゆかりの呟きに、マリエッタも過去の自分達の姿に1つ解った事があった。
「あたしもね、訓練は厳しいし脱落しないようにするのが精一杯だったと思う。でも……不思議と嫌な思い出というわけではないんだよね、カーリーが一緒に頑張っていてカーリーに付いていこうって思ったら、自然と頑張れた」
 2人の視線の先では、ほんの少し休憩した後でトラック1周分の障害物コースを30分以内にクリアするという訓練を始めるところだった。普通の障害物ならば、ゆかりもマリエッタも顔を引き攣らせる事も無かったと思うが――訓練とはいえ、実戦を想定した障害物レースに脱落しかけながらゆかりとマリエッタは必死にクリアしていった。

「……ねえ、マリー……この訓練の後って確か……」
「うん、シャンバラ大荒野でサバイバル訓練だったよね……この障害物レース、基礎体力を付けるとか何とかじゃなかったかな」
 本当に、しみじみと訓練中を振り返る2人に魔道書達も声をかけられず、在りし日の地獄のような日々を一緒に眺めてしまうのだった。

 そんな厳しい訓練を経て、ゆかりの“現在”は「シャンバラ教導団大尉」である。


 ◇   ◇   ◇


 シャンバラ教導団での5年という月日は、ゆかりとマリエッタにとってかけがえのない時間の積み重ねがあった。華奢なゆかりには縁遠かった軍隊の訓練が、地球で学んでいた法学部(国際法専攻)よりも彼女をより充たしていた。守護神として崇められながらも、他力本願な人間に愛想を尽かしていたマリエッタがゆかりと契約し、彼女と共にシャンバラ教導団での訓練に耐え続けた。それは確実にゆかりとマリエッタへ目に見えない価値を2人へ与えた時間――

「……あの頃は、ただがむしゃらでした。でもそれは紛れもなく私自身が選んだ道で自分の足で立って歩いていた証でもあるんですよね……その強さを得た5年だったのかもしれないです」
 障害物コースを乗り切ったゆかりとマリエッタがぐったりとしていると、同期の教導団員だろうか、飲み物を持って2人を労っている姿が見えた。その光景に懐かしさを感じたマリエッタがゆかりの言葉に続いた。
「人間に愛想を尽かしていたあたしが、カーリーと契約出来たのも……教導団の訓練を乗り越えられたのも、やっぱりどこかで人間を信じたかったのかもしれないね。あの日々だって、カーリーが居たから耐えられた……うん、今なら言えるわ。この5年間が、あたしとカーリーの絆を強固に結び付けてくれたんだよ」

 パラミタでの始まりの日、その日々を振り返ったゆかりとマリエッタは初心に戻り、あの頃の気持ちを忘れないと心に刻んだ。

 これからの未来を過ごす為に――ゆかりとマリエッタの時間は現代に戻り、再びゆっくりと流れ始めるのだった。