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イルミンスール大浴場へ



「たまには、こうして一人でのんびり風呂に浸かるのもいいもんだなあ」
 一人で瓢箪型の風呂に浸かりながら、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、まなじりを下げました。
 すぐそばの流れる風呂では、珍しくザンスカールの森の精 ざんすか(ざんすかーるのもりのせい・ざんすか)が、ツァンダの町の精 つぁんだ(つぁんだのまちのせい・つぁんだ)と共に、風呂桶をビート板代わりにしてバシャバシャと泳いでいきました。今日はまだ流れていません。
 ローゼンクライネの姿も見えませんが、きっとどこかでリンちゃんホイホイをしているのでしょう。
 なにしろ、イルミンスールの地下にあるこの大浴場は広いのです。日々拡張しているのではないかという噂まであるくらいで、たまにジャングル風呂で遭難者が出たとか、すでに住み着いている者さえいるという噂まであります。名実共に、有力な七不思議候補です。まあ、毎年スライムがやってくるだけでも、大変ではあるのですが。
「まあいいかあ〜」
 たまにはのんびりしたいと、ほうっと息を吐いて上を見あげると、唐突にリン・ダージ(りん・だーじ)と目があいました。ローアングルはちょっと危険です。
 耐えました。
「いいかじゃないわよ。毎回毎回、なんとかしてよね!」
 そう言いながら何かもぐもぐと食べているリン・ダージが、引きずってきたローゼンクライネをぽーんっとコハク・ソーロッドのいる湯船へと投げ入れました。何のことはない、ローゼンクライネのしかけたお菓子の罠に引っ掛かって、また籠に閉じ込められかけたのです。
「ちょ、ちょっと。ぐはっ、重い……。ぶくぶくぶく……」
 不意をつかれたコハク・ソーロッドが、ローゼンクライネの下敷きになります。ローゼンクライネは、オリヴィエ博士改造ゴーレムです。見た目は普通の少女ですが、ゴーレムなので重いのです。
 そのまま、コハク・ソーロッドはローゼンクライネの下敷きになって湯船に沈んでいきました。

    ★    ★    ★

「まったく。毎回あたしがホイホイにかかると思ってもらっちゃ困るわよ」
 もぐもぐと何かを咀嚼しつつ、ジャングル風呂の中の遊歩道を進みながらリン・ダージがぼやきました。ちっとも説得力がありません。
 そこへ、なんだか変な匂いが漂ってきました。
「カレーいかがデスっかあ。美味しい、美味しい、カレー、デース」
 屋台を牽いたアーサー・レイス(あーさー・れいす)がやってきました。いや、やってきたと言うよりは、待ち構えていたのではないのでしょうか。
「いいところへ来まシター。さあ、これを食べなサーイ! カレーを食べない限り一生追いかけマース。食べてくだされば一生カレーをごちそうしマース」
「どっちもやだ!!」
 すでに盛りつけたカレーを突き出して、アーサー・レイスがリン・ダージを誘いました。
「そんな手に引っ掛かるものですか。あんたの作るカレーなんて、殺人カレーに決まってるじゃない!」
 思いっきりリン・ダージが警戒します。当然です。
「大丈夫デース今や我が輩のカレーはワールドワイド! 世界規模の人気食なのデース。心配なく御賞味いただけマース。問題はありまセーン。これは愛情を込めてリンさんのためだけに調整した世界レベルのカレーデース。隠し味にチョコレートも入れたので大丈夫デース」
 一応カレーチェーンで成功したアーサー・レイスが保証しますが、当然これっぽっちも信用できません。
「美味しいのだー。おかわりーなのだあ!」
「こばー!」
 いつの間にお客としてきていたのか、ビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)小ババ様が、元気よく空のお皿をアーサー・レイスにむかって突き出しました。
「喜んでデース」
 ふっ、当然だという顔でアーサー・レイスが新しいカレーをビュリ・ピュリティアたちに渡すと、貴様はどうするといった顔でリン・ダージの方を見ました。
 もしかして、美味しいのでしょうか。
 ビュリ・ピュリティアたちの他にも、ほとんどこの大浴場に住み着いているらしいPモヒカン族の女とかパラ実の食い逃げ番長とかが屋台に群がってカレーを食べています。
 匂いだけでしたら美味しそうですし、見た目も普通のカレーです。
「た、食べてみてもいいかな?」
 思わず、リン・ダージが口走ってしまいました。
「その言葉を待っていたデース!」
 即行で、アーサー・レイスが特製カレーをリン・ダージに手渡します。
 ぱくっ。
 恐る恐る、リン・ダージが、特製カレーを口に入れました。以前は、この後ナラカの光景を見たわけですが……。
「あれっ? 美味しい?」
「当然デース! クンクン。リンさんからはカレーを食したときに極上の味に変化する気品ある血の気配がしマース」
 アーサー・レイスが自慢げに胸を張りましたが、クンクンかがれてリン・ダージが思いっきりどん引きます。
「うそっ? うしょお〜!」
 そのとき、アーサー・レイスの屋台の上にとまっていたが一声鳴きました。
「美味しい! おかしい? 美味しい! おかしい?」
 半信半疑ながらも、やっぱり美味しいので、リン・ダージがカレーを平らげていきます。
「なんだ、このカレーは。中にパンツーハットが入ってるじゃない。これは、パンツーハットに対しての侮辱だわ!」
「そうだ、女将を呼べ、女将を!」
 突然、横でカレーを食べていたPモヒカン族と食い逃げ番長が騒ぎだしました。すでに、何杯もカレーを食べた後です。
「こんなカレーなんかに金が払えるか! ぢゃ、そゆことで」
 そう捨て台詞を吐くと、一目散に二人が逃げだします。食い逃げです。
「待つデース。食い逃げデース。罰に、特性激辛カレー風呂につけてやるデース!」
 逃がすものかと、アーサー・レイスが二人を追いかけていきました。
「ふう、食べた食べた」
「美味しかったのだ」
「こばー」
 リン・ダージもカレーを完食すると、アーサー・レイスがほったらかしていった屋台を後にしました。
 アーサーカレー、今日の売上金は0ゴルダです。