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我を受け入れ、我を超えよ

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我を受け入れ、我を超えよ

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 カリキュラムをこなした受講者たちがバラバラの時間帯で出てくるのを見ていた佐野 和輝(さの・かずき)アニス・パラス(あにす・ぱらす)
 彼らは次のカリキュラム受講者たちのうちの一組である。

「というか、俺一人で良いと言うのに、アニスも頑固だな」
「アニスは自分の心の影と対決なんて無理。自分が怖いから……。でも、和輝は戦うって言う……なら、ずっと一緒にいるって決めたアニスは見届けないとダメなんだと思う」
「そうか。ありがとな」

 人見知りの激しいアニスがこうやって人の多い場所にいるのも辛いだろう。
 でも、それでも和輝の背中を押したい一心でこの場にいるのだ。

「終わったみたいだな。アニス、覚悟はいいか?」
「うん。和輝なら、大丈夫だよ」

 出てきた受講生と入れ替わる形で和輝とアニスは部屋へ入っていった。

「(過去の自分……乗り越えるにしろ、受け入れるにしろ……どちらにせよ、決着をつけよう)」

 起動音が鳴り響く中、そう覚悟を決め和輝は真っ直ぐ向こうを見る。
 アニスは同じ部屋にいるが、傍に立つことはせず部屋の隅で見守る形をとった。

 音が止み、現れたのは幼さが残る中学生時の和輝の姿。
 その和輝の顔には表情がなく、瞳は黒く濁っている。

「過去の俺。決着をつけようじゃないか」
『決着? お前がいくら頑張ろうが、結局は一人の人間だ』

 覚悟を決めた目と、濁った目が交じり合う。

「確かに俺はお前、お前は俺。一人の人間なのは確かだ。でも、あの頃のお前とは俺は違うんだ」
『何故、抗うんだ? もう、あんな思いをしたくないだろう?』
「あぁ、あんな思いは二度とごめんだ」

 思い起こされる痛みは幻だが、体に心に鋭い痛みが走る。
 心臓がある部分をわし掴む和輝。
 中学生の和輝は口元だけ上げ、手を差し出してくる。

『昔に俺に戻ろう。世界に興味を持つなんて、馬鹿らしいぞ』
「馬鹿らしくない……戻らないと決めたから、だから抗うんだ。繰り返さないために、後悔しないために」
『戻らない、繰り返さない、そう言っているが、後ろを見てるじゃないか。後悔の形で』
「後ろを見ても構わない。戻る訳じゃないからな。何が大切で、何を守るべきなのかを改めて自覚するには、過ぎた時を見るのが一番だ」

 伸ばされた手に何も反応を見せず、和輝は中学生の和輝の濁った瞳を見て話す。
 返された言葉を聞いて中学生の和輝は嘲笑う。

『守る者? おいおい、また傷つきたいのか?』
「分かってるさ。傷つくかもしれないって、でも、逃げないって決めた」
『無力な自分が悔しかったろ? 無慈悲な世界が怖かったろ? いくら大義名分を並べても、心の弱さは変わらない。いや、変えられない』
「ああ……“人”は怖い。俺たちは嫌という程、体験したな」

 あくまでも冷静に。感情に飲みこまれないように努める和輝。
 反対に中学生の和輝はだんだんと感情が高ぶっていく。
 現れてから、和輝を飲み込もうとしていたその和輝は、思うように飲まれない和輝に苛立ちを露わにする。

『何で、何でだよ!! いいじゃないか! 世界は俺たちを見捨てたんだ! なら、関わらなければいいじゃないか!!』
「だが、隠れても逃げても、最後は向き合わないとダメなんだ。だったら、こっちから打って出てやるさ」
『嫌だ! 父さんや母さんを奪った世界が憎い! 無慈悲な世界が憎い! 無力な自分が憎いんだよ!!』

 かんしゃくを起したかのように叫び出す中学生の和輝。
 感情が高ぶるごとにその存在が大きくなっていく。
 存在が大きくなるのとは反対に、和輝はどんどん後ろへ後退していった。

 逃げたい訳じゃない。でも、今にも飲みこまれそうで和輝の足はどんどん後ろへ下がっていく。

「憎い……憎しみはある。それ以上に自分が無力なのも分かってる。分かってるさ」

 和輝の何倍にもなった大きさで和輝を睨む中学生の和輝と、下がっていく和輝を見ていたアニス。
 感受性が高いアニスはどちらの和輝も抱いている感情を感じ取っていく。

 今まで黙っていたが、今この瞬間こそ、和輝の背を押すタイミングだと感じた。
 感じてからの行動は早い。

 ばっと走って二人の和輝の間に立ち塞がる。

「そんなことない! アニスはっ……アニスは、和輝がいてくれたから! 今、こうしてられる! 和輝は無力なんかじゃない!!」

 言いたい事はたくさんあるのに、それをうまく言葉にできない。
 もどかしい感覚を抱いたアニスは和輝の方を向き、彼の手をとる。

「だっだから、今度はアニスが引っ張ってくよ!!」
「アニス……」

 アニスに手を引かれ、一歩。もう一歩と巨大化した和輝に近づいて行く。
 足を前に出すにつれ、感じていた迷いがなくなっていく。

「俺は確かに世界は憎いし、無力な自分も憎い。でも、そんな俺でも守りたい人はいるし、いつまでも嘆いてるだけじゃいられない。憎しみを抱く俺も俺だし、弱い部分があるのだって俺だ。全部俺なんだよ」
『いくつも仮面があるのに?』
「あぁ。複数の仮面があるのも俺だ。それの元になったお前も俺なんだよ。どれが俺で、どれが俺じゃないとかはないんだ。戻る必要も抗う必要もない」

 しっかりとアニスの手を握り、巨大化した和輝を見上げる。
 迷いも冷静になろうとする心もなく、ただあるがままそれを受け入れようとする彼の想いは、巨大化した和輝にも伝わったようである。
 徐々に体は小さくなり、元の中学生の和輝に戻っていった。

『……馬鹿だよ。本当に、お前は、馬鹿だ』
「……かもしれない。お前からすれば、俺は大馬鹿者さ」

 嘲笑うでもなく、嘆いているでもなく、いろいろな感情が入り混じった表情で和輝を見る中学生の和輝。
 黒く濁っていた瞳は、濁りが消え黒い瞳になっている。

『随分と可愛らしい首輪が付けられたもんだ』
「“枷”じゃない。新しい“家族”だ」
『そうか“家族”か』

 “家族”という言葉を噛みしめ、中学生の和輝はアニスの髪を撫でる。

『俺をよろしくな』

 それだけ言うと、空間と共に中学生の和輝は消えていく。
 元の装置が設置された無機質な部屋に戻っても、和輝とアニスの手は繋がれたままだった。