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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第3章 繋がる刻(とき) 9

 東京湾から発生する荒波が岸にまでその余波を与えていた。
 気象情報では突発的に発生した突風だという話だったが、無論、契約者の素質を持った者にとってそれは建前の情報でかない。
 幼い大岡 永谷(おおおか・とと)には、東京湾の上空で起こっているイコンと化け物たちとの戦いがはっきりと見えていた。
「パンダしゃん……みんな……だいじょぶかな……?」
 彼女は心配そうな目でパンダと呼ぶ熊猫 福(くまねこ・はっぴー)を見上げた。幼いトトの手を握る福は、彼女を安心させるように優しげな笑みでその顔をのぞき込んだ。
「大丈夫だよ。きっと、トトが願えばそれがみんなに届くわよ」
「トトが……お祈り、したら?」
「うん」
 トトには、詳しいことは分からない。どうしてみんなが戦っているのか。どうしてこんな化け物がいるのか。それが悪い奴、戦っているロボットたちはきっと良い奴で……世界の平和を守るために戦っているんだと、そんなことぐらいしか彼女には分からない。
 だけど、トトは一生懸命祈った。みんなが無事でいること。そして、きっと悪い奴をみんなが倒してくれることを。
「パンダしゃんも……一緒に……?」
「うん、アタイも一緒に祈る。だから、ここで頑張ろう。その祈りが届くようにねっ」
 微笑んだ福と一緒に、トトは目をつむって、小さな手をぎゅっと握り合わせて祈りを捧げた。


 すでに、インテグラルとの戦いが始まって一時間以上が経とうとしていた。
(くそっ……時間がやばいな……)
 愛機ラーズグリーズを操る柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は内心で舌打ちしながら、焦りを隠せなかった。
 インテグラルを封印するタイムホールが開かれているタイムリミットは二時間である。となると、あと半分以上もないのだ。だというのに、インテグラルを時空の穴の向こうに押し込むためのクリスタルはまだわずかな数しか撃ち込まれていない。
(こいつは……これまでみたいに戦ってたらどうしようもないぞ)
 恭也は静かにそう分析しながら、モニタに映る敵影を確認した。そのとき、通信回線が開く。
「主、インテグラルに近づくためにはこちらのルートしかなさそうですね」
 同乗する副パイロットのエグゼリカ・メレティ(えぐぜりか・めれてぃ)だった。モニタの端に映る彼女の顔が、苦渋の決断でもするような顔つきになっている。
 敵の索敵情報や戦況分析は彼女が担当しているのだ。割り出されたルートがモニタに映し出されて、恭也はうなるような声を漏らした。
「…………こりゃ、最悪だな」
 インテグラルの回りには巨大なイレイザー・スポーンの集合体が、親玉を守るように散開している。その中心を突破するのが難しいため、右回りに旋回して頭上から猛スピードで落下するのだ。
 ただし、その際の負荷は生半端なものではない。最悪の場合は機体のスラスターやエンジンが熱量過多のヒートオーバーを起こして爆発するかもしれなかった。
「白竜さんからもらったデータです。上手く突入できて、しかも機体のコントロールに細心の注意を払えば、理論的には可能だそうですが……」
「無茶言ってくれるぜ……だけどよ、突入口だけはどうしようも出来ないぞ?」
 頭上から突破するにしても、そこには複数体のイレイザー・スポーンが壁のように待ち構えている。それを避けて行け――ということなのだろうが、“逝く”ことになりかねないと、恭也はひきつった笑みをこぼした。
 すると――
『そこは私に任せて』
 回線に割り込んできたのは、不敵な笑みを浮かべる金髪の娘だった。
「ローザマリアっ」
『私のグレイゴーストIIはもともと強襲用イコンだからね。狙撃から高速機動で敵を殲滅することを想定して調整が施されてる――望遠性能は自信があるわ』
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はその言葉に嘘偽りはないように、口元をにやりと持ち上げた。彼女が所属するのは七番狙撃部隊である。しかも、その中でもピカイチの性能ときた。
「遠距離からのスナイプシュートと、敵の攪乱か……。経験は?」
『モチのロン。演習だけでなく、実戦でもこの距離は何回かね』
「…………よっしゃ、任せた」
 十分な時間を熟考に取って、恭也は告げた。ローザマリアは了承すると、すぐに準備にさしかかるため通信を切る。
「作戦にはみんなの協力も必要だ。突入時には俺以外にもついてきてもらわないとな。エルゼリカ」
「はい、主?」
「全員に作戦内容を連絡――総攻撃開始だ」
 モニタの端にいる彼女に向けて伝えると、恭也は強気に言い放った。
「人間を侮るなよ、インテグラル」



 戦艦近くを陣取るイコンの中に、巨大なスナイパーライフルを構えるイコンがあった。
 グレイゴーストII――ローザマリアの操る愛機である。F.R.A.G.仕様のスナイパーライフルの照準は、インテグラルの頭上を守るイレイザー・スポーンの塊を狙っている。
「センサー、各機能動作チェック。問題なし」
 同乗している副パイロット――フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)が告げた。彼女の冷然とした顔が、ローザマリアのモニタの端に映っている。
「撃ち抜いたら、すぐに敵機へ接近して攪乱に移るわ。エンジンの調子は?」
「異常なし。ただ、エネルギー出力は86%弱といったところだよ。最高スピードで加速するのは危険だね」
 フィーグムンドはあくまでも冷静さを欠かさない声音で言った。
「…………距離観測は終わってる? 目測だと、それでもなんとかなりそうだけど」
「うん、大丈夫。あのぐらいの距離なら、時間にして110秒だ。他の狙撃班が攻撃している間に到達出来るはず」
「よし、……準備はOKね」
 あとは外部通信からの合図を待つだけだ。
 緊張状態のまま、ローザマリアは操縦桿を握ってその時をまった。合図が来れば、すぐにでも狙撃する。チャンスは一瞬。そして、照準はそれまで一時たりとも逸らしてはならない。
 無論――不安はある。だが自然とローザマリアの口角は持ち上がっていた。まるで、未来でも見えているかのように。
「来た――!」
「!!」
 瞬間、引き金を引くと同時に、イレイザー・スポーンの塊が撃ち抜かれた。