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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第3章 繋がる刻(とき) 8

「お前は、誰だ?」
 まず最初に、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が発したのはそんな言葉だった。目の前に現れた敵に対してのものだ。印象は、極めて異質である。
 本来、イレイザー・スポーンしか存在しないはずのその場所に、彼女は――いや、“彼女たち”はいた。
「…………」
 狐のお面を被った幼い少女と、いかにも親しげな笑みを常に浮かべる異風の女。女は着物に身を包んでいて、縁側で座っているとどこかの雑誌モデルか何かにも見える、不思議な魅力がある。一方で、少女はその表情が全く読めないことから、世界から隔絶されていりょうな雰囲気があった。
 彼女たちからの答えはない。
 代わりに――答えとなったのは、幼い少女が外した狐のお面であった。
 その奥にあった顔は――
「お前は……」
「久しぶりじゃのぉ」
 いまだ熟成されていない愛らしさの残る声音で、お面を外した少女――辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は言った。その顔には罪悪感も悲壮感もなにもない。あくまでもそこにいることが自然であるかのように、刹那は微笑を浮かべた。
「……いったい、何が目的だ?」
「パラミタと地球と繋げることを、阻止すること――インテグラルと同じじゃよ」
「そこの、女は?」
「どーも、辿楼院妖孤と申します。今回、“子狐”さんから依頼がありまして……暗殺に参りました」
 のんびりとした口調ながらも、言ってることは殺伐としている。彼女は白い鉄扇を広げて口元を隠しながら、くすくすと笑っていた。
 “子狐”――というのは、刹那が彼女の前で名乗っている名前なのだろう。辿楼院の名を冠するということは、母か、姉か? ただ、いずれにせよ、戦いは避けられそうになかった。
「――では、参ります」
 瞬間、妖孤が飛び出してきた。
 その鉄扇が狙うは、護衛役に守られる一番奥の老人――石原肥満である。舞うように宙を跳び、彼女は鉄扇は振るった。すると、鉄扇は主人のもとを離れてブーメランのように空を切った。
「……ッ!」
「ルカ、お前は石原の旦那を守っておれっ!」
 石原を庇うようにして移動したルカルカ・ルー(るかるか・るー)の前に、夏侯 淵(かこう・えん)が飛び出した。その手に握られる“ギフト”――バードマンアヴァターラ・ランスが、鉄扇を弾き返す。
「いってえええぇぇっ。かてぇよ、たくよぉ……」
 その余りの硬さに手がしびれて、思わず淵は泣き目になって喚いた。赤くなった手に息を吹きつけて、ようやく戦いを再開する。その間に、鉄扇は妖孤の手に戻ってきていた。
「やりますねぇ……私の鉄扇が弾き返されるなんて、ちょっとびっくりしちゃいました」
「伊達に英雄と呼ばれてはおらぬよ。しかし……流石に痛かったがな」
 最後の言葉さえなければ締まりが良かったのだが。
 しかし、決して嘘ではなく、伊達に英雄と呼ばれていない少年は隙の無い構えて妖孤と対峙した。
 と――その間に、刹那が動き出している。
 彼女が狙うのは、石原ではなくもう一人の要人、エリザベートだった。服の袖に隠した得意の暗器武器たるナイフを投擲する。
「!?」
 が、そのナイフをたたき落としたのは、エリザベートの前に現れたレンだった。
「悪いな。彼女を傷つけさせるわけにはいかない」
「レン・オズワルド……」
 エリザベートはレンの背中を見て、呆けたような声でつぶやく。
 刹那もこの一発で仕留められるとは思っていなかったのだろう。大きな動揺はなさそうに、妖孤とともに体勢を整えて契約者たちを見据えた。
 と――
「みんな、先に行ってくれ」
 レンが言ったのは、そんな一言だった。
 無論、そんなことは出来ないと皆は反対する。石原も、彼らだけを置いていくことは出来ないと考えていた。だが、レンはそれでもあえて強気に告げた。
「インテグラルを封印し、パラミタと地球を無事に繋げることが俺たちの使命だ。このまま時間をかけていても、インテグラルに先に繭を破壊されたら、全てが終わってしまう」
「それは、そうじゃが……」
「石原校長。あなただって分かってるはずだ。だから、早く行ってくれ。イレイザーも、暗殺者も、俺たちが引き受ける」
 複数名の契約者たちが、レンと同じようにうなずいた。彼と一緒にその場にとどまり、足止めする覚悟なのだ。
 石原はしばらく熟考するように黙っていたが、やがて、
「わかった……」
 と、うなずいて、皆を先に進むように促した。
 しかし、最後までエリザベートはレンの背中を見ていた。自分のために我が身を投げうった彼を心配げな目で見つめている。
「…………大丈夫です。俺はちゃんと帰ってきますよ」
 そんな彼女に、レンは頼もしげな顔で振り返る。同時に、エリザベートを乗せていたカルキノスが彼女を促し、ついに離れようとした。
 その背中に向けて、レンは最後にエリザベートに言い残す。
「エリザベート・ワルプルギス。あなたは今でも、俺の校長だ」

「なぜ、みんなの邪魔をする?」
 刹那のナイフと拳銃の銃身を打ち合って、レンは問いかけた。彼女はそれにしばらく考え込むよう、押し黙った。
 やがて、その口がゆっくりと開かれる。
「パートナーとの出会いは、幸せじゃったか?」
「なに……?」
「わらわのパートナーは……不幸じゃった。地球人に追われておったのじゃ。見世物小屋で見世物にされるためにな」
「…………」
 レンはそれを黙って聞いていた。無論、構えを解くことはない。だが、いまは彼女の言葉に耳を傾けることが大事に思えたのだ。それに、刹那もまた今すぐ仕掛けてくる気配はなかった。
 しばらく黙り込んだあと、彼女は続けた。
「地球人がシャンバラに来なければ、あの子は地球人に追われることもなく森の奥で幸せに暮らしていたはずじゃ…………じゃから」
「だから、地球とパラミタを繋げたくないと?」
「そうじゃ。……それは悪いことではないはずじゃろう? わらわは、そなたらの目的を否定はせぬ。じゃが……わらわにはわらわの目的があるのじゃ。そのためには――例えそなたらでも容赦はせぬ」
 かつてはともに戦うこともあった仲間に向けて刃を向ける気持ちは、どこを見ているのだろう?
 だが、それは無意味な疑念かもしれない。彼女は暗殺者だ。幼くても、その仕事人としての生き方が培った意志の強さは何人も揺らがすことは出来ない。
「……話は終わりじゃ。ここからは、本気でいく」
「こちらも負けるわけにはいかないんでな。来るなら、こいっ」
 瞬間、刃は煌めき、銃口は火を噴く。二つの意思は、ぶつかり合って火花を散らした。