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里に帰らせていただきますっ! ~ 地球に帰らせていただきますっ!特別編 ~

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 ■ 田舎料理を囲んでの ■



 この時期になると、普段はなかなか帰れない地球へ、あるいはパラミタ各地へと、生徒たちが里帰りに発つ姿がよく見られるようになる。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)もパートナーを伴って里帰りをするのが、例年の習わしだ。
 けれど、毎年里帰りした様子のない人も当然のようにいる。シャンバラ国軍総司令の金 鋭峰(じん・るいふぉん)もまた、そのうちの1人だった。
(団長は今年も実家に帰らないのでしょうね……そして御身を重責と激務に晒している……)
 それが鋭峰の立場であり役割であると分かってはいるけれど、それではあまりにも毎日が張り詰めすぎる。
 時には友や家族と過ごすように、鋭峰に心の羽を伸ばしてもらうことは出来ないものか。
 そう考えて、ルカルカは鋭峰の元に赴いた。


「失礼します」
 ルカルカが執務室に入ると、鋭峰は鋭い視線を彼女にあてた。
 何か起きたのか。そう危ぶみつつ報告を待つ様子の鋭峰に、ルカルカはまず変事が起きたのではないことを告げた。
「では何用だ」
「提案……というよりはお誘いでしょうか。団長、日本の視察等如何です?」
「視察せねばならぬような動きが、日本で確認されたのか?」
「そういう訳ではありません。団長に日本の自然をご紹介したいので、私の実家にご招待しようと思いまして。あ、実家と言っても、両親は2人とも軍務で飛び回っていますので、実家にいるのは私とパートナーだけですから、何の気兼ねも要りません」
 以前ルカルカは、鋭峰の口から『今は教導団が故郷』と聞いたことがある。
 教導団が鋭峰にとっての故郷なら、団員は広い意味での家族。ならばルカルカの故郷もまた鋭峰の故郷だと考えたのだ。
 両親と実家で過ごせないのは寂しいけれど、パートナーや鋭峰と共に過ごすことが出来たなら、ルカルカにとっても嬉しいことだ。
「そういう事であったか」
 ルカルカの返事に、何事かがある訳ではないと理解した鋭峰は、少し安堵したようだった。
「はい。私の実家は北国の山間部で、少し、というかかなり不便な場所ですけれど、日本古来の自然が多く残存している美しい場所なんです」
 蝉時雨、降るような星空、目に眩しい緑。
 そのどれもが、自然の力に満ちあふれ、激務に疲れた鋭峰の心をいやしてくれることだろう。
 だが、鋭峰はその提案を断った。
「国軍の総司令としてシャンバラを空けることはできない」
「行動予定表には『視察』と記しておくことも出来ますし、仕事がお忙しいようなら、頑張って仕事補佐して時間を作りますけれど」
 ルカルカの実家の視察ということなら、間違いでもないとも言ってみたが、鋭峰の返事は変わらなかった。
「ここでせねばならぬこと、したいことが山積している現状から鑑み、日本視察の優先順位は低い」
「そうですか……」
 これ以上推しても鋭峰の邪魔をするだけだと、ルカルカは提案を引っこめて部屋を辞した。



 数日後――。

 ルカルカは鋭峰の夕食を作らせて欲しいと願い出た。
 許可を受けてから、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が調理に取りかかる。
「ほう、何を作るのだ?」
 手際よく調理をしているダリルの手元を、夏侯 淵(かこう・えん)が覗き込む。
「日本の田舎料理だ。団長は日頃は洗練された料理を食べているだろうから、これも新鮮かなと思ってな」
 真っ黒になるまで焼いた茄子を氷水に取り、ダリルはささっと皮を剥く。薄味に調味しただし汁に茄子を漬け込み、歯にしみるほど冷たく冷やせば、夏にぴったりの焼き茄子の冷製の出来上がりだ。
「酒の肴にも良さそうだな」
「地酒と鯖の押し寿司も用意済みだ。あとは酒の後の締めの一品に、冷汁も用意しておこうか」
 だし汁でのばしたすり胡麻に、香ばしく焼いたアジの身、白みそ、豆腐を入れてよく冷やしておく。きゅうりの薄い輪切りは塩もみにしてから、塩気をとって水にさらしておく。
 あとは食べるときに、冷えた麦飯にかけて大葉やみょうがで飾るだけだ。
「メインは鮎の塩焼きでいいか」
 次々に作られてゆくダリルの料理に、ルカルカが目を輝かせる。
「豪華だなあ……。ダリル、お嫁さんに来てよ」
「馬鹿を言え」
「いやいや、そうとも言えぬぞ。ダリルはこんぴゅうたぁなど扱わずに、料理人になれば良かったものを」
 淵までもがそう言い出して、ダリルは苦笑した。
 ダリルにとって料理は趣味であり、息抜きだ。けれど褒められればやはり嬉しい。
 鋭峰の口にも合えば良いがと思いつつ、ダリルは夕食の準備を整えた。


 料理の支度が調うと、ルカルカは鋭峰を食卓に招待した。
「里帰りできない団長の為に、今日は和食の田舎料理を用意してみました」
 テーブルの上には、焼き茄子の冷製、ささげ胡麻和え、夕顔のあんかけ、鮎の塩焼き、といった田舎料理が並んでいる。
「田舎料理か、なるほど。和食は食したことがあるが、このような料理は珍しい」
「美味しいですよ、といっても作ったのは私ではなくダリルなんですけど」
 ルカルカに勧められ、鋭峰は料理に箸をのばした。
「金殿は酒はいけるクチか?」
 淵に問われた鋭峰は、
「付き合い程度には」
 と短く答えた。
「では寿司を肴に地酒を冷酒で酌み交わすというのはどうだ?」
「度を超さぬのなら構わない」
「おお、では是非一献といこうではないか」
 淵が鋭峰の酒杯を満たすと、ダリルは名物の鯖の押し寿司を肴にと鋭峰の前に出した。
「ルカの住んでいるような山間部では、海からの便が悪い。交通手段が発達していなかった昔は、海魚を食べる為に押し寿司にする文化があったそうだ」
「食料の保存はどの国においても懸案であったのだろうな」
 鯖の押し寿司やダリルの手製の料理を、鋭峰はゆっくりと食べ、酒も時折口をつけた。
「口にあえば幸いなのだが……」
 珍しいと言っていただけに心配になったダリルが尋ねる。
「私は基本的に好き嫌いはしない」
 その答え通り、鋭峰はどの料理にも等しく箸をつけた。
 酒豪の淵は田舎料理を肴に、どんどん酒杯を空けてゆく。
「日本と中国は近いから、料理にも似通ったところがあるな」
 淵がそう言うのを聞き、そういえば、とルカルカは鋭峰に話しかける。
「団長の実家も中国でしたよね。どんな所でした?」
「私の故郷は上海だ」
「都会育ちなんですね」
「ああ。騒がしくも活気にあふれた街だ」
 鋭峰の目がわずかに懐かしそうに細められた。
「上海……良いところですね」
 いつか一緒に行ってみたいです、とルカルカは小さく呟き微笑んだ。