天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション



進むべき道


 聖カテリーナアカデミー、校長室。
「そろそろ来る頃だと思っていたわ」
 シスター・エルザが、富永 佐那(とみなが・さな)エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)の姿を見て、微笑みを浮かべた。
「その顔……どうやら、もう決意は固まっているようね」
 佐那は天御柱学院を休学し、ジナイーダ・バラーノワとしてこのアカデミーに在籍している身だ。その素性を知る者は、エルザを含めごく一部しかいない。
「このまま五年間の課程を続け、教官を目指す。それでよろしいかしら?」
「ええ。それと、改めてイコンの模擬戦を組んでほしい」
「わたしに直接そう申し出るということは、相応の相手をご所望ということね」
 彼女の権限があれば、既に埋まっている演習予定を変えることが可能だ。
「心境の変化があったようね。ここしばらくのあなたを見ていれば分かるわ」
 きっかけは、パラミタと地球が共同で行った衛星破壊ミッションだ。
「あの出撃から還る時、この蒼い星を見つめながら、シスターの言葉を反芻して、考えてた……そして思い出したんだ」
 自分の原点を。
「イコンが好きで、純粋に興味を持ってロシアから天学に来た時の胸高鳴る気持ちを。でも、それを見失いかけてた。それを思い出すきっかけは、此処に留学した時、そしてシスターの言葉」
 衛星破壊ミッションの時のエルザの言葉が脳裏を過る。
 ――見るべきものは『手に入れたその先』
「私の大切な物――パートナー、学校、サロゲート・エイコーン。私は、どれも譲れない。大切な物を分けて考えるなんて無理だったんだ。
 だったら、私が選ぶ道は……最初から決まっていた。だから、真っ直ぐに突き進む。あたし、この学校が好き。これからも自分の意志を直球勝負で貫くよ」
 答えを求めて足掻いていた佐那であったが、答えは最初からあったのだ。ただ、それに気付けなかっただけで。
「あなたなりに答えは出せたようね。ならば、わたしから言うべきことは特にないわ」
 エルザの蒼と紅の目が、佐那を捉えた。
「進みなさい。ただひたすらに、まっすぐに。その姿勢を、わたしに見せなさい」
 

* * *


「さーて、こういう勝負は久しぶりだね」
 演習場に姿を現したのは、ドミニク・ルルーである。
 今回の模擬戦は、いつもの訓練で行っているような小隊戦ではない。
 純粋な一対一の戦いだ。
「シスター・エルザ、お聞きしたいのですが……」
 見物に来ていたエルザに、エレナが訊ねた。
「かつて、天御柱学院との交換留学生選抜に際しても、模擬戦を行ったとか?」
 ドミニクとマルグリットのルルー姉妹が留学する前のことだ。初めて聖カテリーナと天御柱学院間で交換留学が行われる運びとなった時、選抜試験が行われたという。
「ええ。ま、結果的に当時の学生じゃ練度不足で、ダリアちゃんが行くことになったけれど」
「あの時の様な条件でしたら、少なくとも資質アリ、と見ても宜しいと思いますが」
 少なくとも、今の二人は『聖歌隊』のメンバーを除けば、トップレベルといっても過言ではない。
 そして今回の模擬戦は、その時の形式に近い。
 一対一で対戦し、先に相手機体の部位を損傷させた方が勝利となる。武道で言うならば、「一本」入った方が勝者となるのだ。
「やほージナちゃん。今日は手加減抜きでいかせてもらうよ」
「望むところだよ」
 連携に重きを置いたルルー姉妹が、単独で戦闘を行うことは滅多にない。だが、近接戦に長けるドミニク相手に、接近戦を挑むのは危険だ。
(相手は格闘特化のメタトロン……接近を許さなければ勝機は)
 そこではっとなり、佐那は頭を横に振った。
(負けない為の戦いなんて論外。相手が何であれ、全力で勝ちに行く!)
 むしろ、正面から打倒してこそだ。
 
 佐那はエレナと共にカルディナー・スヴィーシュニクへと乗り込み、戦闘態勢に入った。
 ドミニクもまた【メタトロン】に搭乗し、構えを取っている。
『お互い、準備はいいみたいだね。それじゃ』
 審判を務める教官から、開始の合図が出た。
『ついて来れるかなっ!』
 先に動いたのは【メタトロン】である。
 コックピットの中ではあるが、相手の急加速によって生じる空気の流れのようなものが感じられた。
「速い!」
 腰部のスラスターを噴射。身を翻すようにして「それ」をかわす。
『ひゅー、さっすがー』
 さらにその勢いを利用し、マニピュレーターに仕込んだビームサーベルを【メタトロン】へ向けて振り抜いた。
『胴体ががら空きだよ』
 【メタトロン】が回転し、頭を地に向けた状態で蹴りを繰り出してくる。重力に逆らう姿勢でありながら、全身のスラスターの出力をコントロールする事で、まるで重力から解き放たれたかのような動作を可能としているのだ。
『さすがに宇宙空間にいる時よりも大変だけど、慣れればどうってことはないよ』
 咄嗟に銃剣付きビームアサルトライフルを突出し、蹴りをガードする。
「く……」
 それでも勢いを殺しきれず、後方へと吹き飛ばされた。
「今のは有効打には……なってないようだね」
「はい。武器は破損しましたが、機体に損傷はありません」
 どうにか【メタトロン】の初手を防ぎきった佐那。だが、次はない。
「敵の攻撃は察知できています。しかし、動作の一つ一つが速過ぎて反応が追いつきません」
「……マルグリットと連携しなくても、十分化物じゃないの」
 過去の戦闘データは、当然分析済みだ。
 それでも、ドミニクが駆る【メタトロン】はそれを上回る性能を発揮している。
『今のは決まったと思ったんだけどなぁ。まあ、今のでそっちの機体の“流れ”は大体覚えたよ』
 風読み。わずかな空気の揺れやイコンの駆動音から情報を得る、聖歌隊たちが習得している技術だ。
「相手は次で決めに来るつもりのようです」
「……分かってる」
 ドミニクは「覚えた」と言っていた。こちらの動きはほとんど筒抜けといっていいだろう。
 相手にカウンターはほぼ通じない。むしろこっちが罠に嵌る可能性の方が高い。
 この勝負は、機体にまともなダメージが入ったらそこで終わりだ。迂闊なことはできない。
「どうしたのですか、貴方の意地はその程度ですか!」
 【メタトロン】の姿が眼前に迫る。
 こちらからは攻撃しない。ギリギリまで引き付ける。相手はリーチが短い。だから、拳が届く距離が来た時が勝負だ。
 ……という考えは、ドミニクも読んでいたらしい。
 【メタトロン】の拳が伸び――なかった。
 その代わり、脚部が勢いよく持ち上げられる。
「避けても、その勢いを利用した次の攻撃が来る……ならば」
 蹴りをかわした直後、【カルディナー・スヴィーシュニク】はスラスターを点火し、【メタトロン】との距離を自ずから縮めた。
 次の攻撃が繰り出されるより先に、こちらが有効打を与えればいい。新式ダブルビームサーベルを構え、ファイナルイコンソードで振り抜く。
『惜しいね』
 しかし、その腕は【メタトロン】によって止められてしまった。
「かかった!」
 回避できる距離ではない。だが相手は【メタトロン】だ。腕部、脚部が通常の機体よりも頑丈に、それでいて精密な動作が可能なようにできている。
 だから、【メタトロン】が攻撃を受け止める事が予想できた。
「これでもまだ、風読みができるかな!」
 突如巻き起こった暴風が、メタトロンを跳ね上げる。嵐の儀式だ。
 さすがにこれは予期できていなかったようだが、相手は嵐の中にありながらも、すぐに態勢を立て直した。
 しかし、この一瞬が勝敗を決定づけた。
 【カルディナー・スヴィーシュニク】は跳ね上がった【メタトロン】を即座に追い、ビームサーベルを薙いだ。【メタトロン】はそれを避けようとするが――わずかに間に合わない。
 機体の表面を、ビームサーベルが走った。

『【メタトロン】装甲破損により、勝者ジナイーダ・バラーノワ、エレナ・リューリク!』

 模擬戦は、佐那たちの勝利だった。
「いやぁ、負けちゃったよ。あれはちょっと予想できなかったなぁ。
 今は魔法系の能力も出力できるわけだから、もうちょっと考慮しとくべきだったかも」 悔しそうにしながらも、ドミニクは涼しげな顔をしていた。
 素直に佐那の戦いぶりに感心しているようであった。
 握手を交わし、互いの健闘を讃え合う。
「いい勝負だったわ。それがあなたの意地ってわけね」
 エルザが微笑みを携え、佐那を見上げた。
「頑張りなさい、これからも。今のあなたならば、きっと“先”へ行けることでしょう」 彼女はそれ以上何も言わなかった。

 これから先も、まだいくつもの壁が立ち塞がることだろう。
 だが、今の自分ならばそれも乗り越えられる気がした。
 こうして佐那――ジナイーダは、本当の意味でアカデミーの一員としての一歩を踏み出した。