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【DarkAge】空京動乱

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【DarkAge】空京動乱
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リアクション


●第三の尖兵

 エリーズ・バスティードのツインロケットは、まずクランジの頭を砕き、開いた部分にさらに一撃を与えた。
「一機撃破」
 抑揚のない声でエリーズは呟く。ようやく相手の動きに慣れていた。
 クランジと異なりエリーズには学習能力がある。会得したのだ。たとえ高機動型であっても、クランジの基本的な攻略パターンは同じだと。
「エリーズ、その調子です!」
 言いながらレジーヌ・ベルナディスは友人であるクランジξ(クシー)に目を向ける。
 クシーは今、双子の姉であるクランジο(オミクロン)と戦いを繰り広げている。ややクシーのほうが不利な状況のようだ。互いに剣を内蔵している点こそ互角だが、オミクロンには、鉄が溶けるほどに手を高熱化できる『ヒートハンド』という技があるのだ。
 だがレジーヌの付近には敵が多すぎるため、クシーに加勢したくとも近づくことができない。
 このとき同じ戦場で水原ゆかりは、なにか地響きのような音を耳にした。
「……? 一体?」
 マリエッタ・シュヴァールも認識できないようで、ヘビーマシンピストルを乱射する手を瞬時とめて怪訝な顔をした。
 量産型クランジにとっても同じらしい。無数の黒いマシンが一斉に行動を止めた。
 地響きの正体はすぐに割れた。一台の装甲車が飛び込んで来たのだ。ただでさえ厚い外層に、ありったけの増強をして潜水艦のような外観である。装甲車は散発的に射撃を繰り返して進む。放つ弾丸は決して多くはないが、量産型クランジを的確に撃ち抜いていた。
「あんなものが残っている……!」
 ゆかりも呆然としてその姿を見守った。先日のエデン攻略戦においては、総督府が隠していたイコンが使われたと聞いているが、それはあくまで例外的な話だと思っていた。
「クランジに敵対しているとすれば総督府側ではないでしょう。けれど、レジスタンスにあんな兵器があるなんて初耳よ」
 マリエッタは険しい表情だ。味方と決まったわけではないのだ。
「レジスタンスが温存していた切り札かもしれない。あのダリル・ガイザックならそれくらいやりそうだもの」
「あたしはそうは思わない。いくらあたしたちがレジスタンスを離れていた時期があるとはいえ、あれだけのものを隠し通せるとは思えないもの」
「だったらあれは何!? 総督府でもレジスタンスでもない……第三勢力だとでも言うの?」
 マリエッタはしばらく言葉を選ぶように沈黙していたが、やがて言った。
「確かに地球は、核で焼き尽くされたわ。……でも、百億もいた人間が完全に死滅したと思う?」
 このとき装甲車がホバークラフトに突進し、激突して停止した。
 だが停止しただけで終わりではない。装甲車のボディは唸りをあげ、折り畳んでいたものを一気に伸ばした。
 鋼鉄の脚だ。二本ある。脚のように見える。
 続けて両サイドから腕状のマニピュレーターが現れた。
 そして先端から出現したものは、まさしくロボットの頭部ではないか。
 胴が中央から一回転して停止すると、装甲車は人間型のロボット形態と化していた。
「トランスフォームカー! どう考えてもレジスタンスにあんなものはない!」
 ゆかりの目の前でロボットは、ホバークラフトを押して横転させた。クシーもオミクロンもホバー上から転げ落ち、ロボットを見上げる格好となった。
「教えてはもらえぬか、オミクロンとやら……この世界は、誰がためのものなのだ?」
 トランスフォームカーの内側から声が響いた。声の主は名をグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)という。ただしその名を知る者はここにはいない。
「言わずとも答は知っているだろう!」
 オミクロンは叫び返す。するとライザは揶揄するように応じたのである。
「本当にうぬらクランジは、この世界、この秩序が真のものと言い切れるのか?」
「レジスタンスではないな? 地球の死に損ないが暗躍しているという話は聞いていたが……お前がそうか」
「然り!」
 コクピットのハッチを蹴り開けライザは飛び出していた。
 黄金の髪をなびかせ、水晶色の眼でオミクロンを見すえる。
「地球からの尖兵、わらわはその一員なり!」
 ライザの手には青い剣があった。禍々しい龍のような意匠が彫られた長剣で、刀身まで薄青い。ライザはぱっと飛ぶや両手でこれを振り下ろす。青い閃光のような一撃。
 とっさにオミクロンは左腕の刃でこれを受けた。まばゆい火花が散った。
 地球からの尖兵……ライザの名乗りは嘘ではなかった。
 地球は核の焔で壊滅した。そこまでは事実だ。だがいみじくもマリエッタが言ったように、わずかながら人類の生き残りはあり、地下のシェルターにて生活を営んでいたのだ。要はパラミタに逃れた人々と同じだ。逃げる方向が天空か地上かで逆だっただけのこと。
 地下に移った地球残存勢力はパラミタのそれに比べると圧倒的に少なかった。それでも深い地下という隔絶された場所で、あるいは、隔絶された場所だからこそ、彼らは内紛を繰り返した。しばらくは地下だけで完結する戦いが続き、彼らはパラミタまで進出することなく数年を過ごした。
 それでもやがてマヌエルと呼ばれる枢機卿が私兵を用いてこれを統一、彼の私兵はそのまま『Salus Cruciata』と呼ばれる軍隊組織へと移行していた。
 ライザは『Salus Cruciata』の一員である。かつて軌道エレベーターとして使われた『天沼矛』の通路をたどってパラミタに上陸し、この地の動向を探っていたのだが、この機に乗じてついに姿をあらわしたのだ。
「地球!? どうイウことダ!? 邪魔をするな!」
 クシーが割って入ろうとするが、その前に見知らぬ機晶姫がたちはだかった。やはりトランスフォームカーから出てきた少女だ。
 そのとき背筋を走り抜けた『感覚』にクシーは戦慄する。
 そんなはずはない。こんなことが、あっていいはずがない。
「クランジ……だト!? アタシの知らナいクランジ!?」
 信じがたい話だが、クシーの目の前にいる緑の髪の少女からは、クランジとしか思えない気配が発散していた。孔雀のような羽を背負っており、羽の模様は無数の眼のようだ。
「Sad But True……残念だけど事実だ。私はカイサ・マルケッタ・フェルトンヘイム(かいさまるけった・ふぇるとんへいむ)、またの名をクランジγ‐πρaσινοc(ガンマ‐プラシノス)という」
 話し終えるや彼女は拳で、周辺の高機動型を殴りつけては破壊している。まるで鉄の拳だ。カイサに備わった能力は、拳の破壊力なのだろうか。
 手近な敵を片付けるとカイサはふたたび口を開いた。
「クシー、それにオミクロン、君たちは知るべきだ。世界は総じて歪なパズルだということを。そして今のこの世界はピースが全く噛み合っていないということも。パラミタだけが世界だなんてそんな珍妙なことが許されるはずもない」
「言っテル意味は分カルが、テメーのソノ口調は気に入ラネーな!」
 クシーは水平に刃を繰り出すも、気が動転していたのかそれとも読まれていたのか、カイサに足払いをかけられ転倒した。当然その切っ先は空を切った。
 ライザとオミクロンは鍔競り合いを演じている。オミクロンがやや優勢、ライザは防ぐ格好だ。
 しかし、
「世界は理想だけでは成り立たぬ。今一度、創造が必要だ――そして、それには、うぬの力もな」
 言うなりライザは左足を大きく引いた。釣り込まれたたらを踏んだオミクロンはここでようやく、自分の膝に植物の蔦が巻き付いていることを知った。
「これは……!?」
「わらわが有すは魔剣『青龍』、青龍は植物を意のままにする力を持つ。いかな空京とて雑草を根絶やしにすることはできんのだ。舗装された道路の下にも緑は根を張り、生きる。ちょうど、核で滅びたかに見える地球人類のように……!」
「どういうことだ!?」
 と言ったが最後、オミクロンの三角帽は地に落ちた。
「こういうことだ!」
 ライザとオミクロン、二人の足元が割れたのだ。地割れから噴き出したのは、植物が編み上がって生まれた巨大な蔓だ。蔓は複数の腕をもち、それらを使ってオミクロンの身を絡める取ると、縛り上げてトランスフォームカーに押し込んだ。
「介入はここまで! 我らはレジスタンスの理念には何ら共感せぬ! 総督府側の理想にも意味を見いだせぬ! そして空京には興味がない。第三の道を探るまで……では御免!」
 ライザは言い捨てて車内に身を滑り込ませた。ガンマ‐プラシノスことカイサも続く。
 ロボットはたちまち装甲車へと姿を復し、ホバークラフトを踏み越えて走り始めた。
「待テ!」
 クシーは追いすがったが、もう少しで手が装甲車にかかりそうになったところで、高機動量産機に囲まれてしまった。見る間に装甲車は走り去り、あっという間に見えなくなった。
「ご無事ですか!」
 敵の包囲に割って行ったのはレジーヌだ。
「アいつら……畜生!」
 クシーは剣を振り回し、周辺から高機動量産機を遠ざけるが、レジーヌは一歩も引かなかった。
「落ち着いて下さい……クシー」
「コの状況でどうヤッテ落ち着ケってンダ!」
「ここで……ここで最優先すべきは空京の奪回作戦ではありませんか? オミクロンを奪われ高機動型は混乱しています。今なら勝てる……そうは思いませんか」
「だケド……だケド、オミクロンと決着を付けるンダ……」
 このときクシーのそばに、音もなく着地したのはエリーズだった。エリーズは言った。
「大丈夫。生きていればまた会えるときが来ます」
「どうシテそう言エる?」
「どうしても」
 エリーズの言い分に根拠らしい根拠はない。とはいえ、レジーヌはその言葉が理解できる気がした。
 ――エデン攻略のとき、一時的だけどワタシはかつてのエリーズに会えた。エリーズが、元に戻る可能性を感じた……。ありえないことなんて……ない。
 だからレジーヌも、彼女の最大限の自信と、期待をもってこう言ったのである。
「Mate(友達)、クシー、信じて。ワタシが……あなたを信じるのと、同じように」
 ちっ、とクシーは舌打ちしたが、もう抗う気はないようだった。
「そレを言われるト、弱いナ……」
 クシーは大げさに鼻をすするような動作をして、やる気に満ちた表情へと切り替わったのである。
「なら仕方ネー。レジーヌ、さっさと雑魚ドモを片付ケルとしようカ! エリーズも頼ムぜ!」
 レジーヌは笑み浮かべてうなずいた。

 オミクロンが乗せられた装甲車内で、彼女は信じがたいものを見た。
 オミクロンを、つまり、自分自身を。
 オミクロン本人は縛られて床に転がっていたが、近づいてきたのもオミクロンだったのだ。
「貴様……」
 何者だ、とオミクロンは言いかけたが、それより先にオミクロン(異様な表現だがこの場合致し方ない)が言った。銃らしきものを彼女の頭に突きつけて言う。
「見える? これ、グラビティガン(G.G.)って言うの。重力場を操る武器。この至近距離で最大出力で撃たれたら、いくらクランジでも頭がグシャグシャになるわ」
 床のオミクロンを見おろす側のオミクロンが、ふっと微笑んだ。
「で、ここでこのG.G.を『撃った』ことにしましょう。ばーん」
 はい、これで、と前置きして、グラビティガンを構えるオミクロンは言った。
「オミクロンは死んだ。残ったのは私、『大黒澪』」
 オミクロン、いや、大黒澪は楽しげに言って自分のフェイスマスクを剥いだ。
 ようやく彼女の素顔が現れた。
 かつて、ステラ・オルコットと名乗っていた女性。
 ずっと、大黒澪を演じていた女性。
 けれど今は真の顔、かつて教導団に所属し、今は『Salus Cruciata』の幹部格という存在である。
「はじめまして、私はローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)、『大黒澪』としてこの空京で活躍していたの。でもその名前の役割はオミクロン、あなたに譲るわ」
「……意図が分からないが」
「うん、ゆっくり説明しましょうか」
 ローザマリアは微笑して話し始めた。
 オミクロンそっくりに変装した上で『大黒澪』と名乗って、空京の非市民階級にほどこしをしてきたこと。
 ついさっき、澪の姿で量産型クランジを破壊して総督府に反旗を翻したこと。
 表舞台には登場していないものの、澪は市民の間では一定以上の人気と知名度があるということ。
「オミクロン、あなた、今の生活に疲れているでしょう? 正直、総督府にも疑問を感じ始めているのでしょう? だったら私たちと来ない? 『大黒澪』という名前と人生は用意しておいたから」
「戯れ言だ。検討する価値もない」
 とは言ったがオミクロンも、総督府に疑問を感じていることについては否定しなかった。
「よく考えてみたら?」
 ローザマリアはふふっと笑うと、オミクロンを縛る蔦に手をかけたのである。
「これは生まれ変わるチャンス。新しい人生に移るのも、悪いものじゃないかもしれないわ」
 オミクロンは返事をしなかった。
 装甲車は速度を落とさず、走り続ける。
 空京の壁は一部破ってある。そこから外へ出て行く計画だ。