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【DarkAge】空京動乱

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【DarkAge】空京動乱
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リアクション


●Depend on me

 まずヴェルリアがスキルを発動した。重力制御だ。エデンを動かすほどの力はもちろんないが、ローを中心とした直径一メートルほどの空間の重力を一気に重くした。
「これで!」
 ローを拘束とまでいかずとも、これで彼女の行動に、大きな制限を加えたことは疑いがない。
「真司! 私が抑えている間に!」
 ヴェルリアは彼に呼びかけながら肝を冷やしていた。グラビティコントロールは完璧に発動している。大気圏に突入するロケット内を数倍にしたようなGがローにかかっているはずだ。これは契約者であろうと、まず立つことすらかなわないほどの強さである。それなのにローは、かなり緩慢になっているとはいえまだ動き、そればかりか足を前に出して歩もうとしていた。
「急いで……これ以上は保ちません!」
 ヴェルリアは苦しげにうめいた。恐怖を感じてもいた。ローがこの制御を突破し、真司の頭を砕いてしまうのではないか――そんな想像が頭をよぎった。
 ――そうなれば。
 そうなれば、迷わずヴェルリアは真司の身代わりとなるつもりだ。真司は大切な人、この時代に必要とされている人――そう信じているのだから。
 しかしヴェルリアの苦悶は一秒に満たずに終わった。真司がローとの距離を一気に詰め、その手にエネルギーソードを具現化したから。
 その剣でローを一閃したから。
「切札を、切らせてもらう」
 真司のエネルギーソードは炎の色だ。真っ赤な軌跡と大きな破裂音を上げた。
 ローは、信じられない、とでも言うような目をした。
 斬られた胸をかばうようにして、彼女は前のめりに倒れた。
「ロー……!」
 七番とゴルガイスも、
 グラキエスも、アルマも、
 そして桂輔も、
 動きを止めた。時間が静止したかのように。
「ロー……ロー! そんなぁ……!」
 沈黙を破ったのは桂輔だった。動かなくなったローに駆け寄り、なりふり構わず彼女を抱き上げている。
「ロー……なにもかも奪われて、それで、命まで奪われて……! 俺はだから、与えようとした……だけだったのに……」
 途中から桂輔の言葉は、涙声になっている。
「これで終わりだって?」
 七番は無感動な目でローを見ていた。目の前のクランジは死んだ。それで満足なはずなのに、ひどい疲労感があった。
「……我が、ついていながら」
 ゴルガイスはうなだれた。グラキエスの心境を考えるだけで身が引き裂かれそうな思いがする。
「いや」
 と言ったのはそのグラキエスだ。グラキエスの視線はローに注がれている。
「違うな」
 あろうことか、グラキエスの目には穏やかなものがあった。
 真司が口を開いた。
「……俺には、何が正しく、何が間違っているのかわからなくなった」
 彼の手にあった炎の剣は消えていた。
「だから最初の状態に戻すことにした。破壊したんだ、例の調律機晶石だけを」
 ヴェルリアの手が、真司の腕をつかんでいる。
 空京に乗り込むまでの慌ただしい間にも、桂輔やアルマの目を盗んでローの体を調べるくらいの時間はあった。ヴェルリアはひそかに、ローに仕掛けられた調律機晶石の位置を特定していたのである。
 ローは死んではいない。ローは、桂輔に抱き上げられたまま、うっすらと目を開けた。
「ワタシ……」
 真司の胸には冷ややかなものと安堵、その両方が去来していた。
 ――やはり、首を刎ねてローを破壊するべきだったのかもしれない。
 剣をふるうその瞬間まで真司は決めかねていた。調律機晶石だけを破壊するのか、ローを完全に破壊するのか。
 今でも、この選択が正しかったのかどうか自信がない。それでも、彼は自分で決断したのだ。
「……ヴェルリア、俺は甘かったんだろうか?」
「かもしれませんね、でも」
 ヴェルリアは満足げに真司を見上げていた。
「そんな真司が、私は好きです」
 このとき、ヴェルリアの笑顔を見たのは真司だけではない。七番も見ていた。
 ――女の子の笑顔……。
 頭に来る。こんなところで。
 これはノイズだ。七番は目撃したものを頭からふるい落とそうとする。
 まだ間に合う。あのドラゴニュートの注意も逸れている今なら、ローを桂輔ごと刺殺することは十分に可能だ。銘入りのクランジを殺せばそれだけ世の中は良くなる……。
「うわあああああああああああああああああああ!」
 刀を地面に突き立て、七番は胡座で座り込んだ。
「なぜ! なぜお前まで笑顔なんだ……クランジ!」
 笑っていたのだ。自分が生きていると知ったローが、見せた表情は無垢な笑顔だった。
「生きているから、です」
 答えたのはアルマだった。
「死んだら、笑うこともできないでしょう?」
 ――不思議ですね。私がこんなことを言うなんて。
 自分で自分の言葉にアルマは驚いている。桂輔に忠誠を誓っている以上、決して表にしないようにしていたが、それでも正直、ローに固執する桂輔を見るのは辛かった。ローのことを邪魔だと思っていた。それなのに……ローが生きていると知って、安堵したのも事実だった。
 ――桂輔が絶望している世界より、桂輔が喜んでいる世界のほうが、いいということでしょうね。
 その理由をもって、アルマは納得することに決めた。ローに多少なりとも友情めいたものを感じているというのは、なんとなく悔しいので認めないことにする。
「もう泣かないよ、泣くのダメね」
 ローは、ぽんぽんと桂輔の肩を叩く。
「泣いてなんかないよ」
 桂輔はぺたっと地面に腰を下ろすと、ぐるりとローに背中を向けた。そんな彼に、
「ありがと」
 そう告げてローは、彼の頬に軽く唇をつけ、立ち上がった。
「ワタシ、色々思い出したね。辛いこと、いっぱい。なくしたもの、いっぱい。立ち直ったなんて、言わない。多分、立ち直れない。でも、なくしたもののかわり、えーと……詰めこんでいきたい」
 そうして彼女は、グラキエスの前に立ったのである。
「エンドロア」
「グラキエス、でいい」
「うん。グラキエス。ワタシ、グラキエスと一緒、行く」
「……これから世は、闘争と破壊と混乱に満ちるだろう。レジスタンスが勝つにせよ、そうなれば今度は、クランジを狩り立てる人間が出てくるに違いない。塵殺寺院時代に用意した隠れ家がある。しばらくはそこに身を隠し、時期を見て人の住めない場所に行こうと考えている。人間なら住めない場所でもドラゴニュートであるゴルガイスと……生体兵器の俺たちなら生きていけるだろう。それでいいか?」
 グラキエスはゴルガイスを見た。
「それでいい」
 ゴルガイスは腕組みした。
 ――ちゃんと考えていたということか。あの排他的だったグラキエスが……変われば変わるものだ。
 運命などという言葉を使いたくはないが、ローとグラキエスが出会うことは運命だったと言いたくもなる。
 そのゴルガイスの口調をちょっと真似て、
「それでいいね」
 とローは笑った。そうして彼女は、グラキエスの手を取ったのである。
 このとき七番がかたわらの大剣に手を触れた。瞬時、真司は構えを取りかけた。桂輔も顔を上げた。
 だが七番は、一呼吸ほど硬直したのち、だらりとその手を下ろしたのだった。
「……行けよ。もう二度と姿を見たくない。ローも、お前らも」
 グラキエスは黙って歩き出した。
 ゴルガイスはちらちらと振り返りながら彼に続いた。
 ローは七番に、そして桂輔とアルマに、深々と頭を下げた。
「さよなら。ありがとう」
 そうして、グラキエスを追って彼に並んだのである。グラキエスが手を差し出すと、ローはその手をしっかりと握った。
 三人の姿はやがて、建物の陰に入って見えなくなった。

 真司は空を見上げた。
 エデンは移動を開始していた。もうかなり空京上空から遠ざかっている。なにか石柱のようなものとともに去って行く。
「空京は……陥落するだろう」
 だが戦火はまだ遠くに点在している。
「見届けましょう。その瞬間を」
 ヴェルリアもうなずいた。
 とりあえずは、塔と呼ばれる高い建物を目指すつもりだ。
「柚木はどうする?」
 まだうなだれている桂輔に真司は声をかけた。
 ところが意外にも、桂輔から返ってきたのは間延びした声だったのである。
「あ〜あ……」
 立ち上がった桂輔は、頭の後ろで両手を組んで伸びをした。
「銘入りクランジ、せっかく手に入れたのに失っちゃったよ……惜しいコトしたなぁ。でもこれで終わり……ってのはイヤだなぁ。もっと色んなクランジ、弄りたいもん。探しに行こうかなぁ、新しいの」
「来るのか?」
「個人的にはレジスタンスが勝とうが負けようがどっちでもいいんだよ、俺は。でも、銘入りクランジを手に入れるチャンスがあるなら、見逃したくないんでねぇ」
「お供します、マスター。どこまでも」
 アルマは凜然とした表情で桂輔の真横に立った。アルマには役目があるのだ。桂輔のそばにいて、彼を守るという大切な役目が。

 こうして四人が去ってしまっても、七番は座り続けていた。
「絶望しているのか」
 彼の魔鎧、つまり音穏が告げた。
「ああ……やってられない……畜生」
 死んだような目で七番は答える。
「見えたんだ」
「見えた?」
「……混乱してたんだろうな。最後、ローたちの去り際、捨て鉢になって斬りかかろうという気持ちになった。そのとき、見えた」
 音穏は先を促した。
「剣に一瞬映ったんだ。ありえないものが。白昼夢みたいなものが、別の世界のような、ものが」
「そうか」
 音穏はあえて、それ以上聞こうとはしなかった。
 ――あれは何だったんだ。
 七番は見た。光る刃のなかに見たのだ。
 自分が、クランジπ(パイ)と生きている光景を。
 あろうことか彼女と恋に落ち、やがて結ばれるというありえない未来を。
 その未来の中で、彼はパイと結婚式を挙げていた。
「……俺は、もう死にたいよ」
「駄目だ」
「何だって?」
「駄目だ! 言い方を変えよう。それは禁じる。許さん」
「そんなこと言える権利が……」
「ある」
 力強い音穏の言葉が、なぜだか心地良かった。
「……ま、安心してくれ」
 どっと七番は大の字になった。この場所は病院のリハビリ施設だったはずだが、石畳は砕け、あちこち穴が開き、おまけに量産型クランジの残骸が散乱してひどい状況だ。その空間に背中を預け灰色の空を眺めた。
「今は、自殺する気力もない」
 パイの花嫁姿、笑顔……脳裏から離れないその幻想が、灰色のスクリーンに大写しになっている。