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【DarkAge】空京動乱

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【DarkAge】空京動乱
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●Memorie del Futuro(未来の記憶)

 続けて山葉涼司がマイクを取ろうとしたとき、カスパールがこらえていた決壊は崩壊した。
「こうなればなんとしてでも、どんな手を使っても止めて見せる……!」
 カスパールは攻撃の司令を下したのである。同時に、量産型クランジが一斉にレジスタンスを包囲した。
 殺到する量産型は電磁鞭、刃、それに火器を使い、たちまちスタジオ内は乱戦となる。

 小尾田真奈は愛用の銃、ハウンドドックRを抜き放ちながら思う。
 ――カスパールは、自分の正しさを証明することができなかった……。それはやはり、彼女も現在の世界の矛盾に気がついていたからでしょうか……?
 真奈は機晶姫ゆえ、内心、空京の社会体制には複雑な想いがあった。機晶姫が世界を支配し、矛盾だらけとはいえ平和を実現している。望むなら真奈は空京の市民となり、陣やリーズ、磁楠を養うこともできたのだ。
 しかし、それは間違っているという信念が真奈の中にはあった。自分はクランジと同じ機晶姫だが、この世界が最良とは感じない。だがその気持ちを言い表す言葉を、今日このときまで自分は持っていなかったように真奈は思う。
「でもそんなの人間じゃない、ヒトという名前の家畜や!」
 真奈を揺さぶったのは、さきほど陣が叫んだこの一言だった。
 ――自分が望むのは、人間なのか。それとも……ヒトなのか。
「私が望むのは、誰もが胸を張って生きていける時代、種族に関係なく『人間』の生きかたができる時代、かつて確実に存在したそんな時代を取り戻すこと……!」
 もう真奈に迷いはない。取り戻すための戦いを、ここから始める!

「結局こうなるわけ……! 逆上した悪党丸出しだよね!」
 リーズ・ディライドはソードブレイカーで、量産型の刃を止めた上で手首を返し、これを叩き折った。
「ファイスちゃん! 暴れる準備はオッケー!?」
「異常なし(オールグリーン)、リーズ。本機は既に戦闘態勢に入っている」
 ファイス・G・クルーンの両手から、三本ずつの電磁鞭が飛び出した。右手で量産型の攻撃を防ぎつつ、左手で彼女は、相手の首に鞭を巻き付け高圧電流を放射する。
 カルキノス・シュトロエンデは肺いっぱいに空気を吸い込むと、銅鑼が鳴るような大音声を上げた。
「総力戦だ。出し惜しみはしねぇぜ!」
 まだカメラが回っていることを知るとカルキノスはさらに、爆発的な音量で絶叫している。
「おい! 空京に住んでるやつ! 全員聞け! 世界を救わなきゃなんねぇってときが来たんだ! お前たちが見るべき世界は街の中じゃねぇ。街の外だ!それを俺達が教えてやるぜ!」
 カルキノスの拳は竜の拳、岩をたやすく粉砕する剛拳だ。当然、クランジ量産型の装甲を打ち貫くことくらいたやすい!
「ええい! 声が大きいわ! 我が耳元で叫ぶな!」
 噛み付くような口調だが、夏侯淵は上機嫌である。神弓『妙才』を引き、近き敵にも遠き敵にも次々と強力な矢を放つ。
「さてこの流れでもはや総督府側に大義なきことは明白となった。あとは山葉殿、貴殿の演説があれば完璧と存ずる」
「おう任せろ! ……と、言いたいが、まだ体が本当じゃない」
 涼司は、ベアトリーチェとルカルカ、カルキノス、夏侯淵に四方を守られながら苦笑いした。
「守ってもらう立場で申し訳ねぇが手早く頼むぜ。オレは戦っている間にスピーチ内容でも考えておくとしよう」
「任せて!」
 ルカは力強く応えた。

「もうなりふりかまっていられないってわけ!?」
 美羽は跳び上がり、迫る敵を回し蹴りの要領で蹴り飛ばした。
「あそこです!」
 ベアトリーチェが声を上げた。彼女はディテクトエビルを発動し、探したのだ……カスパールの姿を。
「コハクと追うわ。校長をお願い!」
 美羽は一言告げると、ベアトリーチェの体から輝ける機関銃を取り出す。ブライトマシンガン、両足を踏ん張った姿勢でこれを水平方向に猛連射し、敵の囲みを破ると一気にカスパールの背を追った。
「彼女を野放しにはできない……急ごう!」
 双手に槍を構えたコハクが追い、美羽を抜いて先陣を切る。コハクは眼にも鮮やかな動きで、ブライトマシンガンによって乱れた包囲をさらに突き崩し、打ち払って進んだ。まさしく一騎当千の勢い、コハクの槍に近づく者は、決して無傷ではいられない。
 美羽とコハク、そのひた走る道は、戦場を二つに割って雷光の尾を残した。

「追いついた!」
 鍵の代わりに鉄球が使われた扉をマシンガンでくり抜き粉砕して、美羽とコハクは、カスパールをある一室に追い込んでいた。
 薄暗く、薬品のような奇妙な香りが漂う部屋だったが、灯りがつくとその異様さはいや増した。
「剥製……!」
 気味の悪い一室である。もの言わぬ動物の剥製が、ぎっしりと保管されていたのだ。鹿の剥製は、立派な角をした頭を得意げに見せつけ、フクロウの剥製は冷ややかな目で止まり木からこちらを見下ろしている。鷲の剥製が今まさに、翼を広げて飛び立とうとしている姿勢にあり、足元には鰐の剥製が、獰猛な顔つきでこちらを狙っていた。二本足で立った姿勢で、こちらを威嚇するホッキョクグマの剥製もあった。
「ええ。剥製ですわ」
 観念したというのか、それとも他の考えがあるのか、カスパールはこの部屋のほぼ中央に立ち、薄笑みすら浮かべて二人を待ち構えていた。
「これらはすべて、滅亡した地球の動物たちのもの……いずれここに、人間の剥製を加えなければならなくなるでしょう」
「なに言ってるの……?」
 美羽は意識して口で呼吸することにした。この部屋の匂いには慣れそうもない。動物臭いのかといえばまるで逆で、そういった生物の匂いではなく、剥製用の防腐剤と思われる薬品の匂いに、やや気分が悪くなったのだ。
「ですから、いずれ人類は滅ぶと言っているのです。無論、人間だけではありません。機晶姫も、剣の花嫁も、ドラゴニュートであろうと、生命はすべて」
 槍を構えてコハクが進み出た。
「いつか遠い未来にはそうなるかもしれないな。だがそれは、今じゃない」
「遠い? いいえ、せいぜい数十年先のことです」
「どうしてそう言い切れる?」
「なぜなら私、カスパール・竹取は、その未来から来た人間だから」
 美羽は一瞬たじろいだ。カスパールの目が、凍えるほどに冷徹な色をしていたからだ。
「なにそれ……妄想? 自分を未来人だとでも言うの?」
「妄想ではありません」
 と言ったとき、カスパールの顔には陰がさしていた。
「私は体験しました。この世の終わりを」
 カスパールは、ふたりに口を挟むことを許さない。続けて言った。
「私の知っている歴史では、レジスタンスはこの戦いに勝ちます。空京を解放し、その余勢を駆って総督府も落としクランジε(イプシロン)を倒すでしょう。それからパラミタの復興に乗り出します」
「まるで見てきたような口調だが……その真贋はさておくとしよう。もしその通りだとすれば、結構なことだと思うが」
 コハクが言うもカスパールは聞き流している。
「私はその頃に生まれました。人々が立ち上がり、協力して進む時代……私にはその頃の記憶はあまりありませんが、クランジ戦争を知る世代には、暗黒の時代に光がもたらされたように思えたはずです」
 ところが、とカスパールは語気を強めた。
「そんな平和は長くは続きませんでした。やがて、愚かにもあなたがたは考え方の相違から権力争いをはじめます。いくつかの勢力に離散して、クランジと戦っていたときよりずっと不毛でずっと醜い殺し合いを演じるのです。かつての盟友同士は最悪の敵同士となります。暗殺が横行し、騙し討ちも茶飯事となり、窮地に陥ったある勢力が生物兵器まで使い始め、その暴走によって世界は破滅するのです。結局あなたがたは、クランジの墓の上に自分たちの墓を作って、そこに横たわることになるのです……あらゆる生命を道連れにして……」
 カスパールは泣いていた。拭うこともせず涙を流し続けていた。
「私はこの世界の延長にある未来世界、その最後の生き残りです。レジスタンスによる空京解放を妨げるために来ました。内紛して滅亡するより、クランジ支配が続くほうがどれだけましな未来でしょう? 自由がないといったところで、それでも生きる喜びがあるのは事実です。醜く死んでいくよりずっと、素晴らしいことではありませんか!?」
 カスパールは言いながら胸元より鉄扇を取り出し、ぱっと開いた。その縁は刃物のように研がれている。
「小鳥遊美羽とコハク・ソーロッド、あなたたちのことは私も知っています。主流派のひとつを形作ることになる危険人物中の危険人物! どうやら、もう空京の解放は妨げられそうもない……ですが私は、あなたがたを殺して未来を変える!」
 死ねッ、と声を上げるとカスパールは鉄扇を投じた。かなりの手練れである。扇は早回し映像の蝶のように、急角度を描いて美羽の首を狙った。
 しかしコハクはそれ以上の手練れだ。彼の槍はまず扇の先端を弾き、つづいて中央部を貫いてこれを八つに砕いた。コハクは、たった一度の二連突きでこれをなしとげている。
「信じられるはずないじゃない! そんな話!」
 美羽は拳を握って声を張り上げた。
「ありえない話ではない……けれど僕は、僕たちはそれほど愚かではないと信じている!」
 コハクは槍を構え直す。
「危険人物というなら、カスパール、それはあなただとしか考えられないわ!」
「殺すつもりはない。だが、捕らえさせてもらうよ」
 美羽はマシンガンを撃った。コハクは槍で突きを繰り出した。
 だがその攻撃は両方とも、カスパールの眼前で止まってしまった。見えない壁に衝突したようになり、勢いが消されいずれも力なく落ちてしまったのである。
「通用しません。私はクランジではありませんが、『絶対防御』という能力を与えられています。一度体験した攻撃はすべて無力化するというものです。私にはあなたたちの攻撃は通用しない。なぜなら、私は未来で何度か、あなたたちと戦ったことがあるのだから!」
 複数所持しているのだろう。カスパールの手から新たな鉄扇が舞い、美羽とコハクを狙った。美羽はこれをすんでのところで回避し、コハクも叩き落とすことに成功していたが、カスパールの主張が事実だとすれば、こちらの攻撃はほとんど無効ということである。戦い続ければいずれ敗れることになるだろう。
「こうなりゃ……ちょっと心は痛むけど……ええい!」
 ここで美羽は突飛な行動に出た。
 周囲の剥製を次々とつかんでは、当たるを幸いとばかりにカスパールに投げつけはじめたのである。
 だが無駄だ。すべて『絶対防御』に防がれてしまっている。
 フクロウの剥製が折れ、オオトカゲの剥製が力なく床に落ちた。ウミガメの剥製の甲羅は鏡のように砕けて飛び散っている。
「そんな攻撃が有用と思って? たしかに、私は剥製を投げつけられた経験はない。ですが同程度のものを投げられた経験ならいくらでもあります。こんなものが効くはずはありません!」
「残念でした」
「それはどういう――」
 意味ですか、というカスパールの問いは言葉にならなかった。美羽が剥製をどんどん投げたのはカスパールを攻撃するためではなかった。カスパールの注意をそらすためだったのである。
 つまり彼女……アイビス・グラスの接近を隠すのが目的だった。
 アイビスはダリルとともにこの部屋に来ていた。美羽とアイコンタクトを取り、美羽の陽動に乗じて、カスパールの懐まで飛び込んだのだった。
 パンッ、と乾いた音がした。
 アイビスの平手打ちが、カスパールの頬を打った音だ。
「話は聞いた。私と戦った経験はなかったようだな、カスパール・竹取」
 どっと膝を崩し床に座ったカスパールを、アイビスは見おろしていた。
「クランジσ(シグマ)ですって!」
 カスパールにとっては打たれたことより、アイビスがここにいることのほうが驚くべきことのようだった。
「私はスカサハ・オイフェウスの改造を受けている。お前の主張する『未来』ではどうだか知らないが」
 それに、とアイビスは言い加えた。
「クランジの前は棄てた。いま、私の名前は『アイビス・グラス』だ」
「そんなはずはない……未来ではあなたはクランジの残党として、ι(イオタ)やδ(デルタ)とひとつの勢力を形成しています。そう簡単にコードネームを放棄するわけがない……! そもそもあなたが、レジスタンスに手を貸しているなんてありえない!」
 立ち上がったカスパールは、さらに激しい衝撃を受けたらしい。失神しそうになったか壁に手をついた。
「しかもシグマが…………ダリル・ガイザックと一緒にいる……なんて!」
「なるほど俺のことを知っているのか。これは名乗る手間が省けたな」
 そう、ダリルだ。ダリルは、颯爽と歩んでアイビスの隣に立った。
 ダリルはやや軽い口ぶりだったが、つぎの一言になると表情を変えた。
「その発言の意味、聞かせてもらおうか」
「ダリルにシグマ、あなたたちは最悪の敵同士のはずです。こんな過去に接点があったとはとても思えない……! 絶対に、絶対にありえない!」
「敵同士? 最悪の?」
 アイビスが顔を向けると、
「それはないな。決して」
 ダリルは長い指をした手で彼女の肩を抱き、判決を下すかのようにはっきりと言ったのである。
「我々は、ともに行きていくと決めたのだから。アイビスと殺し合うくらいなら、俺は死を選ぶ」
「私もダリルと同じ気持ちだ。カスパール」
 アイビスは碧色の、晴れやかな瞳でカスパールを見すえた。
 するとカスパールは手負いの子馬のようによろよろと後退して、白虎の剥製に背を預けたのだった。
「過去が書き換わっている……未来も、変わるというの……!」
「そうあってほしいな。僕たちは、それができる」
 そう言ってコハクは武器を下ろし、カスパールに手を差し伸べた。
「カスパール、きみが未来人というのが本当ならば、どうか見届けてほしい。これからの僕たちを」
「過ちの道はたどりたくない。なんとしてでも守ってみせるわ……世界を。あなたを含めて」
 と言った美羽だが、直後血相を変えてカスパールに飛びつくことになる。
「いいえ。私の役割は終わりました」
 カスパールは穏やかな、菩薩のような表情をしていた。
 そうして胸元からもうひとつ、刃のついた鉄扇を取り出して両手で握ると、カスパールはその切っ先を己の白い喉に当てたのである。
「使命が終わったのであれば時代の異分子は去るのみ……これでようやく、私はお母様のところへ行けます」
「やめなさい! カスパール! あなたが死んでどうなるの!」
 美羽はの手がカスパールに届いた。刃を、つかもうとした。
「申し上げましたでしょう? 美羽様」
 カスパールは微笑んでいた。
「あなた様の攻撃は通用しません、と――――」
 美羽の手がカスパールに触れることはなかった。手は見えない壁に弾かれていた。強力な磁石の、同じ極同士を近づけたときのように。
 カスパールは両腕に力を込めた。やわらかな皮膚を冷たい刃が貫いた。
 ダリルが抱き起こし脈を取ったが、すでにカスパールは絶命していた。
「馬鹿! 馬鹿よ! この人は! カスパールは……! 死ぬ必要なんてなかったじゃない!」
 両膝をついて床を拳で打つ美羽の肩に、そっとコハクは寄り添った。
「また会えるさ、彼女とは」
 コハクは眼を閉じている。
「何年か経てば生まれるって、彼女は言っていただろう? そのときまた、会いに行こう」