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リアクション
陽菜がいる幸せ
2025年5月。
麗らかな春の日。ツァンダの御神楽邸から明るい声が響いていた。
「きゃっきゃっ、きゃっきゃっ」
皆の中心にいるのは、金色の髪に紅い瞳の愛らしい赤ちゃん。
「さあ、ご飯ですよ」
父親の御神楽 陽太(みかぐら・ようた)がリビングに料理を運んでくると。
「お腹すいたでしょ?」
母親の御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が赤ちゃん――娘の御神楽 陽菜(みがくがら・ひな)を抱き上げて、赤ちゃん用の椅子に座らせた。
「もう何でも食べられるんだよね? わたしもそろそろご飯をあげること出来るかな?」
ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、陽太と環菜が離乳食を食べさせている姿を見ながら言った。
ノーンは現在エリュシオン留学中だが、長距離テレポートを利用して、頻繁にシャンバラにも訪れていた。今日はお休みなので、昨日から御神楽邸に泊ってのんびりと過ごしている。
「自分で食べるようになりますわ。少しずつ、おしゃべりも出来るようになりましたしね」
エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は、気まぐれな魔女だが、陽菜のことをとても可愛がっており、頻繁に御神楽邸に顔を出していた。
ママ、パパの次に名前を呼んでもらえるのは自分だと願望まじりにエリシアは確信しているが、発音が難しいので不安でもあった。
「自分で食べられるようになったら、エリシアおねえちゃんたちと、一緒に食べましょうね」
そのため、自ら名前を出してアピールするのだった。
「私たちも食事にしましょう」
そんなエリシアの様子にくすっと微笑みながら、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は料理を運んでくる。
陽菜が弄って怪我をしたりしないように、自分達用の料理は別のテーブルに並べて。
陽太と環菜が離乳食を食べさせてあげている姿を見ながら、昼食をとっていく。
「陽菜、ゆっくり食べてくださいね」
陽太はスプーンを落とした陽菜に、代わりにスプーンを持たせてあげる。
既に歯茎がしっかりしていて、乳歯も生え始めているため、もう殆どの食べ物を与えることが出来る。
ただ、噛みにくいものや、消化に悪いものは勿論無理だし、温度にも注意してあげなければならない。
陽太と環菜は料理の熱さや柔らかさを確認しながら、陽菜に与えていく。
「パパ、ママ、もっと」
「こっちはもうなくなっちゃったから、こちらの煮物を食べましょうね」
同じものを好んで食べて、気に入らないものを吐き出してしまったり、離乳食を食べさせるのは結構大変だった。
「ちゃんとかみかみしてるかな?」
かみかみ、かみかみと、環菜が陽菜に噛み方を教えていき、陽菜は真似して煮物をしっかり噛んでからごっくんと飲み込む。
陽菜が飛ばした料理を拾って、床を拭き。
汚れた顔を拭いてあげて。
2人でしっかり面倒を見ながら、愛娘との食事を楽しむ。
食事と片付けを終えた後。
「陽太も環菜も少し休憩が必要ですわ。その間、わたくしが陽菜の相手をしてさしあげますわ」
そう目を輝かせて主張をして、エリシアは環菜と陽太から陽菜を預かった。
「いないないばー(ですわ)」
エリシアが自分の顔を隠して、ぱっと隠していた両手を開くと、陽菜が笑い声を上げた。
「なんだか不思議ですね……エリシアにこんな特技があったなんて」
「子供慣れしてるみたい? 私なんかより」
陽太と環菜はエリシアと陽菜を見ながらそんな話をしており、エリシアは鼻高々になって、一緒に歩いたり、這ってみたり、いないないばーをしてみたり陽菜を楽しませていく。
「ね、こっちで遊ぼっ」
ノーンは洗えるカーペットが敷いてある遊び用スペースに玩具を持ってきて、陽菜を抱いているエリシアを呼ぶ。
「紅茶淹れました!」
その間に、舞花はお茶を入れて、陽太と環菜が座るソファーに近づき、2人の向かいに腰かけた。
「ありがとうございます。……舞花は最近順調ですか?」
紅茶に砂糖を入れながら、陽太が尋ねる。
「はい。実はこの間、種もみ学院に向かう最中に、大荒野で野盗軍団に遭遇しまして……1人の力ではどうすることも出来なかったんですけれど、急いで学院に行って報告をしたら、チョウコさんが若葉分校と協力して退治しようと言ってくれまして……」
日常の学園生活から、ちょっと危険な話まで、舞花は楽しそうに陽太と環菜に話していく。
日常の話も、種もみ学院や学院の仲間達との話が多かった。
「それは本当ですか? なんだか壮絶な光景が思い浮かびます」
「乱闘? 目の前にいるあなたの姿からは想像できないわ」
熱いチョウコ達種もみ学院の仲間のことをとても気に入っているようだった。
陽太と環菜も楽しそうに、でも少し心配気に舞花の話を聞いていた。
「じゃっ、いくよ!」
ノーンがボールを陽菜に見せると、陽菜は「はい」と返事をした。
「そ〜れ!」
楽しげな歌声を響かせながら、ノーンはボールをゆるく投げる。
「さ、きましたわよ」
エリシアは後ろについていてあげて、陽菜が拾えなかった時には代わりに拾って、陽菜に持たせてあげた。
「きゃっきゃっ」
可愛い声を上げて、陽菜はノーンにボールを投げて、ノーンが再び投げ返す。
ただそれだけのことなのに、3人ともとても楽しそうで、とても幸せそうだった。
陽菜の一挙一動が本当に可愛らしくて、愛しいのだ。
「陽菜」
そんな微笑み溢れる場所に、陽太と環菜が近づいてきた。
「陽菜ちゃん。おにーちゃんたち……じなかった、『パパ』と『ママ』が来たからバトンタッチするね!」
ノーンは陽菜に近づいて撫でて顔を近づけて微笑んだ。
「今度はパパとママと遊びましょう♪」
陽太と環菜が手を指しだすと。
「パパ、ママ……ッ」
笑顔で歩いていき、両手を2人に差し出す。
陽太が抱き上げて、環菜が寄り添って。
「ボール遊び楽しかったですか?」
「そろそろおねむの時間かしら?」
愛娘に優しく語りかけていく。
「おにーちゃんと環菜おねーちゃんと陽菜ちゃんが幸せそうだと、わたしもとっても嬉しいよ。こんな日がずっとずっと続くと良いね!」
3人の姿を見ながら、嬉しそうにノーンが言い、エリシアと舞花も、微笑ましげに夫妻と赤子を見ながら頷いた。